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【建前は】建前が嫌いだから海外に行く人へ、南米の建前を教える【ある】

建前で満ちた息苦しい日本を飛び出すと、そこには自由があるんだ。見た目やファッションで判断されるようなそんな社会は外国にはないの。すごい自由なの。

な訳ない。

海外に飛び出す理由がもし建前や外見で判断されることから逃げるためだとすれば、その願いは一生満たされることがないでしょう。

なぜなら世界中ありとあらゆる社会でこの二つがない社会は存在しないからです。

  • 建前は存在する

  • 人は人を外見で判断する

もし、短期留学中に滞在国では建前がないと感じたらそれは単にその国の言葉がまだちゃんと理解できていない事を疑った方がいいです。

ここからは私の個人的な話です。

南米人と家族になって腹を割って話せるようになったから見える「現実」の話をしましょう。

南米人の心の裏を少しのぞけば建前がないという意見はすぐ吹っ飛ぶでしょう。


そもそも、南米某国はあまりにも分断されている

はじめに、南米の社会的分断は日本とは非になりません。例えば、今のローマ法王はアルゼンチン人ですが、親分の解放のために何もしていない市民をランダムに殺すマフィアもまたアルゼンチン人です。


ようこそ!マフィアシティへ!

また街一つとっても、貧民街と高級街はまるで別世界です。

援助が必要な発展途上国のプレハブ小屋か?と錯覚する街もあれば

逆に「パリですか?」と思うようなおしゃれなアパートメントが並ぶ地区もあります。

これが今の南米、というよりアルゼンチン共和国の姿です。こんな世界で生きていると、他人が自分と同じ感覚で生きているとは信じられません。

電車に乗ってみたと想像してください。
そこにいる人が、突然あなたを殺す強盗かもしれないし、または慈悲の心あふれる菩薩みたいな人かと思ったら、怖くて公共交通機関も使えませんよね。

だから、本音は言えません。
マフィアなんて死ねばいいのにとか行ったら吊るされるのは貴方です。

※古い記事ですが、マジで吊るされてるので苦手な人はリンクに触れないで

ということでアルゼンチン人はみんな外見を見て、そいつがまともかどうか判断しています。

外見で見られるのが嫌で飛び出しても結局、他国でも人は外見で判断されるんですよ。他の例を見てみましょう。

どうせアイツ、先住民でしょう?


「ねぇ、聞いた?隣に住んでるマルティネスさんのお子さん何だけどね。最近彼氏ができたらしいのよ。でもね、それがサルタ州から来たインディアンなんですって。いやぁね。きっと共産主義者よ。」

「なんだって?またそりゃお父さんも気の毒にな。あんなに頑張って働いた金を将来は共産主義者のバカな婿に取られるってわけかい?俺達の娘はまともでいてほしいものだな。」

例えばこんな話別に珍しくありません。

それこそ、よくある噂話です。
しかし、みんな実際にその青年が街にやって来れば

「いやぁ!これは好青年だね。サルタからはるばるやってきたのかい?」

くらい言うと思います。
そりゃ人種差別主義者だって言われたくないですからね。
人の心の裏なんてわかったもんじゃないですよ。

だからアルゼンチンでも人を見た目で判断する文化はあるし、建前もあると断言します。

一度テレビ番組でこんな特集やってましたよ?

