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おげれつたなか先生「ハッピー・オブ・ジ・エンド2」 感想 その2
ep.08
千紘と浩然は映画を見に出かける。
千紘がデートに選んだ映画は意外にも「ママえもん」(ドラ〇もん)だった。
映画が始まる前に、浩然は千紘をGUCCIのお店に連れて行く。
「お前、冬服持ってないだろ」と言って、千紘に服を買ってくれようとする。
風俗のスカウトをしている浩然には、ブランドの服を買えるだけの収入がある。
「クズの仕事だけどね」と浩然は嫌味を言う。
ep.01で無職の千紘が浩然の仕事を非難したこと、私も忘れていない。
浩然が千紘に買ってあげたのはモノグラムのマフラーだった。
あれ? 服買ってないよね…。
千紘の洋服は店に入る前と変わっていないように見える。
それにしても、数あるブランドの中からなぜ浩然がGUCCIを選んだのかが気になって仕方がない。
この時、浩然自身はFENDIの服を着ているのに。(あとで台所でセックスするときには袖口のモノグラムがはっきり描かれている)
おげれつ先生がGUCCIやモノグラムがお好きなのだろうか。
私、もう少し若かったら、絶対千紘と同じマフラーを買ってしまう。(今はちょっとブランドの主張が強すぎるものは遠慮してしまうけど)
自分が買ったマフラーを巻いた千紘を見て、浩然は嬉しそうにしている。
千紘が「一生大事にします」と言うのが可愛い。
俺の人生で初めて、両想いになって付き合えた
と千紘は思う。千紘だけじゃなくて、浩然の方もきっとそうなんだけど…。
千紘は自分で選んだ映画の上映中、熟睡している。なんで千紘が子供向けアニメを選んだのか不思議だったのだけれど、見たい映画がなくて、でも浩然とデートがしたいから無理やり選んだのだとわかる。
可愛い。
浩然がそのことに気づいて
「俺とデートしたかっただけなんだろ」
とちょっと上から揶揄うのがまたいい。
偶然、浩然が仕事で担当している風俗嬢が通りがかる。
胸にもたれかかって甘える女の子の肩を浩然が抱くのを見て、千紘は不満そうだ。
浩然は「なに?やきもち?」と冗談のように言うけれど、千紘が本気なので「…え、マジ?」と狼狽える。
千紘は怒っているわけではない。
「俺には外じゃあんなくっついて来ねぇから、羨ましかっただけだよ」
浩然にくっついてほしかったのだ。
可愛い…。
それを聞いた浩然は、嬉しそうに千紘の手を握る。
二人は手を繋いで新宿を歩き、家に帰る。
このやり取りだけで私は幸せになれる。
部屋に戻り、千紘がオムライスを作っていると、浩然が後ろから抱き着き、キスをして服を脱がせ、触り始める。
(「きのう何食べた」のシロさんは、料理中にこういうことをされるのが嫌いだって言っていたことを思い出した。千紘はせっかく切った玉ねぎの鮮度が落ちるとかは思わないから大丈夫だろうけど…)
台所で立ちバックをした後、千紘に「何かやりにくい体位あるの?」と聞かれた浩然が「別にないかな。フェラはちょっと苦手だけど」と答えたのには、千紘と一緒に驚いた。
「え!? あんなに上手いのに?」(私も全く同じことを思った)
浩然は、まだそれが性的な行為だと理解できないくらい幼い頃、変な男に咥えさせられていたし、その後も未成年風俗やSMクラブで散々フェラさせられただろうから、嫌になってしまったのかなと思う。
「もっとしてほしい」って素直に言ってしまう千紘が可愛い。
浩然の体の傷については何も聞かず、ただ優しく抱きしめて、浩然と読者を驚かせたくせに、浩然の「前の彼氏」について千紘は聞かずにいられなくなってしまう。
そんな男、たぶんいないのに。
「前の…彼氏にもしてた?」と無神経に千紘が尋ねたことで、二人は険悪になる。
千紘は浩然のことが好きだからこそ、他の男との経験が気になるんだろうけど、浩然の生い立ちからしたら、まともな恋人なんていたわけない。
でも、千紘にはそれがわからない。浩然は魅力的だから、モテるだろう、今までにも彼氏がいただろうと考えているようだ。
内なる千紘が「俺以外に恋人いたりした!?」「前の彼氏には抱かれましたか?(だったらショックだな)」といろいろ聞きたがっている。
そんな千紘を私は可愛く思うけど、今まで性行為を強制され続け、おそらくいい思い出なんてない浩然は怒ってしまう。
「どっちみち、お前に関係ないことだろ」
冷たくそう言われて、千紘も苛立ち始める。
浩然は、千紘が駿一についていきそうになった時のことを「元カレの前科」と言っている。
千紘「あんときはまだ違ぇだろーが」
浩然「何が違うって?」
あの時はまだ、浩然と付き合っていなかったから、と千紘は言いたい。
浩然はきっとあの頃から千紘が好きだったから、自分に内緒で千紘が駿一と連絡を取り合っているのが嫌だったんだろう。ラインを見て怒っていたし。
部屋を出て行こうとする千紘を
「勘違いすんなよ、居候」
「俺がいなきゃ服も買えないくせに。行く所なんかどこにもねぇだろ」
と浩然が高圧的に詰る。
