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BTSから辿る原点

私がBTSを好きになったきっかけは、ちょうど他グルのカムバで渡韓していた時だった。
「すごくいい新グループがデビューするから」

デビュー当時のBTS

聞いたこともない事務所から7人組でデビューするこのグループ。
NO MORE DREAMのパフォーマンスを見た時に衝撃が走った。
とにかく精一杯のパフォーマンスをしていて、上手い下手ではなくとんでもない練習量が伝わってくるそのステージに釘付けになった。
中でも当時はジミンというメンバーが気になっていた。これまで見てきたKポドルとはダンスの質感が違っていた。しなやかで柔らかい。見た目はそこらへんの子供みたいで、笑うと目がなくなるところなんかもすごく可愛く思った。
本国ARMYと仲良くなりペンカフェに足を突っ込み、入れる現場は全て入りたい。そう思って日本と韓国を行き来していた。
それでも当時のBTSは、三大事務所と呼ばれる韓国のトップ事務所に属しておらず、
事務所の小ささから『どうせすぐ消えるグループだ』『𓏸𓏸のパクリだ』などとネガティブな反応の方が多く、今の人気ぶりからは想像が出来ないほど地道にコツコツと活動をしていた。
その姿は、影の努力という形ではなく、色んな手段でファンであるARMYに共有された。
動画配信やSNS投稿がそれであったが、
ARMYは、彼らの姿を見て、BTSの努力がどうか報われますように。私たちにできる応援を精一杯やるぞ。そう思ったはずだ。
もれなく私もそうだった。
MVの再生回数を意識的に増やそうと行動したのもBTSの曲が初めてだった。
彼らの大好きなMVを何度も何度も見ることなど全く苦ではなかったし、もともと日課になっていたが、ただ見ているだけでは意味が無いことを知った。何回くらい再生したら違う曲も挟まないといけない、などとその頃には効率の良い再生方法を指南してくれるARMYが現れ、『クロックナ~(なるほどね~)』などと言いながら、何万・何十万という回数の中に自分の何十回・何百回が含まれていることで、自分も彼らと共にオタクとして成長している。そんなことを考えていたと思う。
そうして彼らとARMYの二人三脚は、どんどんと身を結んでいき、今では説明不要のトップKポップグループとしての地位を確立した。
地道な応援で暮らしの傍らにBTSが当たり前になっていた頃、自分の視線は気づけばいつもジミンくんではなく、キムテヒョンくんに向いていることに気付いた。
世界で最もハンサムな男、キムテヒョンだ。
彼の端正な顔立ちはデビュー当時から見ていたはずなのに、ジミンくんのダンスに夢中だった私は、そこばかり見ていた。
キムテヒョンくんは、綺麗な顔立ちに低くて落ち着いた声、パフォーマンスではヒョンたちに負けないくらい男らしい姿を見せ、ステージを降りるとぽわぽわとしてニコニコしている不思議くん。
スクリーンショットと心の中は、同じペースで容量を増していった。
そうか、私はテテペンなんだな。
そう気づいた時に、ジミンくんへの謎の申し訳なさが心を襲ったものの、心ォ~に嘘はァつけ~なぁぁぁーいとHYは良く歌ったものである。
ほんと仰る通りです。
でも推し変というのは自分にとって初めての経験で、どうしたらいいものか分からなかった。
実際はどうもしなくて良かった、が正解なのだがこのままぬるーっと何も無かったようにテテペンを名乗るのは礼儀知らずのやることだ!くらいに当時の私は思っていた。
そこで思いついたのが、撮れ高集めをしよう!だった。
撮れ高集めとは、これまで数え切れないほど見てきたBTSのコンテンツを一から見直して、テテの撮れ高部分をまとめて保存し直そうというものだ。
最初にジミンちゃんを追っていた視線を物理的にテテのみにして保存する。というなんとも効率の悪い気の遠くなる行為だったが、後にそれは自分にとって必要な時間だったと今振り返っても思う。
テテのこんなに可愛いシーン、前はちっとも気付かなくてごめん💦
そんなことを言ったり思ったりしながら、テテの撮れ高をかき集めていく。
そうして時間を取り戻したような気持ちになることで、私は無事に推し変を完了させた。
あれから今まで、これからも私はテテ寄りのオルペンだ。(もし変わったらその時はまた撮れ高を集め直すことにする)

