『冬眠さえできれば』Q&Aレポート | 11/24(金) | 第24回東京フィルメックス
コンペティション作品『冬眠さえできれば』が11月24日(金)に有楽町朝日ホールで上映された。2017年のタレンツ・トーキョーに参加し「タレンツ・トーキョー・アワード」に選ばれたモンゴルのゾルジャルガル・プレブダシ監督が、受賞企画を元に撮った長編監督デビュー作。日本留学の経験もあるプレブダシ監督は出産直後で来日はかなわなかったが、上映前に日本語のビデオメッセージで観客に作品への思いを語った。上映後には共同プロデューサーのバトヒシク・セデアユシジャブさんと母親役を演じたガンチメグ・サンダグドルさんが質疑応答に登壇し、映画の舞台裏についてさらに深く語ってくれた。
『冬眠さえできれば』は、首都ウランバートル郊外のゲル(遊牧民の移動式住居)集落に暮らす母子家庭の物語。高校生の長男は物理コンクールで才能を発揮し、奨学金で大学進学するのを夢見る。しかし、都会でまともな職に就けない母が末っ子を連れて田舎に戻ってしまい、幼い弟妹とゲルに取り残された彼の背に一家の主としての重圧がのしかかる。
プレブダシ監督はビデオメッセージで「私自身も15歳までゲルの集落で育ち、コンクールを楽しみにする子供でした」と切り出し、進学先に恵まれて芸術への関心を育み、映画製作を学ぶため桜美林大学に留学した経歴を紹介。「いい教育を受けることは誰でもできると思っていました。でも、帰国してゲル地区の友達を見て、そうではないのだと気が付きました。そのことが実は長年の悩みで、このテーマで映画を作りたいと思いました。10年かけてやっと皆様にお見せできることができてとても嬉しいです」と笑顔を見せた。
質疑応答は日本語が堪能な共同プロデューサーのセデアユシジャブさんがモンゴル語通訳を兼ねて進行した。
タレンツ・トーキョーでの企画発表から映画の完成まで6年。その間の経緯を尋ねられたセデアユシジャブさんは「まず思い出すのは、資金集めが大変だったことですね」と即答した。
「監督はタレンツ・トーキョーでの受賞に勇気をもらい、いろんな国に脚本を送り協力者を探しました。少しづつお金は入ってきたのですが、予算の70%しか集まらない。とにかく撮影を始めましたが、途中でお金が無くなったり、けっこうギリギリの危ないところまで行きました。監督も私も、役者さんやスタッフにはそんな素振りは見せないようにして、毎日苦労しながら撮影を続けました」
スポンサー探しで企業回りも重ねた。モンゴルでは「映画への投資は儲からない」と敬遠されがちだったが、「子どもたちのために手を貸して下さい」と粘り強く交渉した。
「映画には作り物の話もあるけれど、この作品はすべて事実に基づいています。脚本を見て『ええっ、こんな話あるの!? 子どもたちがなぜこんなことに?』と怒りの声を上げる方もいた。監督は『これがいまの社会の現実です。だから、事実に向き合い、子どもたちを助けて下さい』と説得し、協力してくれる企業も現れました」
窮状を知った監督の友人や出身校の恩師らからも少しづつ支援金が集まり、なんとか完成にこぎつけた。映画のエンドクレジットには「寄付者」として数十人の個人名も刻まれている。
ドキュメンタリーを中心に活動していたセデアユシジャブさんが本作で初めて劇映画に携わることになったのも、「子どもたちの未来のために、事実を伝えたい」という監督の強い思いに共鳴したから。飲酒や喫煙、闇仕事の横行なども含め、大人たちが気づかない10代のありのままの日常や葛藤を描くよう心がけたという。
劇中に登場する子供たちはすべてゲル集落でのオーディションで選ばれた。妹役の少女は何度も映画に出たことがあったが、主人公と2人の弟は今回が初めて。撮影開始の3週間前に集まってもらい、監督と子どもたちだけの空間を作り、演技の練習をしたという。
「私たちスタッフは参加しなかったのですが、監督は『この子たちを選んでよかった!! もう大満足!』と大喜び。ゲル集落の生活に慣れていたので、特別な準備をしなくても、監督の指示をすぐ理解してくれた。厳しい寒さの中の撮影も、みんな本当に頑張ってくれて。スタッフもスポンサーの方々も全員が『子どもたちのために』と手を挙げてくれた。素晴らしいチームに恵まれました」
母親役のサンダグドルさんはナレーションや声優の仕事を20年続け、映画出演はこれが初めて。「子どもたちを置き去りにする役柄に、最初はとても心が苦しくなりました。働くことができず、酒に溺れ、子どもたちに何もしてやることができない。なんて弱い母親なの?と、泣きそうな気持ちになり、誰かに文句を言いたくなりました」
サンダグドルさん自身も3児の母。幼い頃はゲル住まいだったので、日常の動作は慣れたもの。撮影前には10日ほど子どもたちと一緒に過ごし、親密な関係を築いたという。当初は育児放棄など信じられないと思っていたが、読み書きが不自由な遊牧民の女性が都会で働き、女手一つで子育てする難しさを知り、共感を持って演じられたという。
主人公はゲルの暖房の石炭代や食費を稼ぐため学校を休んで孤軍奮闘し、危険な闇バイトにも手を染める。客席からは「自力で困難を乗り越えようとする主人公の誇りに涙が出ましたが、遊牧民の誇り高さが公的支援を受ける障壁になっている面もあるのでは?」「映画のような状況は、モンゴルではよくあるようなことなのでしょうか?」と、モンゴルの現実についての質問が相次いだ。
サンダグドルさんは「映画に登場する出来事は、残念ながらモンゴルの現実です」と深くうなづき、「街の中心部の郊外のゲル集落では学校教育の質に正直なところ差があります。ゲルの子どもたちは家の仕事を手伝い、重い荷物を背負って学校に通わなくてはなりません。ゲル集落は子供の数も多く、雪害で家畜を失い、都会に出て来る遊牧民がさらに増えています」と社会背景を説明した。
「ご質問の通り、遊牧民はプライドが高く、負けたくないという思いが強い。そこを感じ取っていただきうれしいです。現場でも監督が『貧しい生活だから汚いわけじゃないからね』と繰り返しスタッフに言い、衣裳を小まめに洗濯して着せるようにしていたのを思い出しました」
本作は今年のカンヌ国際映画祭のある視点でワールドプレミア上映された。カンヌにも参加したセデアユシジャブさんは、「広い会場が人で埋まり、エンドロールが終わっても拍手が鳴り止まない。なぜこんなに拍手するのかと正直思いました。モンゴルのことを知らない人も多かったと思いますが、15歳の子どもが貧しくて勉強できないというのは世界共通の問題。だからカンヌに選ばれ、共感してもらえたのだと思っています」。実はカンヌでは本作のほか、もう1本だけ映画を見たという。「是枝裕和監督の『怪物』です。日本の学校のいじめを描いているのに、モンゴルにも通じる話でした。世界には同じ問題があり、映画を通して同じ視点で見つめることができる。そう実感することができました」
モンゴル版「誰も知らない」と呼びたくなる本作は、モンゴルで来年1月に公開予定。「やっと地元の方々に見てもらえる」と反応を楽しみにしていた。日本でも、さらに多くの観客と出会えることを期待したい。
文・深津純子
写真・吉田留美