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「囀る鳥は羽ばたかない」 第58話 感想

第58話 

 
 まずは表紙。百目鬼の肩に頭を乗せてもたれかかる矢代が、飼い主に甘える猫のようで可愛くてたまらない。
 どんどん百目鬼に傾いていく矢代の心が表れているように見えた。


 綱川が三角の事務所を訪れる。久しぶりに三角と天羽の登場だ。

 挨拶を済ませると綱川は、「奥山組のこと矢代に探らせてた理由は?」と単刀直入に切り出す。

 三角の言う「4年前の借り」とは、平田が事件を起こした時、平田を三和会で拾わないよう、天羽を通じて綱川に三和会幹部に対する口添えを頼んだことだ。(30話、35話)

 道心会の枝(末端組織)である阿久津組が取引した武器(銃28丁)を強奪したのが竜頭であり、半グレ竜頭の背後にいるのが極星会の奥山組だった。

 道心会と極星会の間には大昔に抗争があり、世代が入れ替わってからも昔の因縁は燻って消えていない。

 だから、三角は奥山組の動向を矢代に探らせていたというわけだ。

綱川「極星会と言っても奥山は元々ウチから出た男」
  「ここはウチに花持たせちゃくれませんかね(=奥山組と竜頭の件は桜一家でケリをつけるから、道心会は手を引いてください)
三角「花か。お前はつくづく極道の鏡だな」
綱川「誰かと比べてるように聞こえますが?」

 ≪模範的なヤクザ≫である綱川とは対照的に、全くヤクザらしくない矢代のことを綱川は仄めかしている。

 矢代を「アンタの可愛い息子」と言われた三角は、「息子じゃねーよ。愛人だ愛人」と返す。
 呆れた天羽が背後でため息をついている。

 綱川は、三角が矢代を「首輪しながら好きにさせて、特別扱い」していると指摘しつつ、

「まあわからなくもないですがね。俺にも今、目を掛けている部下がいて、百目鬼って奴なんですがね」

 天羽が三角には内密にしておいてくれと頼んだ百目鬼のことを、天羽の目の前で堂々とばらしてしまう。
 
 百目鬼の名前を聞いた途端、三角は顔色を変える。
「あいつが何でお前んとこに…」と言いかけてすぐに三角は天羽の仕業だと気づく。「茶を淹れ直してきます」と言い訳をしてすっと席を外す天羽…。

 そんな二人を見て綱川は、内心、天羽に「後で殺されかねんな」と思いながら笑っている。
 予想以上の反応を見せた三角に綱川は手ごたえを感じている。
 百目鬼のことを探る作戦は成功したのだ。

 三角は、綱川が矢代に付かせていた部下が百目鬼であり、矢代はそれを自分に隠していたことを知って、タバコを咥えながら天を仰ぐ。

 三角の剣幕から、綱川は百目鬼が三角にとって何百人も抱えているただの構成員の一人ではないことに気づいた。
 そして、その理由に矢代が関わっていることにも…。

 ついに三角にも矢代と百目鬼が再会したことがバレて、綱川は矢代と百目鬼の間に何かがあったことを知ってしまった。

 私は以前から百目鬼→矢代←三角矢代→百目鬼←綱川のダブル三角関係が絡まり合って、事態が複雑化していくことを懸念していたのだが、いよいよ何かが始まりそうだ。

 綱川のもとに百目鬼から電話が入る。
 奥山組長の居場所がわかったと報告を受け、綱川は険しい目つきになるのだった。

 一方、矢代はかげやま医院で雑誌を読みながら、部下の治療が終わるのを待っている。
 額に汗をかき、手を震わせて、影山が苦手な縫合をしている。7巻以降初の影山登場だ。

 矢代の部下は店(闇カジノ)を片付けていたら襲われた。
 いよいよ矢代の近辺もきな臭くなってきた。
 
 自分を「道心会側の人間」と言う矢代に、影山は「お前…足洗ったんじゃねえのかよ」と不満げだ。

 影山が今の矢代の立場をよく知らないということは、矢代が闇カジノのオーナーになってからは、部下が襲撃されて影山医院で闇治療をすることもなくなっていたのだろうか。

矢代「いつんなこと言ったよ。堅気が闇カジノ持つか?」
影山「なんだまだ組員なのか。さっさと足洗えよ」
矢代「親子の盃なんてもんがあってな。そう簡単じゃねぇのよ」

 矢代が三角と親子の盃を交わしたのは、影山(の家)を助けるためだった。矢代がそれを影山に伝えることはないだろう。
 もしも、影山が知るとしたら三角か天羽経由だが、秘密のままの方がいいと私は思っている。

