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【実施レポート】第3回ソーシャルファームセミナー 「人材活用を通じた企業価値向上戦略」
2025年1月29日、東京都主催の「第3回ソーシャルファームセミナー」が浅草橋ヒューリックホール&カンファレンスにて開催されました。本セミナーは、誰もが活躍できる社会の実現に向け、東京都認証ソーシャルファームなどの取り組み事例を通して、それぞれの企業が実践していくためのヒントを考えるセミナーです。元テレビ東京アナウンサーで、発達障害のある子どもを持つ親でもある赤平大氏の司会進行で、 就労に困難を抱える方の雇用に取り組むとともに、多様な人材を活用しながら、企業の価値向上を実践されている先進企業の取り組みについて、具体的な事例とともに紹介されました。
【基調講演】
人事コンサルタント/Luvir Consulting株式会社
共同経営者/COO 岡田 幸士 氏
日本マクドナルドで人事戦略策定・制度設計・労政等を経験。16万人の社員・アルバイトの人材マネジメントに携わる。デロイトトーマツコンサルティング合同会社に移り、2年でコンサルタントとして全社トップ3%の評価を受け、マネージャー職を経験。2020年に独立し、現職に至る。
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人的資本経営が企業価値を高める
私は最初、日本マクドナルドで人事を担当していました。当時16万人のアルバイトがいて、下は15歳、上は93歳、国籍が70ぐらいという多様な人材のマネジメントに携わっていました。その後デロイトで人事コンサルタントとなり、2020年に独立して現職に至ります。『図解 人的資本経営』などを出版し、人的資本経営の啓発に努めています。
人的資本経営の本質は、企業の勝ち負けを決める要因が「人」にあるということです。データを見ると、働きがいの評価が高い企業の5年間の売上高伸び率は42.8%。一方で、そうでない企業は10%台にとどまっています。企業変革の成功失敗を分かつ要素が、従業員のエンゲージメントや報酬レベル、多様性の度合いといった人に起因していることもわかっています。また、経営層の多様性が高い企業はイノベーションによる売上も高く、女性役員比率の高い企業は利益率も高いのです。
昔は企業の内情はなかなかわからなかったと思いますが、今はさまざまなサイトでわかるようにもなっています。例えば、オープンワークや、X、またはGoogleマップまで企業の口コミがついています。かつ、転職時にそういったサイトを参考にする人は8割にのぼります。
これからの時代に求められるのは、「御恩と奉公」的な関係性から脱却し、個々人が自律的で対等な関係を築くことです。そのためには企業の理念への共感、一人ひとりの意思や能力の尊重、そして柔軟な働き方の提供が不可欠だと考えています。
【東京都認証ソーシャルファーム 事例紹介1】
株式会社ボーダレス・ジャパン UNROOF事業代表 岡郁佳氏
革製品の製造・販売を通じて、精神・身体といった障害を抱える方や、配慮が必要な持病を抱える方の雇用機会を創出し、障害を単なる「個性」として捉えるだけでなく、自分たちの強みを活かしながら働くことができる環境づくりに取り組んでいる。
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革小物工房における職人育成の取り組み
私たちUNROOFでは、障害のある方も自分の可能性を信じ、誇りを持って働けることが当たり前になる社会を目指しています。現在14名の従業員のうち8名が障害をお持ちの方で、全員が革職人として活躍しています。私たちの商品は、一つひとつ人の手で作り出しているものです。
特徴的な取り組みとして、職人としての技能レベルを5段階で評価するシステムを導入しています。ただし、一度上がったレベルが固定されることはありません。毎月同じパフォーマンスとは限らないという前提で、その時々の状況に応じて柔軟に調整しています。
一人ひとりのキャリアの要望に耳を傾け、出勤日数や目標も、話し合いながら変えています。例えば、正社員として勤務していた方と話すうちに、「職人として生きたい」との気持ちが明確になり、私たちと一部業務委託の形で関わりながら、独立した例もあります。
