『川辺の過ち』Q&Aレポート | 11/25(土) | 第24回東京フィルメックス
11月25日(土)、コンペティション作品『川辺の過ち』の上映が有楽町朝日ホールであり、上映後にウェイ・シュージュン監督が質疑応答に出席した。前作『永安鎮の物語集』も2021年のフィルメックスで上映されたが当時はコロナ禍でQ&Aは完全リモート。ウェイ監督にとって初めてフィルメックスの観客を交流する場となった。
映画製作の舞台裏をオムニバス形式で描いた『永安鎮の物語集』から一転、ウェイ監督の3本目の監督作となる『川辺の過ち』はダークなクライムサスペンス。1990年代の田舎町で殺人事件の捜査に翻弄される刑事・馬哲を主人公に、虚実皮膜の迷宮へと観客を誘う。
「前作とは全く違うものをやってみたかった」とウェイ監督。「特定のジャンルに絞らず、いろんなものにチャレンジしたい。そこで初めて小説を脚色して映画にしました」
原作は、張芸謀監督が映画化した『活きる』や大ベストセラー『兄弟』で知られる余華(ユイ・ホア)の短編小説『河辺的錯誤』。客席からは「この原作は何人もの監督が映像化に挑戦したものの実現できなかったと聞いた。そんな難しい小説を映画化できた理由は?」との質問が。ウェイ監督は「小説を映画化する際は、原作を翻訳するのではなく、むしろそこからインスパイアされ、別のものを作り上げることが重要だと考えています」と説明。「実は最初に原作を読んだとき、私もすごく難解だと思いました。よくわからなかったけれど、そのわかりにくさを想像力で補い膨らませて映画にしようと心がけました」
川辺で老女の惨殺死体が発見され、知的障害のある養子の男が容疑者として浮上する。その身柄を押さえれば一件落着に思えたが、また新たな殺人事件が。警察幹部が手仕舞いを急ぐなか、馬哲はひとり真相究明にのめり込む。
馬哲を演じたのは、ドラマ『鎮魂』『明蘭〜才媛の春〜』で注目を浴びたチュー・イーロン。「あれはとても難しい役どころでした。最近の中国では刑事ものが非常に多いのですが、他と似たような刑事ドラマにはしたくなかった。また、馬哲という人物を表面的な雰囲気だけなぞるのではなく、内面までしっかり表現してほしいとも思っていました。チューさんはその点で本当に素晴らしい演技を見せてくれた。準備にも熱心で、撮影の2カ月も前から我々チームに合流し、劇中の衣裳を着てロケ地の街を歩き、警察を訪ねて役作りしてくれました」
捜査本部のオフィスを警察内部ではなく廃業した古い映画館に設置したのは映画ならではの翻案。「あれは1990年代の現実も反映しています。当時は映画館が経営不振で娯楽場に転業する例がけっこうあって、原作者の余華さんも故郷の劇場が娯楽場になったとおっしゃっていました」とウェイ監督。「スクリーン前の舞台を事務所にする一方、客席で上司と密談させるのも面白いな、と。登場人物がまるでその映画館の上映作品の俳優のように感じられるようにもしたかった。新たな視点を作り出したかったので、映画館を使うのはいいアイデアだと思いました」
「説明の文字ではなく映像から1990年代という時代の雰囲気を感じてほしい」と、撮影は16mmフィルムで。物語の流れに沿う「順撮り」で撮影を進めていった。その利点を問われたウェイ監督は「順撮りだと、監督も役者もスタッフもじっくりと物語のなかに入ることができます。ディテールを積み上げていく中で、撮り方を変えることもできる。植物が育っていくのと同じような効果が順撮りにはあると感じています」と説明した。
客席からは「中国では障害者の描き方をめぐって賛否両論が交わされた」として監督の意図を問う質問も寄せられた。「どのように位置づけるかを巡ってスタッフ間でも様々な角度から議論を重ねました。例えばビジュアルをどうするか。それは現実をどんなロジックで構築するかということでもあり、障害者の男性が最後に着ている服に我々の解釈の一部が示されています。もちろんそれは絶対的なものではない。見る人ひとりひとりにご判断いただければと思います」
カンヌ国際映画祭ある視点部門でワールドプレミアされた『川辺の過ち』は中国で10月下旬に劇場公開され興行収入3億元のヒットに。俳優出身の異才監督のさらなる挑戦が楽しみだ。
文・深津純子
写真・明田川志保