「世界の若者は日本の若者より優秀で~」の嘘
かつて昔、私がまだ大学生の頃、ヨーロッパからの交換留学生達が頑張って覚えてきた日本語を使って自分で意見を積極的に発言している所を目にした時、私は強く自らを恥じた。
「うぅう!なんということだ。彼らは外国語である日本語を使ってこんなにディスカッションをしているではないか。それと比べて今の自分はなんだ?あいさつすら恥ずかしがって、外国語で出来ない。なんということだ!」
ということで必死にスペイン語を学んで、新聞を読み、最近はディスカッションできるようになった。しかし最後に私が気がついたことはヨーロッパの若者だって日本の若者よりも飛び抜けて優秀だというわけではなかったことだ。
今日はその話をしたい。
好き勝手な事を言ってるだけの欧州
はっきり言おう。ヨーロッパ人の若者の能力平均値が日本人の若者の平均値より飛び抜けて高いなんて事はない。それぞれ優れているところは異なるが、若者の平均値は似たり寄ったりだ。
例えばディスカッションのテーマに関して、平均的な欧米の若者はさも高尚な理論の下自分の意見を言っている様に振る舞うが、実質ただの「お気持ち表明」だったりする。
その逆に日本人の若者は特有の薄ら笑いフェイスを貼り付けたまま会話に参加せずを貫く場合もあるが、裏には核心を突くような意見があったりするわけだ。つまるところどちらも一長一短である。
しかし、なまじ欧米の若者の方が自信満々に話のが得意な為に留学生と交流するレベルであると日本人は「これは、すごい若者かも知れない」と勘違いしてしまう。中には「日本人の若者はもうだめだぁ」とかつての私のように恥じる人もいるかも知れない。
大丈夫、それは気のせいだ。安心してもらえるように是非もっと詳しい話をさせてもらおう。
「フランスはもう、オワコンなんだ!」
彼はそう嘆くと、勢いそのままメニューに視線を向けた。字体が筆で書いた様な文字なので読むのに四苦八苦している。「天ぷらない?」彼が必死に私に尋ねてきた。
あぁ、さては生モノを食べられないタイプのヨーロッパ人か。私はそのタイミングで微かな不自然さを感じた。こんなに日本好きを自称するのに焼き魚すら食べられない?
訂正しておくと、魚を忌避するそれ自体は変な話ではない。海や川が近くないところに街が存在するフランスで魚を食べ慣れていない人間は多い。しかし、自称日本好きが魚を食べられないというのは、日本オタクが増えた最近は珍しい。そうなると彼はそもそも日本文化に触れ始めてから日が浅いんじゃないか?そう私は思った。
妻の噂を聞いてやってきたフランス人
実は彼は私に会いに来たのではない。私の妻に会いに来たのだ。というのも、実は妻はかつて九州のある山中の寒村でボランティアをしながら2年ほど暮らしていたことがあるのだが、外国人ボランティアの中で歴代最長の滞在記録を持っていた。
更にその後が東京で仕事も得たということで、話に尾ひれがついて、東京に伝説の元ボランティアがいるという話になっていたのだ。ということで、知り合いを通じてLineでメッセージが回ってきた。結果、先日会って食事をすることになったわけだ。
というわけで舞台は先程のシーンに戻る。彼はどうにかナマモノと魚を回避し、鶏の唐揚げ定食を注文した。
「で、君は日本で将来的には働きたいと思っているわけね。南米出身の私にとっては給料も高い日本で働くことには一定の意味があるけど、なぜフランス出身の君がわざわざ日本で働きたいの?」
妻はぶりカマ定食が届いたので目玉を突っつきながら彼に質問した。
フランスには仕事がない?
あぁ、そういうタイプね。私は心のなかで呟いた。これはイケてないフランスの若者が使う典型的な詭弁だ。ただし、もし皆さんがヨーロッパの就職事情をご存知なければ、フランスは危機の中にあり、優秀な若者が飛び出してきたように見えるかもしれない。しかし、それは事実ではない。
「それは、大変だ。ということは今20歳なのかい?大学2年生ってことだったよね。」私は口を挟んだ。すると彼は私の方を見て答えた。
10本指の全部についているシルバーアクセサリーがキラキラと光った。あ~はいはい。23歳と。それで大学2年生は遅くないか?だとすれば、多分私の予想は当たりだろう。
フランスの大学は日本の大学教育と比べて決して簡単ではない。だから毎年次の学年に進級できずにダブってしまう学生が出る。だから23歳で2年生というのは大変珍しいという存在ではない。しかし、遅い。その進級スピードは確実に遅いと言えるものだった。決してエリートとは言えないだろう。
その上で彼が言っている「フランスには仕事がない」というロジックについて考えてみよう。
確かにフランスには若者向けの仕事が少ない。コロナ後は若干下がったらしいが若者の失業率は10ー20%程度だ。というのもフランスには新卒制度のような「なにも知らない若者を育ててくれる制度」、みたいなものがない。大学は明確に将来の教育とリンクしている施設だと考えられており、ジャーナリズムを学んだ人間はジャーナリストになるし、エンジニアリングを学んだ人間がエンジニアになるという風に考えられている。
そうなると仮に多くの学生がある学科に集中してしまうと需要と供給のバランスが崩れて、仕事が見つからない状況になるのは確かに考えられる。だが、この部分までは事実であるからなおも彼が言うことは詭弁的なのだ。
聞いてみると、彼はコミュニケーション学を学んでいるという。なぜエンジニアリングなど需要もあるし、供給も少ない学科を選択しないのか?