そんなARMYだった私に、新たな強力な推しができたのが5年前。
JO1(ジェイオーワン)の登場である。

デビューが決まった時のJO1

サバ番は好きで、韓国プデュを見ていた私が、
日本でプデュやるらしいと聞いて楽しみにしていたオーディション番組『PRODUCE 101 JAPAN』が始まり、釘付けになったのが河野純喜くんだ。
顔が好きだった。とにかく顔が好きだった。
顔しか見てなかったら歌まで上手くて、頭も良くて、めちゃくちゃええ奴やった。
こうなるともう夢中である。
テテを超えてくるかもしれない。
そう思ってから超えるまで、秒だった。
どっちが好きか、なんてうまく説明できないとそこらへんの乙女たちは言うだろうが、私はハッキリと分かっている。
河野純喜は日本人である。
言葉が理解出来る。
テテの場合、自分は韓国語を勉強したとはいえ、時々なんて言ってるか分からないこともあった。
後から日本語字幕が付いて確認していくと、やっぱり何を言ってるかよく分からない…なんてことも不思議くんなので多発した。
そこも愛おしいポイントだったが、言ってることが全部分かる。それは大きな差だった。
また、デビュー前から応援して投票を頑張った。
これも特大ベネフィットである。
『彼をデビューさせたい、夢を叶えるための力になりたい。』その強い思いが、私の一番の推しを河野純喜にした。
そして、無事に河野純喜はデビューしてJO1になり、私はJAMになった。
デビューしたJO1に、コロナが行く手を阻む。
弱小事務所に所属アーティストはJO1のみ、道のりは険しい。
いつかのBTSとARMYを思い出した。
ああ、またがんばろう。がんばりたい。
楽しい。もっともっと大きくなーれ!
私の最推しくんは、再び私にオタクの楽しさを与えてくれた。
それなのにJO1がデビュー4周年を過ぎた頃から、私の心は晴れやかではなかった。
河野純喜は、JO1は大好きだけど、楽しくないと感じる日が増えていく。
新曲が出ればいい曲だし、相変わらず河野純喜は爆イケお兄さんだし、ライブに行けば楽しい。JAM友も増えた。なのに、時々すごく楽しくない。
楽しくない理由は、運営とJAMだった。
どうしても、BTSとJO1の境遇に近いものを感じていたので比べてしまうことが多かった私が、唯一違うと思ったのが運営のお粗末さとファンダムの雰囲気の違いだった。
運営の対応は、新しい会社であることを差し引いても、疑問に思う点が多かったが、アーティストを大切にしている部分はパンPDと遜色なかったしそれ以上をチェ社長から感じることもあった。
だが、ファンダムは違う。
SNSでの拡散力に強いファンダムであるが故に、SNSのいいところも悪いところもファンダムに反映される。それが楽しさも生む反面、毒にもなった。JO1は好きなのに、Xではつぶやきにくい。
つぶやく時に言葉を選ばなきゃいけない。
思ってることが言えない。
別に言う必要もないんだけど。
そんなことを思っているうちに、その悩みがJO1への思いを曇らせていくことを感じて、何とかしたくてアカウントを変えたり、鍵をかけたり、あれこれしても根本のファンダムの民度は変わらないのでなんの効果もないままだった。
そんな私にまた1人の救世主が現れた。

JO1の弟分・INI(アイエヌアイ)だ。
JO1と1年違いの後輩グループのことは、こちらもオーディションから見ていた。
河野純喜くんほどの逸材を見つけることこそできなかったが、グループとしては良いグループがデビューしたと思う。
許豊凡くんはお歌も上手いし、守りたくなる雰囲気があった。FCに入会し、推しメンはその子に決めた。
地元の同級生がINIのファンで、私の住んでいる近くにINIのメンバーである佐野くんにそっくりな先生がいる鍼灸院があるよと聞いて、通い出していくうちに、佐野くんのことも先生のことも好きになってしまった。我ながらなんて簡単に落ちる女なのだろう。
よし、佐野フェン推しってことでINIについてはゆる推しだし、推し二人にしたっていいじゃん。
勝手なマイルールを制定し、自分の気の多さを合法化することにも成功した。
そんな私の前に、有り得ないメンバーが夢に侵入してくる形で立ちはだかる。
田島将吾くん。

