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『深淵のテレパス』刊行記念トークイベント&サイン会 上條一輝さん×原宿さん「深淵を覗く、そして楽しみ尽くす」 レポート【2024年8月31日開催】

※この記事では、2024年8月31日にジュンク堂書店池袋本店で行われた上條一輝『深淵のテレパス』の刊行記念イベントの模様を一部編集してお届けいたします(対談相手=オモコロ編集長・原宿)。


「オープニングトーク」

原宿
池袋ジュンク堂さんで、何回かこうしてイベントをやらせてもらってるんですけど、ようやくここへの辿り着き方をマスターすることができまして。

上條
そんなに迷う部分ってありましたっけ?

原宿
いや、なんかね。毎回、池袋駅からジュンク堂さんに来る道が混雑してて、あんまり好きじゃなかったんですけど、西武の地下から直行で来れるってことに気づいたんですよ!

上條
ああ、あの三省堂とか、無印良品の中を通ってくる道ですね。

原宿
そうなんです。ここで三省堂さんの名前出すのもちょっとアレなんですけど……駅から西武に入って、そのまま地下をずーっと端っこまで歩いてくるとね。直通でジュンク堂さんのすぐ目の前まで来れるという。これは楽です。知らなかった人はぜひ通ってみてください。オモコロ編集長の原宿です。

上條
はい。私が『深淵のテレパス』の作者、上條と申します。よろしくお願いします。

原宿
ちょっと二人の関係性を話しますと、上條さんにはオモコロでライター活動をしてもらってまして(オモコロでのライター名:加味條)。結構たくさん記事を書いてもらっているんですけど、途中からホラードキュメンタリー寄りの記事なんかもオモコロで書き始めて。

上條
そうですね。「おかんぎょさま」とか「どねいと」とか。

原宿
それがいつの間にか小説を書いていて、今回創元ホラー長編賞を受賞して、あれよあれよと本になってしまうという。最近、すごいんですよ。オモコロの人たちがみんな本を出してしまって。今日なんて、「変な家」の雨穴が「クレヨンしんちゃん」に出るというワケのわからないことに…

※イベント当日、「クレヨンしんちゃん 《夏の終わりはホラー見れば~?SP》」にて、ホラー作家・雨穴の脚本&出演回が放送された。

上條
僕もいつか、「クレヨンしんちゃん」に出る日が来るということでしょうか。

原宿
いやでも、『深淵のテレパス』は映像化ありそうですよね。読んでいる時にもう、「映画だ!」と思いましたからね。非常に映像的な作品というか、白石晃士監督の「コワすぎ!」をリスペクトしている感じがやっぱり出てますよね。

上條
原宿さん的に、映像にしたら面白そうな部分はありましたか?

原宿
僕はやっぱり冒頭の部分がすごく良かったですね。この導入は、完璧に心を掴まれました。「変な怪談を聞きに行きませんか?」という一行から始まって……

上條
やっぱり「変な」って入れておくといいのかなっていう。

原宿
あ、そういう理由だったの? この「怪談会に行く」っていうモチーフは非常に現代的でグッときますよね。で、その怪談会に行くと、壇上に清楚な黒髪の女性が現れて。この女性が現れた時の空気も、凄くいいなと思ったんです。女性が現れた時に「清潔」って感じがしたと書かれていて、なんかシン…とした静謐な緊張感が伝わってきて。
その人がね、参加者と目を合わせながら不思議な怪談を語り始めるという。ここ、すごい良かった!