こんな言い方でしか千紘を引き留められない浩然が私は好きだ。
2巻では驚くほど素直で可愛い浩然を見ることができてそれはそれでよかったけれど、こっちの浩然の方が従来のイメージ通りだ。
二人の喧嘩は収まらず、千紘は怒って出て行ってしまう。
「結局俺には抱かせてくんねぇしよ」と捨て台詞を残して。
千紘は意外に浩然を抱くことにこだわっているなと思った。
1巻で一緒にボーリングした時も「ストライクだったらヤらせろ!」と言っていたし、浩然を抱きたいと本当に思っているのだろうか。
私はこの二人ならリバでもいいので、浩然さえよかったら千紘の希望を叶えてあげてほしい。
でも、浩然は今まで散々不本意な性行為を強いられてきただろうから、挿れられるのが嫌なのかもしれないな、とも思う。
一人部屋に取り残された浩然は、呆然としている。
ドアがぐにゃりと歪んで見えるほど、ショックを受けている。
昔、母親に捨てられた時のことを思い出したのだろうか。
誰からも守られず、大切にされずに育った浩然には「見捨てられ不安」がある。当然のことだと思う。
浩然は千紘を追いかけることもできずに玄関で立ち尽くしている。
心にもないことを言って浩然を傷つけたことを後悔している千紘は、行き場もなく、手持ちの金を増やして浩然に手土産でも買おうと、パチンコ屋に入る。
予想通りすっからかんになって、千紘は部屋に戻る。
千紘がドアを開けると、浩然が玄関に立っていた。
浩然は千紘が出て行ってからずっと、その場所から一歩も動けなかったのだ。
「なんだ帰ってきたんだ。はは、やっぱり行くところなんかなかったんだろ」
と強がる浩然は憔悴した顔をしている。
千紘はそんな浩然を優しく抱きしめる。
「そうだな。なかったよ」
外に出ていた千紘よりも冷えてしまった体をぎゅっと抱かれ、浩然は安心し、幸せそうな顔を見せる。よかったね。
「あ、ヤりたいんだっけ? 俺のこと。いいよ」
浩然の乾いた笑顔は、作り笑いのように見える。
「ヤりたかったらヤってもいいから、ここにいて」と言っているかのようだ。
千紘は「そういうんじゃねぇんだよ……」と脱力して、浩然に口づける。
「今はこれでいい」
千紘は浩然を「抱きたい」のではなく、浩然に自分よりも好きな男がいたかもしれないことや、自分が浩然としたことのない行為を他の男がしたかもしれないことが気になるんだと思う。
浩然が好きだ
お前がどんな奴でも もしも無くしたら きっともう元には戻れないくらいに
と千紘は思う。
その愛で、浩然を癒し、傷ついた心を救ってあげてほしい。
浩然の体に残る傷跡
この回で、浩然は初めてTシャツ+下着姿で体の傷を晒している。
外に出る時は、夏でも長袖で襟元の詰まった服を着ていたから、私は浩然の傷跡に少しも気づかなかった。
振り返って1巻を読めば、ep.01は夏で、浩然以外は千紘も加治も道行く人々もみんな半袖を着ているのに…。
今まで浩然がずっと長袖を着ていることにすら、私は違和感を抱かなかった。
私の読み込みが足りない、と言えばそうなのだが、おげれつ先生の卓越した演出なのではないかとも思う。
千紘が、浩然の服装やセックスする時に脱がないことに疑問を持たないから、我々読者も気づかない。(とはいえ、鋭い方はお気づきだったろう)
もしも千紘が「あれ?」という様子を見せれば、こちらも誘導される。
浩然の体の傷について読者にあえて匂わせないことで、ep.07で浩然が裸になって、千紘に傷跡を見せるシーンが一層劇的になる。
おげれつ先生は読者に与える印象を計算された上で、このように描かれたのではないだろうか。
浩然の耳については、さらに細かく設定されている。
Twitterで浩然の耳の変形について教えていただいてから、1巻を読み返した。
未成年専用の風俗で働いていた時までは浩然の耳にも体にも傷はない。
伸びたうどんを前に、浩然が左目の眼帯を外したシーンでは左耳介が腫れている。
この時は右耳はまだきれいなままだ。
マヤの経営するSMクラブで「森さん」に24時間虐待されて入院した後、右耳介も変形したことがわかる。
加治と再会したシーンではっきりと変形した右耳が描かれ、浩然の鼻にはガーゼが当たっている。
浩然がマツキに「ちょっといじっている」と言ったのは鼻の整形のことなのかな、と考えている。
たぶん、鼻骨が折れたのを直したのではないだろうか。
おげれつ先生がちるちるのインタビューで
「私は結構細かく設定を決め込んでしまうので、それをどこまで描くか描かないかを考えるのに時間がかかることがあります」
とおっしゃっていたのを読んで、きっとまだ明らかになっていない(こちらが気づいていない)設定があるのだな、とは感じていたのだが、浩然の耳が変形した時期まで微妙にずらしていらしたとは…。
ちゃんと教えてもらっていないから箸の持ち方が変なんだろうな、多分戸籍がないから小学校もまともに行っていないのだろうな(これは当たっていた)とは思っていたけれど、まだまだ気づいていないことがありそうだ。
おげれつ先生の精緻な漫画表現の前に、ひれ伏すしかない。