商品開発においても、私たちは自分たちの強みを活かすことを重視し、オリジナルのブックカバーやペンケースなどを開発しています。1点8,000円ほどしますが、「丁寧に作られている」とご好評いただいています。自社商品の売上比率を70%まで高め、職人一人ひとりがこだわりを持って作品に向き合える環境を整えた結果、昨年は一昨年の2倍まで売上を伸ばすことができました。
しかし、それ以上に嬉しいのは、スタッフ一人ひとりが自分の能力を認識し、自信を持って働けるようになったことです。これからも、安心して暮らせる社会の一歩を目指して、事業を続けていきたいです。
【東京都認証ソーシャルファーム 事例紹介2】
有限会社まるみ 取締役社長 三鴨岐子氏
「うれしい気持ち、よろこばれる歓び」
まるみのデザイン・商品・サービスにはそんな気持ちを込めています。事業における全ての活動はクライアント様、エンドユーザー様、製作する私たちすべての「生きるよろこびを生み出す」ためのものという想いで、それを実現する企業であり続けます。
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デザインの力で生きる喜びを創出
私たちまるみは、もともとは父が一人で始めた会社を母と私も手伝うようになった、典型的な家族経営の小さな会社です。多様な人材活用は、18年前に統合失調症の方を採用したことから始まりました。「生きる喜びを生み出す」との理念を掲げ、日々目指しています。
当時は統合失調症への知識もなく、その方が統合失調症を抱えていることにも気づいていませんでした。その5年後、近所の就労移行支援事業所の友人から「実習生を受け入れてほしい」と相談され、そこから本格的に就労に困難を抱える方の雇用に取り組み始めました。
現在は鬱や発達障害を抱える方が5名、元引きこもりの方といった、地域若者サポートステーションを利用していた方が6名など、さまざまな特性を持つメンバーが活躍しています。私たちはもともと名刺を印刷する会社でしたが、お客様の要望に応えながら、デザインやWEBサイト作成など業務の種類が増えていきました。
就労に困難を抱えるスタッフの印象的な例として、週2日・午後のみの勤務からスタートした方がいます。人とのコミュニケーションを苦手としていましたが、独学で動画編集のスキルを磨き、7年かけて動画事業の中心的存在に成長しました。他にも、すぐに寝てしまう人、感情が昂り涙が出てしまう人など、個性的なスタッフが多く、一緒に働くのは楽しいです。
一方で、育てていくのに時間がかかる点が課題でもあります。また、支援する側のスタッフへの負担集中や、体調管理の問題にも常に気を配る必要があります。就労に困難を抱えるスタッフを支える取組の1つとして、「SPIS」という業務日報システムを活用して、メンタル面での変化を早期に察知する取り組みも続けています。結局のところ、職場環境が整っていれば働ける人がたくさんいるということを、この18年間で学びました。今後は、ソーシャルファームの認知が広がり、誰もが働きやすい職場が一つでも多く増えることを目指したいですね。
【クロストークセッション】多様性と価値観の共有
セミナー後半では、ソーシャルファームにおける運営の実際や、持続可能な経営モデルについての議論が交わされました。
岡田 氏:UNROOFでは障害者雇用において、採用の際にどの程度見極めをされているのでしょうか?一般の企業では必要なスキルを持った方だけを採用することが多いですが、ソーシャルファームの場合、社会的意義も考慮しながら選考する必要がありますよね。そのバランスはどのようにとっていらっしゃいますか?
岡 氏:UNROOFでは、まず候補者の価値観を大切にしています。私たちは、単に仕事ができるかどうかではなく、その方がこの仕事にどれだけ思いを持って取り組めるかを見ています。実際に働いてみないとわからないことも多いので、採用前に必ず2週間ほど実習期間を設けています。ご本人が働く環境にフィットするか、また私たちもその方に合ったサポートができるかを確認するのです。過去の経験よりも、未来にどうなりたいかを大事にして採用を行っています。
岡田 氏:採用の時点で実習を取り入れ、相互理解を深める仕組みを整えているのですね。
次に、三鴨さんに質問です。まるみさんでは、幅広い業務を展開されていますが、新しい分野に挑戦する際、どのような判断基準を持っているのでしょうか?