上條
ありがとうございます。本当は今日、黒いワンピースの女性を呼んで、皆さんの顔を順番に見て行くっていうところから始めようかなとも思ったんですけど。

原宿
そんなイマーシブなアイディアが。

上條
そんな人、簡単に見つかるもんじゃないんですよね。さて、今日何やるかっていう話なんですけど。すでに気になっている方もいるかもしれませんが、この真ん中のやつ。こちらがですね…

上條
サイコロになっております。

原宿
おお。

上條
今日はですね、このサイコロに色んなトークテーマが書いてありまして。これを振って出たトークテーマの話をするという、非常に斬新な、いまだかつてないフォーマットでやっていこうと思っています。

原宿
これは画期的だ。

上條
というわけで、四の五の言わずに振っていきましょう。では私が振りますので、原宿さんは「あの」テーマソングをお願いします。

原宿
これ弱気になるとやりきれなくなるんで、一回目大事ですね。

上條
いきます!

「サイコロトーク」スタート

原宿
♪何が出るかな、何が出るかな、チャララランランチャラララン。

原宿
「好きなシーン」! 略して~? 好き好き~!

上條
ありがとうございます。

原宿
今日はこんな感じでやりますんで。っていうか今、好きなシーンのこと話しちゃったよ! あーでもですね、『深淵のテレパス』で書かれているテーマの一つとして、戦時中の陸軍研究所っていうのがあるんですよね。これを選んだ理由はちょっと知りたいなと思ってました。前から興味があったとか?

上條
これはですね、このお話が最終的にどこにたどり着くかっていう、恐怖の正体みたいなものって、結構最後の方まで自分の中で決まっていなくてですね。割と日本全国が候補になっていた状態だったんですけど、ある段階まで来た時に、これはもう「東京」を巡る話にしたいと思いまして。

原宿
なるほど。

上條
それで、序盤ですでに登場していた新宿区の戸山公園を最後にも出そうと。で、戸山公園っていうのは大変ミステリアスな場所で、陸軍軍医学校があった場所から大量の人骨が出土(1989年)したということが実際にあったんですね。

原宿
事件性がない人骨っていう話でしたけど、731部隊による人体実験が行われていたんじゃないかとか色々と都市伝説がありますね。

上條
で、作品のリアリティラインみたいなものを考えた時に、怪異の正体は、我々が生きている世界と地続きのところにあると感じてもらえるものにしようと思って、陸軍研究所を選びました。「おかんぎょさま」を書いた立場であれなんですが、恐怖がもっと身近に感じられる方がいいかなというか、「田舎の◯◯さま」とかに繋がっていったりするよりは、東京であった歴史的な事実を下敷きにしてみようかなと。

原宿
なるほどなるほど。有名な帝銀事件も陸軍絡みなんですよね。その話もしたいんですが、上條さん自身で「好きなシーン」っていうのもありますか?

上條
僕は、みんなでカレーを食べるシーンが好きでして。

原宿
食べてたっけ? カレー。

上條
食べてるんですよ。僕、結構詳細にプロットを決める方でして、Excelを使ってシーンで起こることを全部決めてから小説を書くんですが。

原宿
ああ、183ページで食べてる。結構最後の方だ。

上條
晴子と越野と犬井でカレーを作って食べるっていうシーンがあるんですけど。ここは引っかからないようにしようとか、流れすぎないようにしようとか、小説のリズムを考えながら書いている中で、この場面はちょっと緩急を付けたいなという気がして。そう言えば、登場人物たちメシ食ってないなと思って、Excelのプロットには書いていなかったんですが、ここはカレーだと。

原宿
カレー以外はあり得ないだろうと。

上條
あんまりメインのシーンではないんですが、作者としては良いアドリブを利かせられたな、という思い出深いシーンです。

原宿
あとはやっぱり表紙にもある「水」が重要なモチーフにもなってますけど、そこもちょっと気になりますよね。全体的にめっちゃ水にまつわる話で、上條さんの中に水=恐怖という感覚があるのかな?と。

