愛してる
愛していた事 今更伝えようーーーー
突然来た手紙の返事。書き出しに頭を悩ませていた。
差出人は、愛しくてたまらないその人だった。
二ヶ月前、僕のもとを去った彼女。彼女は歌うのが好きだった。
学園祭でギターを掻き鳴らし、髪を振り乱して歌うその姿は美しかった。
もともと可愛い方だし気になってはいたけれど、普段大人しいあの子が爆発したその瞬間に僕は堕ちた。
勇気を出して告白して、まさかOKもらえるなんて。てかいままでシングルだったことに驚きを隠せないんだけど。
付き合い始めた頃の淡い気持ちを思い出す。
彼女はいつかプロになりたいと言っていた。
僕らは田舎の高校に通っていて、彼女は授業が終わったあとそのまま街に出てストリートライブをしていた。
そこで歌う曲をたまに僕の家で練っていく。彼女の世界観からインスピレーションを得て、僕は趣味の漫画を描く。
彼女はギターで、僕はペンで、互いの気持ちを確かめあっていった。
付き合い始めて7年。
そろそろ結婚も視野に、と考え始めた頃。彼女は唐突に切り出した。
「こないださ、ストリートライブですごく人集まってくれたって言ったじゃん?」
「あの時実はさ、声かけられたの…スカウトの人に」
芸能事務所からデビューの話が来たそうだ。
彼女はその場でうんとは言わなかったそうだが、僕に切り出すまでずっと悩んでいたらしい。
「行きたいの?」
華やかな彼女は、ずっと田舎で暮らすような人じゃないと思っていた。
都会で、いろんな色に自分を染めて、様々な刺激を受けて己を磨いて、ひときわ輝く存在になる。
それが彼女にふさわしい生き方、そうなってもらうのが僕の夢でもあった。
「一緒に行きたいけど…都会苦手でしょ?
仕事もあるし、ついてきてはもらえないよね」
彼女は専門学校を卒業したあと、アルバイトを転々としながらライブを続けていた。
一方僕は高卒で役場に就職。地元の良いところを少しでも知ってもらいたくて、あの手この手でPRする日々。
そこそこ重要な仕事も任せられるようになってきたから地元は離れたくなかった。
スカウトの話をして以来、せっかく会えてもなんだかぎこちなくて僕の方が耐えられなくなった。
「自分の夢を諦めるの、僕を理由にするのはやめてくれないか」
「別れよう。この別れを詩に込めて歌えば、気にとめてくれる人がいるかもしれない」
冷たく突き放してしまったかもしれない。
それでも彼女を愛していたから。
傷つけるしか手立てがなかった。
大きな瞳から零れる涙を拭ってやることはできなかった。
「行ってこい」
小さな背中には大きすぎるギターケースを抱えて彼女は旅立った。
薄紅のトレンチコートが桜吹雪に溶けてゆくのを見送って、僕は帰路についた。
それから毎日、似た背中を見ては落胆する日々が続いた。
毎朝、毎晩、彼女を失った瞬間を繰り返す。
連絡も簡単にとれるけれど、彼女を迷わせてはいけない。
逢いたい、名を呼びたい
別れて強くなったんだ、そう言い聞かせて
僕は気持ちをぐっと抑えた。
あれから二ヶ月。
「お久しぶりです。お身体変わりはないですか。風邪など引かれていないですか。」
五線譜に書かれたのと同じ懐かしいまる文字に、僕は気持ちを抑えきれなかった。
「別れを告げた時のあなたの瞳。あれは嘘をついてる時の目です。それも自分の気持ちを殺しているときの。全部わかっていました」
「お別れから二ヶ月、私はなりたかった姿へ着実に近づいているのを日々感じています。ただ、」
「あなたと一緒になりたい、この夢は叶えてはいけないのでしょうか。」
「あの時の瞳を私は二ヶ月間忘れられずにいました。大切な人を置き去りにしてまで叶える夢ってなんだろうと、ずっと考えていました」
「私の夢を完璧に叶えるには、あなたの存在が不可欠です。遠距離でもいいので、関係は続けていたい」
「あなたの『愛してる』を聞きたい、それってわがままでしょうか」
いてもたってもいられず、僕はペンを取った。
手紙なんてまるで書いたことないけれど、気持ち伝えるのも下手くそだけど、なんでもいいから書いてしまえ。
もしもう一度逢えるなら、たった一つの約束をしよう。
これから二度と離さないと。
故郷の駅のホームに彼女の姿を見た時
たった二ヶ月しか経ってないのに、ずっと前に恋していたと思えるほど、さらに輝きを増していて、まるで別の人みたいで
静かに、激しく、ずっと言いたかった気持ちが溢れ出す。
「愛してる」
また、この腕の中に取り戻せる日がくるなんて。
初夏の風のなか、手を繋いで歩き出す。
西日が差し込むあの部屋で、またたくさんの詩を紡ぎだそう。
デビューシングルは僕がジャケットの絵描いていい?
愛は今も 愛のままで
こんなに こんなに 胸を打つ。
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