想像には難くない。難しいからだ。
別にフランス人のほとんどが頭のいいエリートなはずがないので、彼らの大半は需要があるが難しい学問を修めることはできない。結果としてなんとなく仕事になりそうな学科に人が集中して職にあぶれるのである。彼が勉強しているコミュニケーション学はまさにその典型で、しかも23歳で2年生というのは優秀とはいえない状況だ。
つまりフランスの社会制度の問題で仕事が見つからないのではなく、本人の能力不足と考えてもいい。自分が就職できないのはフランス社会のせいだと言い放つのは少なくとも他責思考がすぎる。
そう私が考えていると彼は続け様によくフランス人の若者が言う話二つ目を投げかけてきた。
日本語ができればキャリアに繋がる?
正直、このセリフは他のフランス人5人くらいから言われたことがあるが、はっきり言って甘い。日本語ができるから仕事が得られるだろうなどというのは就活を知らない学生がよく言う甘い希望だ。
荒っぽい計算だが、ある言語ができると仕事があると言うことを予想するなら、それぞれの国の主要貿易国を調べてみればいい。
例えば日本の輸出相手国といえば、1位が中国で2位がアメリカ、そして3位が韓国となる。ここまでで輸出額全体の約半分を占める。そう考えれば中国語を使う事が評価させる仕事があることはおかしくはない。
では、フランスの主要輸出相手国がどこかといえば、1位がドイツ、2位がアメリカ、3位以降スペイン、イタリア、ベルギーと続く。ここまでで輸出額の40%に到達するのだが、日本の名前は全く出てこない。
つまりビジネス上、フランスは日本と全く関係を持っていないのだ。言語スキルが仕事で役立つかどうかはその相手国とビジネス上緊密な関係があるかどうかに比例するから、結論から言って日本語がフランスでの職探しのために役立つとは思えない。
オタクショップの店員をすれば死ぬまで幸せと断言できるならあるかもしれないが、日本語はフランスでの就活に毒にも薬にもならないのだ。
という話は真面目に自分の将来を考えている優秀な若者であれば労働経験がなかったとしても思いつく話であるため、やはり彼は考えが足りないと言っていい。
「普通に暮らせればいいんだ」
「大変失礼かもしれないが、君の論理は破綻しているよ。フランスにチャンスがないというが、君は大学を2年で休学して日本に来ているというじゃないか。大学院まで行き、インターンシップをしてもなお仕事が見つからないというのであればフランスに仕事がないという意見も理解できる。ただし君は人口の60%が大学に進学し40%大学院に進学する国で23歳なのにまだ大学2年生じゃないか。つまり自分の状況は平均的フランス人よりも悪いくらいなのにどうして自分が仕事を見つけられないからと言ってフランスのせいにするんだい?」
まさかそこまでフランスの教育事情を知られているとは知らず、彼は焦った顔をした。
「なら、あなたは会社まで電車で2時間の郊外にあるボロアパートに住みながら、週末居酒屋に行ける生活なら普通の人生と思っているかい?君は日本に旅行に来て楽しんでいるが、お土産でアニメグッズを買ってカフェでお菓子を食べるんだろう?そんな文化的な余裕がある生活を大学も卒業できていない外国人が普通にできるというのかい?」
彼は押し黙って机を見つめた。そして絞り出すように、「確かに、そういう生活はイメージしていませんね。それが現実なんですね。」と呟いた。
自信満々になにも知らない
結局、現実はそんなものである。彼はとにかく将来について考えてみると言って帰って行ったが、これまで真面目に日本での将来について考えていないのは明白だった。
つまり彼の話していた理論というのは結局彼が思いたいことを呟いていたに過ぎないのだ。
これでは日本オワコンと叫んでワーホリに行って仕事が見つからないと日本人と言ってることは何も変わらないではないか。
全くその通りで結局フランスにだって何も考えていない人はいるし、むしろ日本よりも何も根拠ないことをさも素晴らしいことのように語る人が多いくらいなのだ。
もちろん逆にフランス人は愚かだと言いたいわけではない。フランスの超エリート機関で教育を受けたフランス人も知っているが彼らは恐ろしく知的だ。だが、彼らと日本人の「普通の」若者を比べることになんの意味がある?
もしあなたが自信満々に「ヨーロッパの若者は日本の何倍も素晴らしくて〜」みたいなことを言う人に出会ったら、ぜひ根拠を聞いてみよう。きっと何もないか、一部のエリートの話をしているだろう。