上條
そうですね。先ほどのリアリティラインの話にも繋がってくるんですが、作品の中で起きる超常現象を、読者の方にもある程度本当にあることとして受け取って欲しいなという気持ちがありまして。要するに、フィクショナルになりすぎないようにしようと。
僕はいわゆる心霊ドキュメンタリーに属する作品が好きなんですが、YouTubeでいうと「ゾゾゾ」とか「オウマガトキFILM」とか。ああいう作品って、現代の我々が生きている社会で起きる超常現象を、こっちもある程度本当のこととして受け取れるぐらいの納得感を体現して見せてくれるものだとも思ってまして。そういうことを考えると、人間の形をした幽霊を複数人が同時に目撃するっていうよりは、匂いとか、音とか、水みたいなものが出てくるのがギリギリありえそうなラインなんじゃないかなと。そう考えた時に、汚水が部屋に現れるイメージが出てきたんですね。

原宿
なるほど、怪異の中でも実際に起こるイメージが湧きやすいというか。

上條
あとは、人の仕業にも取れそうじゃないですか。この作品を読んでる人が、割と最後のほうまでジャンルを絞れないようにしたいなという気持ちがちょっとありまして。オカルトホラーなのか?それともヒトコワなのか?みたいな。

原宿
あー、もしかしたら人為的な仕掛けかもしれないぞ、みたいな。

上條
これ、全部人が仕組んでる可能性もある?っていう。そういう感覚が残った読者がいたとしたら成功ですね。さて、そろそろ次の目を回しますか。

原宿
はい。これね、さっき気づいたんですけど、割と高い確率で同じ目が出るっていうね。まぁ別に出てもいいか。♪何が出るかな、何が出るかな、チャララランランチャラララン

原宿
「怖いと思う場所」!略して~? 「ブルブル」

上條
良かったです、違う目で。

原宿
これは次回以降、こんなところを舞台にしたいなという構想も含めた「怖い場所」っていうことですかね。単純に恐怖を感じた場所とかでもいいけど。

上條
さっき、『深淵のテレパス』は東京を舞台にした小説にしようという話をしたんですけど。次回作以降も東京を駆け巡る話にしたいと思ってまして。

原宿
あ、シリーズ化がある!?

上條
はい、目論んではいます。登場人物を続投させはするけど、東京小説という軸はぶらさないみたいな方向で。

原宿
いいですね。ということは、東京の怖いと思えるような場所が色々と出てくるのかも。

上條
その流れで言うと、私が怖いなと思うのは「鐘ヶ淵」という駅です。

原宿
鐘ヶ淵?

上條
皆さん、あんまりピンときてなさそうですが。もしも鐘ヶ淵に住んでる方がいたらすいません。これ墨田区の…東武スカイツリーラインですかね。鐘ヶ淵駅から隣の東向島駅ってところに歩いていくと、とんでもない景色が見れるんですよ。隅田川沿いを下っていくような道なんですけど。

原宿
ほう。

上條
そこにバーっと広い道路が通ってまして。隅田川沿いの道路のその片側に、ずーっと同じ建物が並んでるですよ。全く同じの形の建物が1キロくらい。歩いても歩いても、同じ建物がずっと続いていく景色。これ、防壁団地っていうものでして。

原宿
デイリーポータルZで読んだことある!

上條
もし隅田川が溢れたら、建物の隙間の防水扉を閉めて水を防ぐ。逆に地震とかで住宅街が火事になったら、団地が防火扉の役割を果たして延焼を防ぐという。

原宿
エヴァンゲリオンの第三新東京市みたいですね。

上條
まさにそんな感じで、実際に人の住まわれている団地を怖いとこ呼ばわりするのも失礼なんですが、あまりに現実離れした光景なので、皆さんお近くに行かれた際はぜひご覧ください。

原宿
墨田区は本所七不思議もありますからね。

上條
「パラノマサイト」っていう本所七不思議を扱ったゲームも面白かったですよね。原宿さんは何か怖い場所ってありますか?

