【創立70周年記念企画】エッセイ「東京創元社、私の一冊」その1:「戦うわたしたちへ」池澤春菜
東京創元社では創立70周年を記念して、全国の書店様で2024年4月と7月、そして11月の3回「創立70周年フェア」を開催します。そのうち7月のフェアでは『創立70周年記念小冊子』という文庫本サイズのブックレットを作成し、配布しました(2024年9月現在、小冊子の配布は終了しております)。
その中で「東京創元社、私の一冊」というテーマで小説家、編集者、声優、ライター、詩人、歌人等、各方面で活躍される総勢15名の皆様に小社で刊行している書籍を1冊お選びいただき、その本にまつわるエッセイを執筆いただきました。Web東京創元社マガジンでは、そのエッセイをおひとりずつご紹介させていただきます。
「戦うわたしたちへ」
池澤春菜(いけざわ・はるな/作家、声優)
『女神の誓い』マーセデス・ラッキー/山口みどり訳(創元推理文庫)
※現在は品切れ重版未定です。
『女神の誓い』を読んだのは二〇歳の時。もうわたしは声優と文章の仕事を始めていて、大人でもあり子供でもあり、大学生でもあり社会人でもある、いろいろ揺れ動くお年頃。
端境に立ち、見えるものが変わり、だんだんと知ったのは、自分の生まれた側は、どうも大変らしいということ。動物としても、社会や文明や文化を持った人間という存在としても、いろいろ抱えている。こっから先は険しいぞ、という道のりが見えた頃。
タルマとケスリーは、わたしのヒーローだった。
二人ほどの試練ではないけれど、日常生活や仕事をする中で、心にヤスリをかけられるような出来事は度々あった。けれど、まだSNSが普及していない時代、それらは可視化されることも名付けられることもなく、当たり前、些細なこと、我慢すべきこと、つまり普通なこと、だった。
『裁きの門』、それから『誓いのとき』と新しい巻が出るたびに飛びつくように読んで、既刊も何度となく再読して。どれだけ勇気と力を貰っただろう。
一族を皆殺しにされ、自身も心と体に大きな傷を負わされたタルマ。家族との間に深いわだかまりを抱え、女性のみを助ける魔法の剣〈もとめ〉を持つ魔法使いケスリー。二人が出会い、手を携え、代わりのいない相棒同士となり、それぞれの傷に立ち向かい、前に進んでいく。その全ての道のりが、わたしにとってはエンタテインメントというだけでなく、エンカレッジメントだった。
今でこそシスターフッドや同性同士の紐帯を描いた作品は数多いけれど、わたしが人生で一番支えられ、愛しているのは〈タルマ&ケスリー・シリーズ〉だと思う。
あの時のわたしのようにもがいている誰かに出会ったら、一〇〇歳のタルマ&ケスリーのようにふてぶてしく笑いながら、このシリーズを薦めてあげたい。
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■池澤春菜(いけざわ・はるな)
声優、エッセイスト、書評家、作家。著書に『乙女の読書道』『SFのSは、ステキのS』『最愛台湾ごはん 春菜的台湾好吃案内』などがある。2020年から2年間、第20代日本SF作家クラブ会長を務める。2021年、「オービタル・クリスマス」(原作:堺三保)で第52回星雲賞日本短編部門を受賞。最新刊は『わたしは孤独な星のように』。
本記事は東京創元社編集部編『東京創元社 創立70周年記念小冊子』に掲載されたエッセイ「東京創元社、私の一冊」の一部を転載したものです。
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