アルモニアものがたり 第二章 導き



 川を渡り終え、アルモニア領内に入った。俺は、どっちから来たんだっけ?元いた場所はどこだっけ…

戦以前の記憶がない。俺は騎士団長で、たくさんの仲間を引き連れてこの国境の川まで辿り着き、敵兵と対峙した。それは覚えてる。なんで兵士なんかやってるんだっけ?戦の発端は?

だめだ、全然思いだせない。まぁもともと帰る場所なんてあって無いようなもんだから、とりあえず直進しよう。夜になれば適当に宿屋でも…あ、金がない。

考えながら直進を続けると市場に出た。賑わってはいるがやはり戦時下なので物資がない。市場というより闇市といった感じだ。行き交う人の声。言葉。あれ?ここ俺の故郷だよな?

すれ違う人々の会話が、全然聞き取れない。音が聴こえないのではなく、言葉がわからない。言語は間違いなくムジカ語、俺のちいさな頃から見聞きしてきた言語。貼り紙を見る。直線と曲線の交差した記号の羅列。読めない。教育は受けてきたはずなのに。血の気が引いた。

「っしゃあせー!っしゃあせー!」

混沌とした脳を貫くように男の甲高い声が響く。

「古今東西、珍品奇品。なんでもござれな我が商店!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」

やべーやつがいる。

こういうのは関わったらロクなことがない。さっさと通り抜けて…

グイと腕を掴まれた。

「ねぇねぇお兄ちゃん。良かったら見てってよ」

自分の体は全力で拒否反応を示しているが、掴まれた力が思いの外強く、逃げ出せそうにない。ここは諦めて話を聞くことにした。

「引き止めて悪いねー。俺は行商人のユタ。世界中を巡ってその土地ならではのいろんな品を集めてるんだ。君の名前は…テッド?」

彼の指先がキラリと光る。首から下げていたドッグタグがいつの間にか彼の手のひらの中にある。

「これを溶かされたくなければウチの品物見てってよ」

強引で腹が立つがネームは返してほしいのでしぶしぶ品を見る。

「そのコートが気になるかい?それはね、魚の皮で出来てるんだ。ケシャ?とかいったっけ。その魚は川も海も泳げる珍しい魚なんだそうだ。ここから遙か東方の島国、それも厳しい冬がくる北方の民族の品だ。身も卵も皮も、捨てるところがないから『神の魚』と崇められているよ」

ほぇー、と思わず関心している俺にこう続ける。

「干すとこんな赤い身になるんだ。不思議だろ?ガチガチに固まってはいるがしゃぶっていれば柔らかくなる。一口食べてみないか?」

うん。美味い。ほんのりとした塩気が酒に合いそうだ。

「万病の薬とも呼ばれていてな。削った粉を鼻に詰めると…」

といいながら本当に俺の鼻に粉を詰めようとしてきた。

「ちょちょちょ何すッ…おまブぇっくしゅん!!!」

「鼻炎が治る」

「何が鼻炎だよむしろ悪化して…えくし、…んにゃろーっ!!」

奴が俺のことを笑いながら走って逃げ出した。

「おい待てっ!どこ行くんだよっ!タグ返せ!」

装備をほぼマリィさんちに置いてきた俺はほぼ無一文で、金目のものといえばそれくらいしかなかった。裏路地の中をするすると抜けてゆくユタを必死に追いかける。屋根の上の三毛猫が騒々しそうにこちらを見ている。病み上がりの身体に長距離走は向かなかったようだ。奴を見失ってしまった。

「にゃーん」

先程の猫がこちらを見ている。俺の2、3歩先を歩き、時々振り返ってはまた歩き出す。距離が離れるとこちらを見てまたにゃーんと鳴く。

なんだ?ついてきてほしいのか?

特に行く宛もないので猫についていく。人間が通るには少々厳しい道もあったがなんとかくぐり抜けていく。30分ほど経ったころだろうか。開けた場所に出る。

ここは…

城だ。



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