笑顔の田島将吾くん

彼はオーディション当時から輝いていた。
元ジャニーズJr.で、韓国事務所での練習生経験もあるという経歴でオーディションの時からファンがついており、随時発表されるランキングでは常に1位の木村柾哉くんと互角に争っていた。
そりゃ人気だし、彼は絶対デビューするでしょ。
彼がデビューしないなんて未来は全く見えていなかったので、勝手な安心感から私の節穴の目は田島将吾くんを追いかけることをしていなかったが、今頃になって向こうから心のドアをノックしてきた、という状況である。

『田島くん、どうして今更?』
近年のドラマのヒロインですら言わなそうなベタなセリフで戸惑ってみたものの、
BTS以来の推し変の予感に動揺しまくっていた。
あの時と同じで、旧コンテンツを見ては、どうして田島くんを見落としていたんだ!?という信じられない気持ちと、フェン佐野へのごめんねが募っていく。
あぁ、、、前にもあったなーこんなこと。
そう思った瞬間、全身に鳥肌がたっていく。
まって。ちょっと待ってくれよ。
田島将吾って、キムテヒョン?

端正な顔立ち。心地よい低音ボイス。
パフォーマンスはクールでカッコイイのに、喋るとぽわぽわ。時折奇行を見せる四次元ぶりも、まさにあのキムテヒョンじゃないか!!!!!
どーして気付かなかったんだ!!!!!

JO1に、河野純喜くんに夢中になっていたが余りにそこまで追えていなかったことも原因だと思うが、見れば見るほど田島将吾くんはかつてのキムテヒョンくんに重なってゆく。
そうか、これは必然だったんだね。

FCのマイページにログインして、推しメンを田島将吾に変更した。

そして、あの時キムテヒョンにしたように、
田島将吾撮れ高集めをしていく。
BTSの時よりも、日が経ってからの気付きであるが故に、莫大な量のコンテンツを遡ることになるが、そんなの気にならないくらい心が整理されていく。
推し変はいとも簡単に完了した。

そして不思議なことに、JO1へのモヤモヤも晴れていった。

私のオタクスタイルは、もちろん推しが人気者になるのを応援していくことなのだが、
そのためにファンダムは大きい方が有利なことは間違いない。でもファンダムが小さくても、人気が出るグループは人気が出るし、必然的にファンが増えてファンダムも大きくなる。
ファンダムが大きくなったからといって、その中の1人である自分は自分で、自分が好きな推しもたまに変わることはあっても、存在は不変だ。
合わない群れの中にいるのが嫌なら、個で応援したって良いのだ。
好きになったもの、好きなものを見ることは一人でもこんなにも楽しいのだから。
誰かと肩を並べないとオタクができないことなんてない。一人でも私はオタク歴うん十年のベテランなんだから。
そう思った。
だから、しばらくJO1のアカウントを動かすことは辞めようと思う。
少なくとも居心地の悪かった場所であるわけなので、そこに友達がいるからと踏みとどまろうとした気持ちがあったが、楽しくないのにそこにいたら好きなものが好きでいられなくなるところだったのだ。なんと恐ろしいことだろう。

私が推しを応援する楽しさを取り戻せたのは
推し達のおかげだ。
本当にありがとう、いつも。

河野純喜くんにはこれからも私にとっての不動のトップでいて欲しいし、田島将吾くんはもしかしたら河野純喜くんを抜く可能性だって秘めてるから更に頑張ってあたしのこと落としに来てほしい。日によっては抜いて1位の時あるから←
そしてキムテヒョンくんは今年除隊してBTSのキムテヒョンとして戻ってきてくれる予定なので、迎えに来てくれること、今から楽しみです。
さらに、話には1mmも出てこなかったGENERATIONSの小森隼くん。君は今年もニコニコ踊っててね。ライブ行くから。

今年も大多忙必至の状況ではございますが、
2025年は私の為に原点オタクに戻ります。
ここに至るまでに去年までの私も必要だったんだと前向きな気持ちで捉えています。

健やかなオタクでいられますように。

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