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“カニカマ”でも感動は心に刻まれる ~『12人の優しい日本人』奇跡の“再演”~

外出自粛のなかでひっそりと終ろうとしていた大型連休の最終日。まさかこんなに心が震える作品と出会えるとは思ってもいなかった。

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三谷幸喜による東京サンシャインボーズの不朽の名作『12人の優しい日本人』が、Zoomを使ったオンライン配信という形で上演されたのだ。

しかも守衛を加えた13人中9人が1990年の初演メンバー。サンシャインボーイズの充電期間終了は2024年なので、ファンにとって一足早い感無量の復活となった。

この企画の発起人・近藤芳正は「老眼がありますので、違う台詞を読んじゃうかもしれません。それでもネット慣れしていない我々が新たなツールを使って、大昔の劇団の台本に挑んでみます」と語っていた。

ところがどうだろう。ほとんどだれも「リーディング」をしていないではないか。こちらが気付く限りでは終始俳優陣はそれぞれのリモートカメラに向かって演技をし続けた。5号の吉田羊は前半じっと正面を見据える演技で、動画なのか静止画なのか分からないくらいの芝居をしていた。

この企画を知った際、当然さまざまな不安が頭をよぎった。演劇とは同じ空間で俳優と観客が感情を共有するという基本中の基本があるなかで、全員が異なる空間から参加するオンライン形態で果たして熱気は伝わるのか。テンポが命の演劇でネット環境によるタイムラグは相互の芝居に影響しないか。

だが、一流の俳優たちの前では杞憂だった

時々リモートマイクが音割れするほどの激しい演技は、映像のこちら側の観客をぐいぐいひきつけていく。各自が用意したのか、グラスや投票用紙などの小道具も演技を支えて、違和感なく物語を進めていく。

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また、YouTubeでのチャット機能によって、むーざい、ピザ、木の実ナナなど小ネタが炸裂した際にその笑いを多くのユーザーと共有することができ、自宅でひとり観ていた観客同士が一体感でつながった。これはまさに“オンライン劇場”を創り出したともいえる。

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Zoomならではの演出も光っていた

ラスト。評決を下した陪審員たちが1人2人と会議室を去っていく動きは、Zoomの退出機能を活用。劇中ずっと12等分同サイズだった陪審員たちがいなくなり、最後に残った2号(相島一之)10号(宮地雅子)がサイズアップされる。終始有罪を訴えた2号のその思いを、リモートカメラがくっきり伝える。普段ミーティングなどでしか使わないこのツールを、演劇の演出効果に用いたのかと新たな表現に唸った。

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幕が下りた(黒画面)あとは、その逆機能を使った粋なカーテンコール。1号から順番に入室し、あいさつ。最後に三谷、演出の冨坂友も加わって大団円。「Zoom演劇」の確立である。

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2号を熱演した相島は、2日前にこう語っていた。

「zoomという新しいコミュニケーション・ツールを使って何かできないかと考える。確かに所詮はカニカマ。でも本物のカニの魅力を少しでも伝えられたらなぁ」

確かに、名だたる劇場の板を踏んだきた彼らにとっては、映像を通した上演はカニカマなのかもしれない。

だが、一流の素材と一流の板前がそろえば、カニカマがカニのまがいものではなく、カニに迫る、あるいは超越する絶品料理に生まれ変わる。今夜のZoom演劇は、過去の『12人』と肩を並べるに値する「再演」と言っていいのではないだろうか。

最近、多くの大物演劇人が現在の窮状を訴えているが、言葉だけのその訴えは必ずしも成功しているとはいいがたく、むしろ炎上を引き起こしている。

プロとしてカニカマを使うのは許しがたいのかもしれないが、みなさんは一流の板前なのだ。もっと自信をもって演劇が生き残るべきその理由を、演劇そのもので伝えてほしい。たとえそれがZoom演劇であろうと、感動はいつまでも人の心に残るはずだ。

ご本人たちも辛い環境のなかで、今回の企画を成し遂げたすべての俳優とスタッフに心からの拍手を送りたい。

閉塞する街にそよいだ舞台の風。本当に、ありがとう。


※今回の配信動画は、アーカイブという形で期間限定(暫定で5月中)で視聴可能とのこと。

https://youtu.be/3e2aKThmhXM

※今回は無料配信だったが、演出・冨坂氏から演劇界への支援の呼びかけがあったのでそのツイートを紹介する。


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