どの国籍の医者には手術されたくないですか?
アルゼンチン人、アジア人、ユダヤ人、ボリビア人

って聞く番組がありました。
ある人は苦笑しながら
「いやぁそりゃ君ね…まともな大学なさそうなボリビアで教育受けたやつに治療されたくないよ」
って答えていました。

そうです、イメージと見た目で判断されてしまっているんです。
さらに南米では他人に対するジャッジは見た目だけではありません。

階級まで見られます。

「俺なんて中流階級だからなぁ」

南米ではしょっちゅう「社会ステータス」に関する単語が会話に飛び出します。

  • あの政治家はけしからん「上流階級」出身の金持ちに庶民の気持ちがわかるはずがないじゃないか

  • 大学を卒業してからストレートで今の会社に入社したから、稼ぎはボチボチさ。まぁ「中の中階級」ってとこかな

  • 俺らみたいな悲しき南米人、つまり「第三世界人」は移住して奴隷のように死ぬ気で働いて金を稼ぐしかないのさ。

まぁどれもこれも階級に関する話題ばかりです。しかも「第三世界人」って単語に至っては国レベルで豊かさを比較して自虐ネタを言ってますからね。

この地図に該当するのが第三世界

仮にですよ?
誰からもこんなどぎついジョークを喰らったことがないとすれば、貴方は外国人として彼らに信用されていない可能性すらあります。

それくらい、「階級」は南米人にとってアンテナが張る話題なんですよ。

先日酔ったアルゼンチン人の友人は早速いつものお題目を唱えてました。


くそっ!俺の親父は下の上に生まれて、コツコツ働いたら家を買った。俺は中流の下として生まれて家も買えない!この人生はクソだ!

これでも外国は建前がなくて、人を属性で判断しないと言えますか?

白人の友人には下層階級の友人がいるのか?

とはいえ、階級の話をすることはやはり南米でもタブーです。

ニコニコしながら「今日道に下層階級の若者がいてねぇ」なんて話をするわけがありません。スペイン統治時代じゃあるまいし。

あくまでも家の中や、気心の知れた仲間と集まってコソコソとやるような陰湿なネタなんです。

ですから、基本的には公共の場では襟を正して

「人種差別?階級差別?よしてくれよ。ここは封建制度のヨーロッパじゃないんだ。共和国なんだよ?誰にでも自由があっていいに決まってるじゃないか」

なんて発言します。
でも、仮に先住民の彼氏を娘が連れてきたらそんな発言をしていたお父さんもどんな顔をするかは想像もつきません。

あーあ言っちゃった。

これでもまだ外国には建前がないといえますか?

さて、そんな差別と階級社会で出来た南米で育った友人に本音で聞いてみました。

「まぁ、大義面分はいいとしてさ。先住民の友達いるの?」

「え?インディアンの友達?いるよ!いるいる!高校の同級生のイネスはインカ系のインディアンの家系だもん。それで都心に家族で引っ越してきてからはずっと友達だったよ」

「友達がいるのはいいけど、インディアンって言った?それ差別用語だって先住民の人言ってたよ?」

「はぁああ?何なんだよ全く!またかよ!インディアン達ってマジで毎回そんなこと言うんだよな!差別語のインディオじゃなくてニュートラルな単語のインディアンを使ってるんだから良いじゃん!何なんだよあいつら!」

「いや、でもさ。その人は言ってたよ。白人入植者によって固有の文化も破壊されて私達先住民の暮らしは依然苦しいままだ」って

「だから、中央政府があの貧乏州にも補助金払ってるでしょ?それがなかったら暮らしていけないじゃない!だったら分離独立でもしてみればいいのよ!」

ね?結局本音からすればこんなものです。

人間って結局都合が良い生き物なんです。
でもそれは僕たちだって同じです。
便利で快適な生活を送るためにベトナム人を過労死させていますからね。

建前はある、外見でがっつり判断する、だって人間だもの

今日の記事を読んでもらえればお分かりになると思いますが結局海外に行っても建前はあるし、外見で相手をしっかり判断しています。

そりゃそうです。同じ人間ですもの。

だから、外国から飛び出す理由が「建前から逃げたい」みたいなものだと結局逃げ切れません。逃げた先で生活に慣れてきて、「現地人」の仲間入りをしようとした瞬間に「建前」を理解する必要に迫られます。

じゃあなぜこの「現地人になる苦しみ」をシェアする投稿者が少ないかと言えば、その高い壁に絶望した結果ほとんどの外国人が現地人になるのを諦め、市場の小さい「外国人社会」の中でだけ生きているからです。

そのうえで、母国の人たちに向かってSNSで「この国には建前がないの~」ってポストしまくるのはミスリードを誘う恐ろしいことだなと思います。

結局、清廉潔白なユートピアなんかないわけです。だから多少ルールが厳しくても最低限の生活のクオリティが高い日本に私は喜んで住んでます。私達夫婦はいくら社会のルールが緩いからってアルゼンチンに住むのはキツイと思っています。だって建前はありますし、差別もあるのに、アルゼンチン社会は日本社会よりも荒れてるからです。

狡猾に考えたら日本で金持ちになる方が人生楽そうなので、喜んでそっちを選ぶ次第です。


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