DfMSへの覚書#1「Multispecies sustainability」
このnoteはDesign for Multispecies Sustainabilityと呼べるような多種と共栄するようなデザインを実践するための輪郭を探索する覚書です。一介のデザイン学生が修士制作にまつわるメモを公開しているに過ぎないものなので内容のルーズさは悪しからずです。もし興味を持たれた方はプロフィールにTwitterとかあるので適当にフォローしてもらえると嬉しいです。では本題へ。
初めに概要紹介
今回取り上げるテキスト:Multispecies Sustainability
著者:Christoph D D Rupprecht, Joost Vervoort, Chris Berthelsen, et al.
Multispecies Sustainabilityをどうデザインの実践として考えるかの前にまずはmultispecies sustainabilityとは何を指しているのか、まずはこの考えの基になっている論文を整理してみることにします。この論文は2020にGlobal Sustainability(ググったらIFは6.5でした)に寄稿されたもので共同著者がやたら多い点で学際的な研究プロジェクトといえます。ちなみにこの論文は同じゼミ仲間に教えてもらいました。
筆頭著者のRupprecht氏は総合地球科学研究所から愛媛大学に最近お引っ越しされた方でMultispecies Sustainability Labという団体を複数の研究者の方と運営されています。
内容
この論文は、持続可能性という概念の中核にある人間のニーズに焦点を当てた考え方こそがむしろ、この概念の持つ可能性を制限していることを主張しています。例えば1987年のブルトラント委員会の「Our Common Future」やSDGsの前身となったMDGsのように国際的な規模で行われてきた持続可能性に向けた活動はこれまでも盛んに行われていました、しかし結果はご存知の通り2020年代を迎えても気候変動のギアは緩まらず非常に厳しい状況を迎えることになっています。
果たしてSDGsがどのような結果を迎えるのかは現時点では不明ですが、これもまた相当厳しい状況であることは皆様周知の通りです。つまりこれまでの開発目標で掲げられていた人間のニーズと資源としての自然の保護という二元論が引き起こす、人間以外の存在の声や複雑な相互依存関係を無視する姿勢こそがむしろ将来世代の人のニーズが満たせなくしているのではないかと彼らは警告しています。
むしろ今の持続可能性に対して筆者らは、真の持続可能性は、現在および将来の世代のすべての種の相互依存的なニーズが満たされた場合にのみ達成されると主張し、これを「多種多様な持続可能性」と呼ぶことを提案しています。そしてそのような姿勢こそが現在の持続可能性の概念の規範となっている産業主義と帝国主義者の搾取構造をも批判することになることが本論では展開されています。
この論文の構成はざっくりと「多種多様な持続可能性」に関して
(1)概念の基礎となる基本原則、および潜在的な視覚的モデルについての議論(2) 持続可能-非持続可能、および複数種人間中心の軸に基づいたシナリオ思考実験から浮かび上がる根本的に異なる未来の思索
(3) 2つのケーススタディを通じて、複数種持続可能性を研究や政策立案にどのように適用できるかの探索という構成でできています。では順当に見ていきましょう。
という流れで書かれています、3番はケーススタディということで別の記事にするとして、1と2についてここでは書いていきます。
1-1.概念の基礎となる基本原則
本論ではまずいきなり基本原則を掲げています。とりあえず原則をざっと羅列してしまいます。以下引用です、まあまあ長いので、ある程度読み飛ばせるように重要なところは太字にしてます。
!翻訳はDeepL通して手直ししているだけので気になる人は原文へ!
ここから読み取れる重要な点は、多種を巻き込んだシステムを幸福な(おたがいのニーズを満たすような)関係性を基に設計しそこに多種多様な存在の声を引き入れるための自己調整的な状況を作ることが原則としてあげられています。
平易に言ってみると、それぞれではなく、システマチックなものであること、どちらかだけが得をするのではなく幸福な関係性を目指すこと、そのためにアクターたちを尊重するし多様で交わり合う状況を生み出すことなどという風に整理できそうです。もちろんこの原則はあくまで下敷き的なものであるということは文章中でも何度も記述されています。
1-2. 視覚モデルについての議論
このような原則の概念をより扱いやすくするためにどのような図式化が可能でしょうか。持続可能性の議論においてはしばしば円形の図式が登場します、この論文ではそのうちのいくつか代表的なものを取り上げどのように変えていけるのかについての検討を行っています。
持続可能性の概念でしばしば現れる図として、社会(現在のニーズ)、環境(将来の世代が自らのニーズを満たすための能力)、経済(ニーズを満たすための方法)の3つの部分に分けられたベン図があります。これらの図式は、還元主義的な人間中心主義的な持続可能性に基いた、「3つの次元がどのように相互作用するか(トリプルボトムライン)、一方を他方で代替できるか(弱い持続可能性)、あるいは代替できないか(強い持続可能性)に関心があることを示しています。」
このような概念の研究は、環境と社会の側面をより詳細に分類する方向へ発展しており、Raworth(2017)のドーナツ経済学モデルなどはその顕著な例としてあげられている。
このようなビジュアルモデルからは経済の役割が、三つの円の図では独立した存在から、ストロングサステナビリティでは社会のサブセットに追いやられ、ドーナツモデルでは窓口として構成されています。
