アルモニアものがたり 第三章 再会と後悔
まずいことになった。
城は俺が最も来たくなかった、最も恐れていた場所だ。大臣達に見つかればこの一週間ほど何をしていたのか問い詰められる。部下たちの前での振る舞いが知れたら命は無いだろう。いっそあの戦場で死ぬべきだった。
猫が素知らぬ顔で門兵の足元をすり抜け、城内に入っていく。止めないのか、と思わず目で追ってしまったそのとき、門兵と目が合った。
「団、長…?テッド騎士団長!?生きておられたのですね!!!」
まずいまずいまずい!!
「他の兵たちは?!あぁでも、とりあえずご無事で何よりです。ささ、中へ」
嫌だ行きたくない。他の者へ合わせる顔がない。
「皆が案じておりました。特にコール司祭が。古くからの友人だと伺っております。まずは司祭とお話をされては」
そう言われつつ半ば強制的に城内にある教会へ連れて行かれる。重い扉が開いた先には、神像の前に跪き熱心に祈るコールの姿があった。
「コール司祭、テッド騎士団長がご帰還なされました」
コールが振り返り俺の姿を見る。
「テッド…本当に、テッドなんだな…生きていたのか、そうか、無事で、本当に良かった」
コールが声を詰まらせながら、一言ひとこと言葉を紡いでゆく。コールが俺を心配していたのと同じだけ、俺はコールのことを気にかけていただろうか。自分の身のことばかり考えていたのではないだろうか。自責する俺をよそにコールは神像の方に振り返る。
「友が帰って参りました。お見守りいただいたこと、感謝申し上げます」
「ここまでご案内ご苦労。門兵さん、任務に戻っていいよ」
門兵が下がり、コールと二人きりになる。
「ここじゃ何だし、一度僕の部屋に戻ろうか。懺悔ならいつでもできるし。話したいこといっぱいあるだろう?お茶淹れてあげるよ」
そう言って俺を自室へ促す。こどもの頃から一緒に育ってきたコールには腹を割って話せるだろう。そう思いコールについていく。
「お邪魔します」
そういえばコールの家に上がるのは何年ぶりだろう。彼の家計は代々司祭を務めていて城内に住処が用意されている。陽の当たるテラスでハーブが栽培されており、コールはそれをパキッと折ってティーポットに詰めていた。
「こんにちは」
階段から誰か降りてきた。
「コールさん、お客さんですか」
「テッド騎士団長。俺の友達」
「!! テッド騎士団長って、あの…!?あぁ、申し遅れました。私、コール司祭を一年ほど前からお支えしております、占星術師のヨウと申します」
「いまね、彼とルームシェアしてるの。何かと助けてもらうことが多いから、いっそ一緒に住んじゃったほうが早いかなって。いちいち鳩飛ばさなくていいし」
「コール、…一体俺城の人達にどう思われてるの」
「『百戦錬磨の槍使い』って呼ばれてるの、知らない?」
「たまたま俺が、あのときいた兵達の中ではそれなりに槍を使えたから騎士団長に選ばれただけであって、その後の戦じゃ死にたくないから振り回してただけで、ずいぶん大層なあだ名がついちまったなぁ…それにもう、騎士団長なんかじゃないし」
ヨウが俺の目をじっと見る。
「え、何」
「それが国の明暗を託された騎士団長のお姿ですか。さぞお辛い思いをされたとは存じますが…」
「せめて寝癖ぐらいは直してください」
俺の頭に霧吹きを振りかけはじめ、くしゃくしゃと髪に揉み込む。妙に甘い香りがする。
「このミストは朝露を集めて作りました。星々の力が、朝になって露として葉に宿るのです。そこにハーブのエキスを抽出してできたものがこれです。気持ちがスッキリしてきませんか?」
うーん、そう言われればそうなような、そうでもないような。
「彼は古い教会の教えに新しい知見をもたらしてくれるんだ。3日ほど前か、君が帰ってくることを予感したらしい。僕、ヨウの前でテッドの話したことないのに」
「星々が教えてくれました」
でた、ユタに続いてやべーやつ。
「んで、これからどうすんの?寝るとことか食べるものは大丈夫?」
「なーんにもない。俺、これからどうしたらいい?」
「んー、困ったね。城のみんなには君が帰ってきたこと知れちゃってるだろうし。逃亡罪で極刑、なんてこともあるだろうけど、せっかく帰ってきてくれたんだから死なせたくはないよね…」
「明日ユジーヌ殿下に謁見してみよう。僕から話は通すから。そう簡単に断罪できないはずだ」
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