イスは単なる座る道具を超えて、社会的存在としての意味を担う
アフリカにおいては仮面や神像が各部族ごとにさまざまな形態を持っているように、イスの形も非常に豊かである。ひとつの部族で何十種類ものデザインを見ることができる。まさに創造と変容の宝庫である。
アフリカの社会ではイスは二つの利用目的に分けることができる。ひとつは日常的に実用品として使われるイス、もうひとつは儀礼や祭礼に使われるイスである。日常的に使われるイスは機能面を重視した単純なものが多いが、表現における制約がないため、力強い形が生まれることが多い。
その一方で儀礼や祭礼に使われるイスは仮面と同じように独特の意味を持ち、さまざまな制限や制約がある。それらは宗教的な意味合いや社会的な制約、または階級を表す個人的なものであったりする。個人のイスをたとえ家族であっても別の人が使ったり、ましてや友人や他人が使用するなどいうことはありえなかった。イスも仮面や神像と同じように神聖なもので、社会的、政治的な力を持つと信じられていたからである。
そういう理由から、部族によっては座る道具としての機能面はさておき、象徴的な意味付けを重視しているものが多い。ガーナのアシャンチ族初代の王オセイトゥトゥが作った金のイスは、アシャンチのひとびとの魂を宿すものと信じられていて、王でさえこのイスに座ることは許されなかった。
カメルーンのバムーン族では、木彫のイスの表面をすべてガラスビーズで覆うことで王座としての象徴性を高めた。このイスは実際には座るために使われることはなく、特別な儀礼のときのみ披露されている。
また、コンゴ民主共和国(旧ザイール共和国)のルバ族やエンバ族においては、女性がイスを支えている形のものが多く作られた。これは女性が社会において重要な役割を担い、家族の中で中心的存在であることを表現している。
また、イスに特別な宗教的意味が付加されるようになった理由としては純粋な土着信仰に拠ることもあるが、別の大きな理由として宗教を利用すれば部族や国家の統率が容易になるからでもある。このようにイスが機能的道具というよりは社会的存在としての意味を担うにつれ、形も次第に象徴化されてデザイン性豊かなさまざまの表現力を持つようになった。