【Tokyo Saikai Edition 005】 カワイハルナさん <後編>
東京西海のnote連載「Tokyo Saikai Edition」の第五回目。アーティストのカワイハルナさんをTokyo Saikai Showcaseにお招きしました。
前編では、幼少期から学生時代のお話をお聞きしました。いろんなことが重なって設計者の道を諦め、テレビ番組のセットを作る会社に就職したカワイさん。24歳のときに転機が訪れ、絵を仕事にしたいと決心します。(前編はこちら)
後編では、カワイさんが、どのようにアーティスト活動を進めてきたのかお聞きしていきます。
「インスタグラムを始めた頃は、イラストとして使ってもらうことを意識して、絵のモチーフは人物で、水彩画がメインでした。でも、人物を描いていくうちに、日常風景の人の営みにはそれほど興味がないかも…と思い始めたんです。でもそれなら何を描けばいいのか、いろいろ考えました。ずっと絵の仕事を続けていくには、飽きずに、自分の課題として取り組めるものじゃないとだめだなと思って。最終的に、これまで学んでいたインテリアや空間的なものを描くことにしました」
そしてカワイさんは、自分なりに自分を鼓舞する意味をこめて、「1ヶ月毎日インスタグラムに絵を投稿すること」を課題にしました。昼休みに下書きをして、仕事終わりに着色する日々。1年ほど描き続け、現在の作風に落ち着きました。
その後、インスタグラムのダイレクトメッセージを通して、海外のインテリア系のサイトから仕事の依頼がやってきます。カワイさんはこの時、自分の作風とインテリア領域の親和性を実感したそうです。
また、インスタグラムがポートフォリオの役割を果たし、他のアーティストとの交流のきっかけにもなりました。テンプレート的ではない変わった経緯でアーティストになった方も多く、そこからもたくさんの刺激を受けました。
カワイさんの作品を眺めていると、形や色、世界観にとてもわくわくします。どのようなところからアイデアを得ているのか、ずっと聞いてみたいと思っていました。
「椅子やプロダクトの構造がどうなっているのか。物体や物事の成り立ちにそもそも興味があります。私はもともと誰かが作った創作物、プロダクトや建築が好きなんです。それを自分なりに分解し、おもしろいと感じる形や組み合わせを抽出してみる。そして幾何形体に落とし込み、分解して、さらに再現して、絵にしていきます。日常の観察が、アイデアソースです。空間のおさまりや構造を観察するのが癖というか、好きですね。観察の蓄積から、この形がこう重なったらこうなるだろうなとか、そういう想像ができて。その想像をさらに膨らませて、新しいものをつくって描いている感じです」
「インスタグラムを始めたことで、実用的な道具やプロダクトじゃなくて、芸術性の高いアートピースのような作品もあることを知り、活動初期の頃はとても影響を受けました。すごい自由だな、こんなこともやっていいんだ!と思って。自分だったらどう考えようかな、わたしもやってみたいという気持ちでしたね。今は、自分が見せたいものが、よりはっきりしてきたように感じます」
ハサミポーセリンの「アートマグ」に提供してくださった作品「chips」は、カワイさんが手がけるシリーズ名でもあります。どのようなプロセスでこのシリーズができたのか、お聞きしました。
「実は一時期、描くことが苦しくなった時があって。別のアウトプット方法として、感覚的なシリーズもあるといいかもと思い、色と形のスタディーも兼ねて取り組み始めたのが「chips」です。普段は大きな画面で描いているんですが、例えばA4サイズで描けるものはないかなと考えるうちに、立体物を平面に置き換え、どう組むか考えて、パターンを量産する。このスタイルが生まれました。やりたいことがダイレクトにできている気がしていて、これからも少しずつ考えていきたいテーマです」
「ハサミポーセリンの『アートマグ』は、当初のデザインではパステル系の色味でしたが、立体にしてみたら違和感があり、そこから軌道修正をしました。また、サンプルを実際に使ってみて図柄の位置を変更したり、転写紙を焼成した後の質感にもこだわりました。線は細いのが好みなんですが、そこもうまく再現できてよかったです」
カワイさんが「Tokyo Saikai Showcase」にいらっしゃるのは今回で2回目。お話の後、空間内をゆっくりご案内しました。モノや形に触れるたびに、カワイさんの“設計脳”が働くようです。
「ギャラリーとワークスペースの空間がわかりやすく、そのコントラストが楽しそうで、わくわくする印象です。ギャラリースペースの黒が新鮮で、従来の食器の見せ方とも異なり、質感が際立っていますね。ワークスペースも素材や形に動きがあり、身体感覚も不思議ですよね。商品の箱の存在をあえて外に向けて見せている点も、空間の素材の色味との相性が良く、素敵だと思います。街の動きも見え、賑やかな空間になっていますね」
空間への好奇心と観察力、そしてご自身への向き合い方についてハッとするお話もありながら、それでいて自然体で穏やかなカワイさん。終始、柔らかい空気が流れる時間でした。
カワイさんから今後どのような作品が生まれていくのか、引き続き楽しみです。
カワイ ハルナ / アーティスト
東京在住。幾何形体を組み合わせた独自の構成物を描いている。物体と物体が形を保っている関係性に興味がある。展示の他にも立体、壁画、書籍の装画も手がけている。
主な展示
KNS 展示会「Encounters」 粟津邸 2023
個展「はさんで固定する」guardian garden ( 銀座 ) 2023
主なクライアント
講談社、新潮社、マガジンハウス、三井不動産