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空想バス乗車記第3回「凡野(架空)~彼礎(架空)」(最終回)

はじめに

この作品は、バスオタクのバスターミナル係員ゴールデンバレーが、日本中をバスで移動する小説である!

最後の旅

午後11時20分。
凡野駅バスターミナル、105番のりば。
2021年11月に、二十街道をまたぐようにかけられた大屋根のもとで、一人の男がバスを待っていた。
ゴールデンバレー、36歳。
"元"赤地ターミナルサービス(株)、凡野駅バスターミナル誘導係員。

今日乗るのは、凡野の近くにある磯木(いそぎ)市を出て、西二十自動車道を南下。新零県彼礎市、彼礎駅前に今年4月4日開業した複合施設「HUB Kanoso(ハブ・カノソ)」を経て、小久野(こぐの)市へ向かう、「Tライナー22便」だ。

彼はやけに決心した表情だ。
それもそのはず。実は彼、7月から新零県へ移り住み、餓王大学(がおうだいがく)時代の同級生と共に、キッチンカーでレストランを開くことになったのだ。

前々日、赤地ターミナルサービスへは辞表を提出。
前日に荷物は引っ越し会社の「究極引っ越しセンター」に頼んで現地に送ってある。向こうでは同級生が引き取ってくれる。
今日はいよいよ慣れ親しんだ凡野を離れる日だ。
期待混じりの不安が彼を包んでいた。
「ふぅ…長かったな…凡野。」
そう呟いた刹那、向こうから一台のバスがやってきた。

着車

2002年式、日野・セレガR。スーパーハイデッカーのGDだ。
運行は小久野市の「南楊交通」が担当する。
一般のユーザーから見ると、「年季の入ったバス」と思われるかもしれない。
だが彼には、それこそが「グッと来る」のだ。だからこそ、今回はこのTライナーを予約したのだ。

元来、二十地方は高速ツアーバスという、高速バスのようなバスツアーが全国に先駆けて発達していた。
2001年にオリオンツアーが関西発ルートで本格運行する数年前、1997年頃には彼礎~名古屋のルートで存在していたと言われている。
その頃の車両はハイデッカーのシンプルなものが主流だったが、時代を追うごとにつれて豪華化が進行。
2009年頃には3列シートの新車が一部に投入される程までに至り、既存・正規の二十高速バス連合などとは激しい戦いを繰り広げていた。
この後、2013年夏に高速ツアーバスは消滅。
多くの便が正規の「高速乗合バス」となり、激しい戦いは続くのだが、このTライナーは今でも二十式のツアーバス時代の面影を激しく残している。

大手、正規組のお下がり車を使い、余分なサービスは抜きにし、Wifiのみをサービスとして提供する。これがTライナーの「グッと来る」ポイントだ。

さぁ、中に入ろう。
ステップを上がると、そこに広がっているのはやはりあの頃のグッと来る車内。
どこか哀愁さえ漂う3列独立シート、真ん中の席に腰掛けると、彼はすぐさま寝てしまった。
無理もない。ここまで引っ越しに忙しかったのだから。

午後11時40分。
Tライナー22便は、彼礎へ向けて一路走り出した。
次に起きる時は、すでに新零県内に入った頃だろう。

到着、そして朝食

午前6時31分。
まだ人通りも少ない「HUB Kanoso」の4階、32番バースに、Tライナー22便は到着した。

ちなみに、凡野から彼礎へははっきり言うと、4時間半もあれば着いてしまう。
しかし、あまり早く着きすぎるといろいろ困るため、乗務員休憩などの名目で休憩をとったり、あえて二十自動車道経由にして遠回りし、程よい時間の到着にするなどの手法で、彼礎凡野間の夜行便は成り立っているのだ。
ちなみに、彼礎名古屋間はこれよりももう少しルート編成が変わってくるという。

ゴールデンバレーも起きて、のりばに降り立った。
まだ新しいバスターミナルは、彼にとって光輝いて見えていた。

バスを見送ったら、お腹がすいた。
彼はある店に目をつけており、そこへ食べに行くこととした。
5階フードコートの「全然堂(ぜんぜんどう)」。
朝5時から夜1時まで営業しており、夜行便利用者の強い味方となっている。
彼は決心し、初のあるものに挑戦することとした。
「卵かけご飯と…単品で麦茶」
「680円です」
「トランジアで」
ICカードで支払い、卵かけご飯を食べる。

卵かけご飯がやってきた。
彼は実は、卵かけご飯を36年間、一度も食べたことが無かったのだ。
どうもあの黄色い見た目が苦手という。
しかし、36年間も好き嫌いを引きずっていては困る。
そういう訳で今回、彼は卵かけご飯にトライすることにした。
黄色い見た目が気にならないよう、醤油をぶっかけて一心不乱に喰らう。
「あぁ~…うめぇ」
美味であった。
麦茶も飲み干したところで、いよいよ同級生のもとへ向かう。
地下2階のタクシー乗り場からタクシーに乗り込み、彼礎市神栄(しんえい)区へ向かう。

あぁ、懐かしの友人よ

午前7時56分。
神栄区御崎(おんざき)4丁目。
ここの空き地の中に、同級生の姿があった。

「やぁ、待たせたな」
「早すぎんだよ全く、つまんねぇジョークかましよって(笑)」
友人が来ていた。
約12年振りの再会となる友人に対し、ゴールデンバレーはあるものを渡した。
「これだろ?必要なの」
「そうそうそう!ありがとう、ありがたいよ!」
彼が見せたのは、小さな油絵だった。

実は彼、大学の頃から油絵を嗜んでおり、新聞の投稿コーナーで紹介された事もある。
今回、凡野から旅立つ前に描かれたこの絵は、美しい空と緑の大地、そして白い帽子の女を描いたものだった。
この絵は、キッチンカーのカウンターに飾られるという。

絵を渡したところで、友人が声をあげた。
「お前、そろそろ新居いけば?」
「おう、じゃあな。」

短く返事し、ゴールデンバレーは流しのタクシーを拾った。
そして新居に向かっていった。
向こうでは既に家具の引っ越し作業が行われている。

さぁ、新しい人生の始まりだ。
これからはキッチンカーで、どんなことをしてくれるのだろうか。あるいは、どんな所へ行くのだろうか。

考えれば考えるほどに、楽しみが尽きない。

初出店は7月5日、彼礎市湾岸区だという。
気になる店名は「プラチナゴールデン・ドンブリーワークス」だという。

…ダサイなんて言ってはいけない。

今回のバス

  • 路線名:「Tライナー凡野・彼礎」

  • 区間:磯木船田車庫~小久野駅前

  • 運行会社:南楊交通(営業所:本社営業所)

  • 運賃:大人片道3980円(税込)

注)この作品はフィクションです。実在の人物、団体、地名には一切関係がありません。

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