三鴨 氏:最初は名刺の印刷から始まったのですが、お客様の要望に応えていく中で業務が自然に広がっていきました。動画制作やデザイン業務など、新しい事業を取り入れる際は、まず社内にそのスキルを持つ人がいるかを確認します。もしスキルが不足している場合でも、学びたいという意欲のある方には、専門学校に通ってもらったこともありました。社内研修を行ったりすることで、少しずつ対応できるようにしています。お客様のニーズと社員の成長の両方を考えながら事業を拡大してきました。
岡田 氏:お客様のニーズと社内のスキルをマッチングさせながら発展されているのですね。とても参考になります。
赤平 氏:お二人のお話を伺うと、それぞれのソーシャルファームが持つ理念と現場の実践がどのように結びついているかがよくわかりますね。
【グループディスカッション】現場での実践的な課題と解決策
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続いて、約20名の参加者が3つのグループに分かれ、登壇者も加わってのグループディスカッションを実施しました。グループごとの代表者各1名による発表も行われました。
第1グループ発表
私は、子どもに重度の知的障害があり、そういう子が地域と混ざり合って生きていけるような場作りをしたいと、11年前に起業しました。
今回のセミナーを通じて、就労困難者の受け入れに向けた環境整備の重要性を再認識しました。具体的なサポート体制や評価制度のあり方について学び、今後の社内制度の参考になりました。訓練だとどうしても「お世話する」という構図になりがちですが、想いの共有や目標の持ち方を考えようと、勉強になりました。
第2グループ発表
私は、会社でマネジメント業務を担当しています。現在、新たな事業部でソーシャルファームの予備認証を取得し、採用活動を進めていますが、なかなかうまくいかず、知見を得たいと思い本日参加しました。
特に、事業性の確立が大きな課題です。岡さんのお話の中で、革小物をどのように販売し、事業を成立させているのかについて詳しく伺いました。商品の付加価値を高めることで、ビジネスとして成り立たせる工夫が重要だと改めて感じました。
ただ、私自身は事業性に関しては社内でも専門外の分野なので、どのように収益化していくかを模索している段階です。
さらに、採用した社員の評価やマネジメントの難しさについても考えさせられました。評価軸や人事制度の構築において、単に管理者側の視点だけでなく、社員の思いや働きがいをどのように反映させるかが重要だと実感しました。
第3グループ発表
今日は、勉強目的で参加しました。私は、これまで多様性と生産性の関係について疑問を持っていました。その点について岡田先生の説明がとても腑に落ちました。
岡田先生のお話の中で、多様性が欠けると組織の柔軟性が失われ、画一的な意思決定になりやすいという視点を伺い、戦時中の日本の例を引き合いに出された点が特に印象に残りました。多様性があることで、より健全で創造的な意思決定ができるということに納得しました。
また、三鴨さんがおっしゃっていた「ガス抜き」という言葉が非常に印象的でした。私自身も、職場や組織においてストレスをため込まず、適切に発散できる環境の重要性を感じています。皆さんも共感してくださり、私たちが出した結論は、結局のところ、どの職場でも同じように人間関係やストレスの問題が存在するということでした。普通のサラリーマンでも、飲み会で上司の愚痴を言うことがあるように、どんな環境でもガス抜きの場が必要なのではないかという話に落ち着きました。
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【質疑応答】実践的なノウハウの共有
最後は、オンラインの参加者からの質疑応答の時間もありました。
Q1. 「現在、就労困難なスタッフの一部が在宅勤務を希望していますが、会社としては出勤を求めています。どのように対応すればよいでしょうか?」
岡 氏:もし会社側に出勤を求める理由があるなら、それを明確に説明すれば、理解を得られるかもしれません。また、業務内容によっては一部在宅を導入することも選択肢の一つです。
三鴨 氏:まずは、なぜ在宅勤務を希望しているのか、そして会社としてなぜ出勤が必要なのかを明確にし、双方で話し合うことが大切です。例えば、週2〜3日だけ出勤し、残りは在宅にするなど柔軟な対応も可能です。実際に、完全在宅で業務を行っている企業もありますから、業務の切り出しを工夫することで在宅勤務が可能か検討してみてはいかがでしょうか?
Q2.「就労困難なスタッフの体調管理と、人事評価制度についてどのように運用すればよいでしょうか?」
岡田 氏:評価制度は、何を基準とするかが重要です。単に成果を評価するだけでなく、どのような努力をしたのか、どのように成長したのかを可視化することが大切です。評価は、支援的な要素を含めることで、本人のモチベーション向上にもつながります。
岡 氏:私たちの会社では、年に一度の評価査定を実施しています。個々のスキルや貢献度を明確にするために、目標を設定し、それを達成できたかどうかを振り返ります。社員一人ひとりの目標を明確にし、自分が何を達成できたのかを確認できるようにすることで、納得感のある評価につなげています。
三鴨 氏:体調管理については、個別の対応が必要です。例えば、通院のスケジュールを事前に把握し、カレンダーで共有することで、「今日はこの人が病院に行く日だな」と周囲が理解できるようにしています。また、社内のコミュニケーションツールを活用して、体調の変化を共有する仕組みも取り入れています。
【おわりに】ソーシャルファームの未来
イベントの最後に、岡田氏、岡氏、そして三鴨氏が感想を述べました。岡田氏は、「ソーシャルファームで、全国に1,500万人いると言われている就労困難者の方への働きかけができると、とても意義のあることですね」と語り、締めくくりました。
ソーシャルファームセミナーは、第4回に続きます。