原宿
僕は具体的な場所というか、抽象的なイメージなんですが……。例えば、ここから車を運転して、なんか山の方に行こうと。仮に奥多摩方面の山深いところに入っていくとするじゃないですか。それで山奥の道を走っていると、不意に近代的な建物が出てくる。

上條
ふむふむ。

原宿
「これなんだ?なんでこんな山奥に?」みたいな感じで、車を降りて建物に近づいていくと、人の姿は見えないけど、中で何かの機械が猛烈な勢いで動いている。モーターがぐーーんって回ってたりとか、ガッチャンガッチャンって生産ラインが動いてたりとか。

それを見た時に、「ああ、この機械は自分が見ていない時もずっと猛烈に動いているんだな」と思う感じがちょっと怖いなと思います。

上條
え?

原宿
自分の知らないところで何か猛烈な生産みたいのが起こっていて、それは多分自分がいなくなっても永遠に動き続けるんだろうなみたいな感覚がちょっと怖いなと。半永久的に意味なく続くシステムみたいな。

上條
なるほど、分かりかけてきました。最近、「デジモンアドベンチャー」を見返してるんですけど、子供向けのアニメなんですけど、ちょっと怖さがありまして。そこにまさに工場で、ひたすらものを組み立てて、完成したらただ一個ずつバラしていくだけの工場っていうのが出てきて、ちょっとそれを思い出しました。

原宿
いいですね。誰のためかも分からないのに、意味なく何かが作り続けられるって怖いんですよ。

上條
さて、続いての目は……

原宿
♪何が出る、何が出る、チャララランランチャラララン

原宿
言わんこっちゃない。「怖いと思う場所」、パート2!

上條
同じ目、出ちゃいましたね。でももう一個ぐらいいけるか。僕、結構自転車に乗るんですよ。レンタサイクルって都内中にあるじゃないですか。あれ、すごい好きで。あれで渋谷から上野まで移動しちゃったりするんですけど。

原宿
結構長距離ですね。

上條
まぁ小一時間ぐらいですかね?その途中で結構怖いなと思った道がありまして。場所で言うと、青山一丁目駅から赤坂とか永田町の方まで抜けていく道なんですけど、そこを深夜に通ると真っ暗なんですよ。なぜかというと、赤坂御所なんですね。道の片側に赤坂御所の鬱蒼とした森があって。街灯もほぼなくて、めちゃくちゃ暗いんですよ。その道を走っていると、目の前に急に警察官がヌッて出てくるんです。

原宿
なるほど、御所だから。

上條
はい。御所の警備のためなんでしょうけど、警察の方が真っ暗な場所にただ立ってるので、最初見たときは本当に怖かったです。都心の真ん中にあるびっくりスポットですね。

原宿
なぜ上條さんが、深夜に渋谷と上野の間をチャリで疾走していたのだろう……と、考え始めるとそれが一番怖いかもしれないですね。次に行きましょう!

「最近怖かったこと」

原宿
これは僕、小説で言うと、北沢陶さんの『をんごく』。オモコロの記事で、梨さんもおすすめされてたんですけど。

上條
横溝正史ミステリ&ホラー大賞をとった作品ですね。大正期の大阪が舞台で。

原宿
そうなんです、審査員からも大絶賛で受賞したんですけど。これはもう本当に良かったですね。奥さんに先立たれた主人公が、奥さんの霊を降ろしてもらいに霊媒師に会いに行くところから始まるんですけど。その第一幕のタイトルが「四天王寺樒口寄(してんのうじしきみのくちよせ)」。
この時点でカッコよすぎてちょっと立ち上がっちゃいましたね。やべえ!って。

上條
確かに原宿さんが好きそうなタイトルだ。

原宿
で、主人公が霊媒と話すんですけど、その女性の霊媒が玄関で主人公の肩口から外を見て、「今日はえらい……」「居てますなぁ」
って言うんですよ! つまりまぁ、その人には霊がたくさん見えてるってことなんですけど、ここでぐわーっと掴まれて。

上條
いいですね。居てますなぁ。

原宿
で、なんかその雰囲気からすると男女の情念というかね、岩井志麻子作品のようなドロッとしたものが描かれるのかなぁと思うんですけど。これが意外と冒険小説になっていくんですよね。

上條
割とバディものなんですよね。「ゲゲゲの謎」みたいな。

原宿
そう!  エリマキという異能の怪人みたいなのも後から出てきて…この異種間の友情みたいなものも熱いという。この雰囲気作りはかなり素晴らしかったですね。アニメ化待ったなし! 上條さんは最近注目しているホラー作品はありますか?