 矢代は好きな人のためなら自己犠牲を厭わない。
 この先、百目鬼を助けるために、三角の言うことを聞いて極道の本筋に戻るという展開にもなりかねないから心配だ。

 綱川の要求をのんだ三角から竜頭や奥山組とは関わるなと命じられた矢代は不服そうだ。
 それ以上に百目鬼のことを黙っていたことへの小言の方が面倒臭かったのだろうけど。

 足元に落とした雑誌を拾おうとする矢代の手元を見て、影山は顔を曇らせる。
 矢代の指先は雑誌に触れることができなかったのだ。

影山「お前、目ぇ大丈夫か? だいぶ見えてねぇんだろ?」

 七原が影山に矢代の目のことを伝えていた。
 矢代に睨まれて、「先生はいいじゃないスか!! 医者だしっ、心配だしっ」と目を逸らして言い訳をする七原が可愛い。

 この目では銃を構えても照準が合わせられないだろう。
 これからヤクザの抗争に巻き込まれていく矢代が、私も心配でならない。
 

 そこに久我がやってくる。久我も7巻以降では初登場だ。

 久我は今、黒服をやめてバイクの整備士をしている。
(整備士と言えばヨネダ先生の別作品「リプライ」を思い出す)

 久我からも百目鬼の話が出る。
 久我の友達が渋谷のクラブで会ったヤクザが「ドーメキ」と呼ばれていたのだった。
 
 矢代は影山と久我に、百目鬼がヤクザになったこと、何度か野暮用で会ったことを話す。
 
 三角だけでなく影山もまた、矢代が百目鬼と再会したことを知った。
 
 矢代は、百目鬼のことを思い出す。
 57話で「また来ます」と言った通り、百目鬼は矢代の部屋を訪れていた。

 突然来ては 言葉もなく 何の意味もなく 本当にそれしかないと感じるくらいには 何度も
 何度も 何度も 来ては 帰った
(このシーンの二人はとてもエロくて良い)

 46話を読んだ時にきっとこうなると予想したように、矢代と百目鬼はセフレになっている。
 一方的に百目鬼が矢代の部屋に来るだけなんて、まるで愛人のようだ。
 昔の矢代が望んでいた体だけの関係。
「それしかない」は「セックスしかない」という意味なのだろう。

 身支度を終えて去って行く百目鬼の背中を、裸のままベッドから見つめる矢代は寂しそうにも見える。 

 部下を置いて帰ろうとする矢代を影山が呼び止める。

影山「大丈夫か?」
矢代「目なら大丈夫だって。しつけーな」
影山「目じゃねぇって」
  「いやまぁ目も心配だけどよ…」

 歯切れ悪く、もじもじと眼鏡を直している影山が言いたいことを、矢代は察する。
 百目鬼と会って、お前は大丈夫か?
 影山が言いたいのは、こういうことだろう。

 影山は矢代が百目鬼に惚れていたことを知っている。
 平田の事件後、矢代が百目鬼を一方的に引き離したことを知った時、影山はどう思っただろうか。

「百目鬼のために堅気に戻した」という理由もあるだろうが、これ以上百目鬼を傍においておけなかった矢代の複雑な心境が、なんとなく影山にはわかったのかもしれない。

 矢代は百目鬼を捨てると決めた時に影山に言われた言葉を思い出す。

影山「本当に捨てたのか。あいつのこと」
矢代「捨てたよ」
影山「惚れてたんだろ?
矢代(他の誰でもなく、お前が俺に突きつけるのか)

 5巻28話

 自分に向けられていた矢代の好意には全く気づかなかった影山なのに、矢代が百目鬼に惚れていることはわかっていた。
 
 同時に矢代の脳裏には、百目鬼の顔が浮かぶ。矢代を「頭」と呼んでいた頃の可愛い百目鬼…(私もワンコ百目鬼が懐かしい)

 「おっさんが気色悪ィ心配してんなよ」といつも通りはぐらかして矢代は影山と別れる。

 窓の外は雨。
 天羽の回想シーン(43話)を除くと、7巻以降で初めて雨が降っている。

 囀ると言えば雨。6巻までの印象的な場面では、何度も雨が降っていた。

 再び矢代は4年前の出来事を思い出す。
 空港近くの倉庫で最後に百目鬼に膝枕されて(「膝枕してくんねーの」と自らねだった)、矢代は

「人を好きになるのってお前はどんな感じだ? どんな風に好きになるんだ?」

と百目鬼に尋ねた。
 あの時も雨が降っていた。

 雨に濡れながら、矢代は「勘弁してくれ、本当に」と苦しそうに呟くのだった。



 矢代は百目鬼を好きだと自覚している。でも、どうすることもできない。
 人を好きになるのは、矢代にとってつらいこと。
 傷つくのを恐れて相手に自分の想いを伝えることすらできずに自己完結して、愛することも愛されることも拒絶して生きてきた。

 百目鬼と体だけの関係では満足できないとわかった今の矢代は、変わることができるだろうか。

 物語が大きく動く予感がする。


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