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プレイベント『天使の眼、野獣の街』トークレポート | 11/16(土) |第25回フィルメックス

東京フィルメックスのプレイベント「今だけ、スクリーンで!東京フィルメックス25周年の軌跡」が11月21日まで東京・ヒューマントラストシネマ有楽町で開催中! これまで紹介してきた500本以上のなかから厳選したとっておきの6作品を特集上映する。11月16日には2007年のコンペティションで審査員特別賞を受賞したヤウ・ナウホイ監督の『天使の眼、野獣の街』が登場。上映後のトークショーでは、東京大学教授で映画研究者の韓燕麗さんが「香港ノワール」のジャンルの変遷や香港映画の世代交代について、キーワードや画像のスライドを投射しながら解説した。

『天使の眼、野獣の街』は、『ザ・ミッション 非情の掟』『PTU』『エレクション』などのジョニー・トー作品の脚本を手掛けてきたヤウ・ナウホイの初監督作品。連続強盗犯と警察の熾烈な攻防を街頭ロケをたっぷり盛り込んでスリリングに描く。監視班の班長をサイモン・ヤム、強盗団のリーダーをレオン・カーファイが演じ、ジョニー・トー作品でおなじみの面々が脇を固め、2008年の第27回香港電影金像奨で新米警官役のケイト・ツイが最優秀新人賞、ヤウ・ナウホイが最優秀新人監督賞を受賞。2013年には韓国でも『監視者たち』のタイトルでリメイクされた。

「香港ノワール」、実は日本発祥ジャンル!?

香港の黒社会の人間模様や警察との対決を描く「香港ノワール」の流れを汲む作品だが、実はこの「香港ノワール」というジャンル名は日本発祥ではないかと韓教授は語る。

「このジャンルの原点ともされる『男たちの挽歌』(ジョン・ウー監督/1986年)が日本公開された際のチラシの解説で『香港ノワール』という言葉が使われました。〈暗黒街を舞台に、男の友情と憤怒、兄弟の反目と絆がヒロイックに、ダンディーに、時にセンチメンタルに、そしてドラマチックに炸裂する。香港映画界の流れを変えた超話題作"香港ノワール”(暗黒街映画)…〉。すごくよくまとめていらっしゃる。“男の友情”や“兄弟の反目”はとても重要なキーワードだと思います」と韓教授は語る。
フランスの犯罪映画「フィルムノワール」+「香港」ということで誕生した「香港ノワール」。だが、フランスと香港では微妙な違いがあるという。

「low-keyの暗い画面や視覚的な様式、犯罪を扱う点は共通していますが、根本的に違うのが、フィルムノワールの主人公はいつもひとり孤独だということ。一方、香港ノワールには必ず複数の男たちが登場し、その間に運命的な絆が存在する。実際、このジャンルが面白いのは、銃撃戦などの視覚面以上に男たちの強烈な関係性が観客の胸を打つところなんです」

「欲望の対象ではない女性」の新しさ

しかし、この『天使の眼、野獣の街』はそんなジャンルの約束事から大きく逸脱している。

「この映画の物語をひと言でまとめると『監視と追跡を専門とする香港警察刑事課・監視班において、新人女性警官がリーダーの指導の下で成長していく』…だいたいこんな話ですよね? レオン・カーファイたち悪者には触れなくてもいい。一方、この画像はBlu-rayのジャケットです(レオン・カーファイとサイモン・ヤムのアップを左右に大きく対峙させ、下にケイト・ツイの引き絵のショット)。2人の男の間に何かが起こりそうだと期待しますよね。で、女性も出て来るけれどすごく小さい存在で…。何が悪いとは言いませんが、我々が知る香港ノワールというジャンルの約束事はこんな感じ。この映画は3つの点でそれとは大きく違っていると思います」

韓教授がまず指摘したのは「女性が主役」という点。男性たちの欲望の対象として扱われていないことにも着目する。

「香港ノワールの女性の使い方は、たいていの場合、男性たちの友情を確認するための道具だと言えると思います。このプレイベントで上映するジョニー・トーの『スリ』も、4人のスリと敵役のボスが同時にひとりの女性を好きになり問題が起こる話です。トー監督の代表作『ザ・ミッション』も、5人の男たちがひとりの女性を巡って戦いに引き込まれていきます」