上條
僕はYouTubeの「えやみ」という作品が凄い怖かったです。沖縄のテレビ局が制作している一話10分ぐらいのホラードラマなんですが。めっちゃ怖いのもあるし、本気で作っているというのが伝わってくるのが良いですね。「これは作り込まれてる!」というのが一瞬で伝わってくる。とりあえず最初の数カットだけでも見て欲しいです。

原宿
沖縄ホラーって結構盛り上がってますよね。

上條
沖縄発という強みもあって、出てくる俳優さんが当然皆さん現地の方なんですが、こちらからすると初めて見る方がたくさん出てくる。ホラーってそこ結構大事だよなと思うんです。やっぱり主演が長澤まさみさんとかだと……

原宿
なるほど。全国区の有名人が出てくると、あまりにもフィクション性が強くなってしまうと。

上條
そうなんです。作り物であることを凄く意識して見てしまう。例えば原宿さんが「山本です」って言って記事や映画に出てきても、「いや原宿じゃん」と思っちゃう。「知らない人がやっている」というのも、怖がらせる映像を作るレイヤーとして結構大事なのかなと思わされました。

原宿
あとやはり、『深淵のテレパス』を語る上で白石晃士監督の最新作「サユリ」は外せないかと思うんですが。やはり怪異よりも、人間の生きる力の方が強いんじゃい!という「イズム」が同じだなと。

上條
晴子にはやっぱり、「コワすぎ!」シリーズ(同じく白石監督)の工藤のモチーフが入ってますね。怪奇現象が起きた時に、怖がるみたいなフェーズを飛ばして駆け寄っていく感じとか。工藤を何%かはお借りしていると思いますね。

原宿
ホラーも好きなんだけど、そういう怪異とか世の中の不条理を越えていくのが人間の生きる力だろっていう。「サユリ」では悪霊というものに世界の理不尽さが託されているんですが、こんなもん、怖がったら負けだ! 俺達が笑ったり、セックスしたら追い払えるんだ! という熱いメッセージがあって。

上條
早く観に行かないとなぁ。

原宿
やっぱり生きるためには自分の中の欲望を見つめるというか、ある程度は利己的にならなきゃいけないんだなっていうのを感じさせるんですよね。自分のしたいことを見つめて、欲望を引きずり出す。それが襲ってくる理不尽や虚無と戦う唯一の方法なんだなって。『深淵のテレパス』が面白かった方は、「サユリ」もぜひ! 子供がちょっとひどい目に遭いすぎるという点だけ注意していただければ……

「タイトルの話」

原宿
創元ホラー長編賞を受賞した時、『パラ・サイコ』というタイトルがついていたんですよね。これが『深淵のテレパス』というタイトルで出版されたわけですが、最初はどういう理由で『パラ・サイコ』だったのかなというところを聞きたいです。

上條
本編中で出てくる「超心理学」っていうワードがあるんですが、それを英訳すると「パラサイコロジー」となります。で、それだとちょっと長いなっていうので、お尻を切って「パラ・サイコ」にしていたんですが、これがまぁ、非常に評判が悪かったという。

原宿
そうだったんだ!

上條
二次選考かなんかの箱の原稿があって、編集の方が選考してる時に「パラ・サイコ」って題名見た時に「この原稿に今後出会うことはないだろうな」と何となく思ってしまったと。

原宿
タイトルが面白くなさそうだと。まぁ『パラサイト・イヴ』とも少し似てますしね。

上條
あとは二重人格の話かと勘違いされちゃうとか、なかなか魅力の伝わりづらいタイトルなんだなと思いまして。

原宿
確かに、最終選考に残っていた『怪ビーバーの岸辺』の方がタイトルでは勝ってるなと感じました。そこから『深淵のテレパス』と改題した決め手はなんだったんですか?