加えて環境の描写では、人間と一緒に存在するのではなく、人間を包み込む存在へと変化していますが、これらの図式の最大の問題点は、環境を、そして人間以外のすべての生物を、人間の目的を達成するための資源や道具として、還元的に捉えていることです。ここでさらに問題点を加えるとすれば、これらの図には、システムに存在する複雑性を隠す傾向があることです。社会的・経済的組織が根本的に異なるだけでなく、人間以外の生物との関係が異なる人間社会が数多く存在するように、生物は種の中でもその行動に大きな違いがあることが観察されています(Escobar, 1998, 2018; Kothari et al.)この事柄こそがなぜ、Design for Sustainabilityだけでは不十分なのか、またなぜmultispeciesなのかを説明することにもなっています。
1-3. 既存の持続可能性モデルから抜け出るために
このモデルから抜け出るための方法としては、多種多様な持続可能性のコンセプトの核となる相互依存性に注目することと、生物学的生命樹(Hug et al., 2016)にヒントを得ることが挙げられておりその素描が論文中でも示されています。
相互依存性に注目する方では地球システムとその中の要素を中心に置き、それらを形成する多様で絡み合った機関を強調することが挙げられています。生物圏、微生物社会、植物社会などは、それらを含むものから影響を受けます。つまり、このモデルは、人間社会が植物社会や動物社会、さらには菌類や微生物などの生命体に依存し、また影響を与えていると読み取ることができます。
生物学的生命樹の方では、地球システムとその中の要素を中心に置き、それらを形成する多様で絡み合った機関を強調することが考えられています。
これらもまた、あくまで下敷き的なものとしての提案に彼らはとどめています。
2. シナリオ思考実験による未来の思索
このようにして議論を整理したのちに、筆者らは思考実験として2つの軸で思想を整理し各思想の極北に位置するシナリオを描きます。
横軸は持続可能性を表し、ニーズを満たすために必要な手段が縮小している状態(左)から、手段が拡大している状態(右)へと変化していきます。縦軸は、人間のニーズだけを重視する還元主義的な人間中心主義のアプローチ(下)と、上記の原則で示されたような多種多様な種を重視するアプローチ(上)の対比を表しています。
各象限の端に書かれているのが具体的なシナリオの軸です、詳細については割愛しますが、ざっくり説明すると、
左下の、人間中心主義かつ、非持続可能なものが、従来通りのビジネス/底辺への追い込みです。このシナリオは今日の資本主義に支配された搾取的な既存のビジネスとほぼ同意です。資本主義とその成長への依存は、人間のニーズ、さらには人間の欲求が決して満たされないような消費主義的アプローチを促進し、結果的に多くの人のニーズが満たされない未来に向かいます。
多種多様な種を重視しながらも、非持続可能なものが、種の絶滅と "椅子取りゲーム "をするです。左上のこのシナリオでは、多種類の生物のニーズと幸福が明確に認識され、目標とされます。しかし、これまでの人間の過剰消費により、人間と非人間のニーズを満たすための手段が限定された結果、不足と配給がすべての検討事項を支配することになります。これは、人間と非人間の幸福がゼロサムゲームではないにもかかわらず、トレードオフに終止することで、結果的に種の人気に基づく環境保護、環境不正義を引き起こす可能性があります。
右下の人間中心的かつ持続可能なものが、自然は人間に奉仕するシナリオです。管理の行き届いた自然の力が、人間の福利厚生という最優先事項に向けて活用される未来は、SDGsをはじめとする多くの資料にも見られますが、自然は、複雑でありながらも管理可能な商品の工場として考えられており、その構成要素は、人間以外の労働者(Barua, 2017; Kallis & Swyngedouw, 2018)も含めて、機能する必要のある機械の部品と見なされています。しかし、この機械を利用するには、機械がどのように機能し、どのように管理するかを理解する必要があります。生物多様性の損失と気候変動のダイナミクスを完全に理解するために科学が苦闘していることを踏まえると、システム内のある種の役割を理解していないと、いつでも機能不全に陥る可能性があるため、予防的なアプローチが必要となります。しかし自然の複雑なシステムを完全にコントロールすることは非常に困難な作業であると言えるでしょう。
右上の、多種多様な種を尊重しながら持続的な未来が筆者らが最も強調したい、多種多様な生物の幸福の未来を共有するシナリオです。生物の幸福が、維持または成長する手段によって支えられている未来では、この幸福の相互依存性によって、トレードオフに基づく考え方から、相互繁栄の前段階へと努力が向けられます。自律的に関係の中での幸福を追求することで、人間と非人間のすべての行動をコントロールする必要はなく、このような世界は、必然的に「多くの世界が適合する世界」であり、多種多様な生物の幸福と持続可能性の多元的(Pluriverse)な世界と言えます。
このシナリオが示すのは、持続可能性に含まれた思想を先鋭化することで見えてくる、その取り組みが誰の何を追求するものなのかを見抜くフィルターです。表れたシナリオはどれも極端なものではありますが、CMUのTransition designにおいて語られているように、「小さな、意図的な現在の変化が、社会の移行の軌道を根本的に変え、将来の結末に大きな違いをもたらすことを考えると侮れない未来の可能性でしょう。
この次の章からは、「多種多様な生物の幸福の未来を共有する」シナリオから現在行われているケーススタディへ目を向け、どのような介入が可能か、あるいは望ましいのかについて記述しています。
次回は本論文でも出てきた、ミツバチのための街づくり「For the Love of Bees」というプロジェクトと、マイクロバイオームによる健康な都市作り「Healthy Urban Microbiome Initiative」について紹介します。
それではまた今度。
表紙画像は、Unsplashから。文中表は全て論文中に掲載されていたものです。