こうした女性の位置づけを表す「禍水」という言葉が中国語にはある。「災いをもたらす人物」転じて「男性を破滅させる女性」という意味だ。

「女性は『禍水』だという固定観念は、香港ノワールの女性像もだいたい同じです。『天使の眼、野獣の街』にも、強盗団の男性たちがケンカの最中に、向かいの窓で女性が服を脱ぐ姿に見とれるシーンが出てきます。たいして意味のないシーンだと感じるかもしれませんが、私から見ると、これまでの香港ノワールを想起させる設定です。ああいう風に女性は欲望の対象として扱われ、ただし大事なのはこちらの男たちのフィールドなのだ、と。なので、女性を主役にするという本作の設定の変え方は、嫌ではないし期待したい。当時、ヤウ・ナウホイ監督と主演のケイト・ツイは恋愛関係だったそうなので、その影響もあったのかもしれません」

一方で、香港ノワールのお約束である男たちの絆は本作ではほとんど描かれていない。「ブラザーフッドの不在」がこの作品の2番目の特徴だ。

「男性同士の繋がりというのはやっぱり感動的な部分だと思うので、それが感じられなかったのは不満に思いました。ただ、好意的に考えるなら、ヤウ・ナウホイは『ザ・ミッション』を含めてたくさんの脚本を書き、いろんな意味で同じパターンを踏まえてきたので、自分で監督するからには、独自の解釈で新しいことをやろうとしたのかもしれません」

3つ目の特徴は「ハッピーエンディング」。終盤の怒涛の展開では「雨」が運命の象徴として使われる。

「あのエンディング、みなさんどう思いました? すさまじい急展開でしたね(笑)。ノワール映画の大きな特徴のひとつが悲劇的な終わり方です。そうじゃないとやっぱりちょっと物足りない。ヤウ・ナウホイの脚本作品でも、中国の検閲を通すためだと思いますが、最後に明るい方向性の字幕を1枚出すことはありますが、実際の映像はすごく暗い終わり方をしている。そちらの方が私は好きですね」

銀幕の内外で世代交代が起きている

香港ノワールにこうした新機軸をもたらした『天使の眼、野獣の街』の完成から17年。ヤウ・ナウホイはその後監督をしておらず、ヒロインのケイト・ツイは臨床心理学の博士号を英国で取得し、現在は芸能界を引退して臨床心理の専門家として働いているという。一方、「香港ノワールというジャンル、あるいは香港映画全体で、銀幕の内外で世代交代が起きている気がする」と韓教授は語る。

「『天使の眼、野獣の街』はサイモン・ヤムとケイト・ツイが親子のような関係でした。これを銀幕の中の世代交代の話だとすると、銀幕の外では、サイモン・ヤムと同じ1955年生まれのジョニー・トー監督がここ20年ほど一番力をいれているのが鮮浪潮国際短片節(Fresh Wave International Short Film Festival)という若手育成の短編映画祭。若手に発展の場を与え、資金的な支援もする。実際に効果も出ているようです」

最近の香港の犯罪映画で世代交代を感じさせた作品として、『盗月者』(ユエン・キムワイ監督)と『潜入捜査官の隠遁生活』( リッキー・コー監督)を挙げた。

「どちらも今年の大阪アジアン映画祭で見て、すごく面白かった。お薦めです。『盗月者』はヤクザの二代目がどのように上の世代の信用を獲得し、自分たちがやりたいことをやっちゃうのかというお話。『潜入捜査官の隠遁生活』はもともと潜入捜査官だったお母さんと娘のドラマで、ここでも世代交代の話が出てきます」

香港の中国返還から27年。国家安全法の制定などで検閲も強化され、香港映画界の厳しい状況は続いている。だが、「1980年代末から『香港映画は死んだ』とずっと言われているんですけど、『本当に死んだ?』と思いますね。暗い話ばかりしてもしょうがない。世代交代を経てもっといいものが作られると信じたい」と韓教授は笑う。

「香港返還20年目の2017年に日本現代中国学会でお話したことを繰り返して今日の話を終わりたいと思います。それは、確かに抑圧がある環境は困難だけれど、こと文学や映画に関しては、多くの場合、抑圧が新しい創造力を刺激してくれるエネルギーにもなる、ということ。香港がこれからどうなるかはわかりませんが、期待と希望をもって注視していきたい。それが今の私の気持ちです」

映画ファン目線の実感とフェミニズム批評や映画史の知識を縦横に織り交ぜたミニレクチャーは、わずか20分間とは思えぬ密度の濃さ。香港映画の奥深い魅力を再発見する場となった。

文・写真:深津純子

プレイベントの上映作品情報:https://filmex.jp/program/pre/
チケットはヒューマントラストシネマ有楽町より:https://filmex.jp/ticket/
東京フィルメックス公式サイト:https://filmex.jp/

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