上條
この改題作業というのもなかなか険しい道のりで……。2月の頭くらいから延々と色んな案を壁打ちして、あらゆる単語をピックアップしたんですが、しっくりくるものがなく、途中「暗闇の超能力者」というタイトルにもなりかけたりして。

原宿
古風な雰囲気ですね。

上條
要するに「暗闇の超能力者」に当たりそうな人がいっぱい出てくるっていうね。一体誰が暗闇の超能力者なんだろう?と読んでいるうちに、だんだんその対象が変わっていく…ということがやりたかったんですけど、このタイトルはさすがにって思ったんですね。

原宿
「暗闇の超能力者」だったら、今日ここに来ていない人もいたかも。

上條
で、最終的には「パ」という響きを入れたくて、「テレパス」という単語を採用しました。

原宿
パを?

上條
この作品って「意外と読んでみるとポップ」っていうのがあると思うんですよ。その質感を、なんか響きとか音的にも伝えたいという気持ちがあって。「パ」が入っていると軽さがちょうどいいというか。

原宿
なるほど、確かに「テレパス」の方が作品の雰囲気とあってますね。いっそ「パ」だけにするという手もあったかもしれない。

上條
文庫化する時は思い切って「パ」というタイトルに。

原宿
それで次作が「ピ」で。次、「プ」くるぞと思わせといて、「ギ」とかね。

上條
検討してみます。

「オカルトに目覚めた瞬間」

原宿
上条さんがオカルトっていうものに惹かれた原体験というのか、その辺ってどうなんでしょうか? 僕とは少し世代が違いますが。

上條
僕は割と子供の時は、ホラーがちゃんとトラウマになっていたタイプで。苦手でしたね。ただテレビで結構ホラー番組が流行っていた時期でもあり、「アンビリバボー」でやっていた「ヒカルさんの絵」という呪いの絵の話とか、「USOジャパン」で相葉くんが心霊スポットに置き去りにされたりとか。怖すぎて震え上がってましたよね。

原宿
あったなぁ。その後はインターネットになる?

上條
はい、やはり皆さんと同じで「洒落怖」のまとめサイトを通過して。「八尺さま」とか「リゾートバイト」とか「きさらぎ駅」とか。そういうランキングを片っ端から読んで、気がついたらホラーが好きになっていたという感じですね。原宿さんは僕より10歳以上年上なので、だいぶ入り口が違いますよね?

原宿
僕はオカルトブーム全盛の80年代~90年代を通過しているので、かなりホラーと親和性高く育ちましたね。親戚とか従兄弟もホラー好きで、子供の頃からテレビやビデオでかなり高頻度にホラーと接触していたので、「もっと怖いものってないのかな?」という興味本位でインターネットも漁った感じです。良くないんですけど、ちょっと中毒症状的な感じで。

上條
その中でも「目覚め」となると?

原宿
そういうのを全て遡っていくと……なんか、おばあちゃんが寝る時に話してくれた怪談みたいなのが一番残っているかもと、今思いました。

上條
おばあちゃんの怪談!

原宿
子供の頃、従兄弟の家によく遊びに行ってたんですけど。そこで夜になると、子供が寝ないから、おばあちゃんが民話を話してくれる。それを語ると子供がおとなしくなるというお話があって。「肉付きの面」っていう福井県の民話なんですけど。あるところにお嫁さんと姑さんが一緒に暮らしてて、お嫁さんが町の方に、なんか遊びに行くわけじゃないんだけど、よく出かけていってて。それが姑さんは気に入らなくて、何こいつ家の仕事しないで出かけてんだよみたいな感じで、怒ってドッキリを仕掛けるんですね。

上條
日本最初のドッキリですね。

原宿
それが、嫁の帰り道に鬼のお面をかぶって潜んでて、嫁が通ったら驚かせるっていう。割と単純なやつなんですけど、いざワッと飛び出していったらお嫁さんがお経を唱え始めちゃって。

上條
なんか微妙なリアクションですね。

原宿
だから「スベった」って思ったのかもしれないですね。姑さんは鬼の面をかぶったままスゴスゴと家に帰って、それでお嫁さんが家に帰ってくると、姑さんが泣いてるんですよ。「鬼の面が外れなくなっちゃった」って。

上條
だいぶしっかり被ったんですかね。しかも自分が仕掛け人ってバレちゃってるし。

原宿
で、お嫁さんも可哀想だからって許してあげて、またお経を唱えたらお面が外れるんですけど、その時にお面に顔の肉が接着して一緒にはがれてしまうという…

上條
うわ痛い! 接着剤とか塗っちゃったのかな。

原宿
まぁ何らかの教訓めいた話なんでしょうね。姑と嫁は仲良くしろ的な。これ割と有名な話で、そのお面、確かまだ福井県のお寺に奉納されてるんですけど。なぜか2つぐらいあった気がする。

上條
懲りずに2回やっちゃったのかな。

原宿
で、僕はその肉がついた鬼の面っていうイメージがめっちゃ怖くて。それがずっと心の奥底に残ってますねえ。

「質問コーナー」


※会場の方から寄せられた質問を抜粋して二人が解答しました。

原宿
『本業の傍らで執筆をされていたと思うんですが、両立する上で何か気をつけていたことはありますか?』

上條
はい。私、一応、昼間は会社員をしておりまして。物を書く仕事は副業でやっていて。で、本業の合間に小説を書くということをやってみて、コツというか、小説を書ききった方法論として一個だけ言えることがありまして。それが、「スケジュールを本気で空けろ」ということです。

原宿
本気で。

上條
創元ホラー長編賞の締め切りが23年の4月いっぱいだったんで、じゃあもう3月と4月は絶対にこれだけに関わろうと事前に決めたんです。その二ヶ月は副業もせず、遊びの予定も全部断って、旅行も入れないっていうので、全部のスケジュールを空けて執筆に集中すると。これをやると何がいいかっていうと、周りの人に「書きます」と宣言することに等しいんですよ。

原宿
なるほど、宣言する効果があるんだ。

上條
小説を書くので副業ができません、遊べませんと。全部こう言って回ると、周りの人はあんま気にしないかもしれないですけど、自分はすごい気にするんですよね。言っちゃったからには、書いてないのはまずいなと。書けなかったら恥ずかしいなと。なので、何かを両立しながら執筆をしたいという人は、まずそれに関わる時期を決めて、周りに「書きます」と言ってみるのが良いと思います。

原宿
続いてです。『もし、この作品が実写化したら、どの俳優さんに出てもらいたいかってありますか?』

上條
なるほど。僕、かなり映像を思い浮かべて小説を書いているので、映像化の実現はぜひとも目指したいところではあるんです。ただ作者という立場で今、僕が具体的なキャストを言ってしまうと……なんかこれから読む人が割とその人のイメージで読んでしまうのではないかなと。

原宿
それは確かにそうですね。

上條
胸に秘めているものはあるんですが、これはちょっと今は避けておきましょう。原宿さん、逆に誰がいいとかありますか?

原宿
僕は作者じゃないから言っていいのかな? 「サユリ」を見た直後っていうことがあるんですけど、近藤華さんがめちゃくちゃ素晴らしくて……。これ、怪談会の桐山楓の雰囲気にめちゃくちゃ合うなと。桐山楓の「清潔」さは絶対この人だろうと。口にしてみると、本当に映像化して欲しくなってきちゃいますねこれ。続いていきます。
『上條さん、原宿さんが、執筆中に流している音楽や映像はありますか?』

上條
映像を見ながらはさすがにちょっと書けないんですけど、音楽はすごく聞いてました。割と本当に好きな歌を聞くこともあるし、ホラー映画のサントラなんかもよく聞きますね。最近好きなので言うと、Fear, and Loathing in Las Vegasというバンドですね。

上條
ただ、こういうノリの良い音楽を聞きながら書くと、悪い意味で筆が走りすぎてしまうところがあるんですよね。結構、音楽に影響を受けちゃうんです。意外と書くシーンと、聞いている音楽の雰囲気やテンポって大事なのかなと思ってて。そのシーンに合わせた音楽を聞くと、結構はかどるっていうこともありましたね。

原宿
なるほど、面白い。僕は書いている時はあまり情報を入れたくないので、雷や雨の環境音とかを聞いてますね。
『初めて長編を書き上げられたとのことですが、執筆中に心が折れそうになったことってありますか?あったらどう乗り越えましたか?』

上條
僕は長編どころか短編小説を書き上げたこともなかったので、本当に書けんのかみたいな不安は、確かにずっとありましたね。最後の一文字を書き切るまでは、ずっと不安でした。特に第一章を書いてる時が一番不安で、怖かったですね。これをあと36回ぐらいやらないといけないのかな? みたいな。それをどうやって乗り越えたんだろう……、あの、次回作も今プロットを立てている途中なんですけど。

もう自分が『深淵のテレパス』をどう書いたのか思い出せないんですよ。俺はどうやってこれを書いたんだ?ということが今、本当に知りたくて。とにかく書くしかないんでしょうけど、自分でも書き上げられたのが不思議なくらいかもしれません。

原宿
執筆について、少し具体的な質問ですが。『私は以前、ホラー小説を書いてみたことがあるのですが、怖いことが起こる場面をとにかく早く書きたいと思って、登場人物の人間性の描写などが結構薄くなっちゃったりしました。上條さんが執筆される上で、こういうシーンを書きたいとか、こういうシーンはちょっと書きづらいとかはありますか?』

上條
書きたいシーンで言うと、まあ、本当に映像で思い浮かべながら書いてるって話もあったんですが、浅草の対決シーンとかはもう先にこれをやるぞってある程度決めていて。浅草の地下街で追跡対象と対峙して、そこに怪異も来て三つ巴になるという。これはやりたいな! と。じゃあ、それが無理なく繋がるように、どう間のシーンを書いていくか?というような書き方をしていますね。
書きたくないシーンは……例えば僕、映画とかである登場人物が泣きながら気持ちを語るシーンとか、そういうことが終盤で起こると「いや、早く事件解決に行けよ」と思っちゃうタイプなんです。だから登場人物の感情を書くとかより、どうやってスムーズに問題を解決しに行くか…という方に自分の関心はあって。だから登場人物が気持ちを語るシーンとかを入れなければいけないとしたら、それは結構大変だろうなって思いますね。

原宿
『『深淵のテレパス』をお寿司に例えるなら何でしょう?』

上條
ん?

原宿
お寿司に。

上條
難しい質問ですが、大トロとかハマチみたいなあの強めの寿司ではないだろうなと思っていて。強いて言えば、「マヨコーン」かな。

原宿
意外と格安寿司の方の。

上條
なんかほんと、軽い気持ちでサクッとつまんでほしいなという、そういう思いなんですね。楽しく、生活の合間にパクっと行って欲しいという。あとはお子さんにもね、読んでもらえるんじゃないかっていうので、マヨコーンとかシーサラダ。
そう言えば、雨穴さんが読んでくださったみたいで、Instagramで「子供たちにも胸を張って勧められる」ということをおっしゃってたんですよね。ホラーで子供に安心して勧められる作品ってなかなか無いから、それは貴重だって。だから今後も上條一輝は、マヨコーン小説を目指していきたいと思います。

(終)


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