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プレイベント『世界で一番悲しい音楽』トークレポート | 11/16(土) |第25回フィルメックス

第25回東京フィルメックスのプレイベントで、カナダの鬼才ガイ・マディン監督の『世界で一番悲しい音楽』(2003)が上映された。カナダ中央部のマニトバ州ウィニペグを拠点に、サイレント映画を思わせる映像スタイルで奇想天外な映画を作って来た鬼才監督。フィルモグラフィーには長編・短編合わせて約70本が並ぶが、日本では2004年のフィルメックスの特集上映を最後にほとんどスクリーンで見る機会がなかった。

だが、ケイト・ブランシェット主演の最新作が今年のカンヌ国際映画祭でプレミア上映され、来春には初期の代表作『ギムリ・ホスピタル』(1988年)と『アーク・エンジェル』(1990年)の国内リバイバル上映も内定。再評価のビッグウェーブ到来を期待して、ガイ・マディンの長年のファンである映画評論家・柳下毅一郎さんと20年前の特集を企画したフィルメックスの前ディレクター市山尚三さんが知られざる鬼才の魅力をじっくりと語り合った11月16日の上映後トークを採録する――

市山:今日はありがとうございます。いま皆さんがご覧になった『世界で一番悲しい音楽』は 2004 年に東京フィルメックスでガイ・マディン特集を開催した際に、当時の最新作ということで上映したんですが、その後は誰も配給もしてくれなくて(苦笑)、全然見る機会がなかった作品です。

柳下:そうそう、海外版のDVDで見るしかなかったんですよ。

市山:当時は絶対に誰かが配給権を買うだろうと思って上映したんですけどね。一番面白いし、彼の作品としてはたぶん一番分かりやすい。

柳下: 一番ポピュラリティがありますよね。分かりやすいストーリーがあって、ガイ・マディン独特のよくわかんないエモさもちゃんと盛り上がって、この人のよさが伝わりやすい。スターも出て来るし。

市山:イザベラ・ロッセリーニですね。

柳下: 彼女はずっとガイ・マディンと仲がいいんですよ。なので、もはやスターだかなんだか良くわからなくなってるんですが。

市山:短編も含めてよく出てますよね。

柳下:彼女がひとりでお父さんとお母さん(ロッセリーニとイングリッド・バーグマン)に扮したロベルト・ロッセリーニの生誕百年記念作品(『My Dad Is 100 Years Old』)なんて短編もガイ・マディンと組んで作ってました。彼女の琴線に触れるものがあるのか、一緒に変なことばかりやってる。

市山:デヴィッド・リンチ作品にも出ていたし、そういうのが好きなのかも。

柳下:リンチとスコセッシとつきあっていた人だけに、普通の男じゃ満足できないのかもしれない(笑)

市山:ガイ・マディンに話を戻すと、この中に『ギムリ・ホスピタル』をご覧になった方はどれくらいいらっしゃいますか? やはり未見の方が多いですね。一番最初にガイ・マディンの映画を見たのは、僕も柳下さんも『ギムリ・ホスピタル』と『アーク・エンジェル』でした。1991年末から年明けに2本連続で公開されたんです。

柳下:当時の印象だとわりと鳴り物入りで、「すごく変な監督が来るぞ!」って噂になって。

市山:予告編がすでに変でしたよね。

柳下:インタータイトル(説明の字幕画面)が入ってフェードイン、フェードアウトしたり。「サイレント映画の表現を再現する」的な言われ方をしてましたが、実際に見てみるとサイレント映画とはちょっと違う。この『世界で一番悲しい音楽』で顕著なんですが、とにかくめちゃくちゃカットが速いんです。こんな編集は昔はほぼありえないので、それだけでも全然違うと思う。サイレント的な要素抜きでも十分に変な映画です。僕は何でも変なものが好きなタチなんで(笑)、初めて見た当時から「すげーな、この監督」って、大好きになりました。なんでこんな映画を作ろうと思ったのかまったくわかんない。当時は情報もなかったし。その後は公開作ってありましたっけ?

市山: 3作目に『ケアフル』(1992年)っていう彩色版みたいな色調のカラー映画を撮っていて、僕が東京国際映画祭の作品選定チームに最初に入った時に、当時はアジア映画担当で関係なかったのに「これはぜひやるべきだ」とか言ってヤングシネマ・コンペティションで上映したことがあります。さっきの2本はパルコ配給だったので、またパルコが買ってくれたらなと思ったんですが、結局未公開のまま。あとで買い付け担当の方に聞いたら、『ギムリ・ホスピタル』があまりにも不入りで新作を買うわけにはいかなかったらしいです。なのでその後の日本での上映機会はフィルメックスの特集くらい……。

柳下:海外の雑誌にインタビューは載ってたりするんですけど、どういう監督が全然わかんなくて。フィルメックスの特集で監督ご本人も来日し、インタビューすることができたんですが、これがわりと普通の人で(笑)。

市山:すごく常識的な人でしたよね(笑)。異常な映画を撮る人に限って常識的ってことはよくあるんですが、温厚ですごくちゃんとした人でした。

柳下:もっとわけわかんない人が来るのかなと思ってたら、話もよくわかるし面白いし。何を考えて作ってるんだろうと思うところもあったんですけど、要するに、映画とは夢なんだから夢の感覚を表現したいのだ、と。感情で繋いでいくということだと思うんですね。フェードイン、フェードアウトやアイリスイン、アイリスアウトといったサイレント映画の手法、表現主義的なスクリーンプロセスを使ってありえない人工的な映像を作ることが夢の表現になる。なるほどそうかと思いました。

市山:僕はあの特集のトークイベントの聞き手をしたんですが、監督が何を話していたかはっきり記憶してなくて…。唯一覚えているのは「ゴジラが好き」と言ってたこと。「じゃあ好きな怪獣は?」と尋ねたら「モスラです」って(笑)

柳下:ははははは。当時僕らは「映画秘宝」でインタビューさせていただいたんですが、編集長が「ガイ・マディン、大魔神」って連呼して大魔神のフィギュアをプレゼントしたら嬉しそうで。お、ちゃんとウケるんだ、と思いました。で、あの特集のあとは……。

市山:その後もやりたい作品はいろいろあったんですが、結局機会がなくて。誰かやってくれないかなぁとずっと思ってました。『My Winnipeg』(2007)とか、かなり面白かったですから。

柳下:あれも変な映画ですよね。数年前にたまたまニューヨークに行った時にブルックリンのちっちゃな映画館で偶然見ました。ガイ・マディンはウィニペグ出身で、ここを舞台にした作品が多いんです。『My Winnipeg』はちょっと自伝的な内容で。ウィニペグに帰る話なんだけど、「ウィニペグは寒い、とても寒い、何にもない、とても眠い、とても眠い…」って、劇中でみんな次々寝ちゃうんですよ。寝かしつけに来てんのか、この映画は!? って(笑)。こっちも旅先でさんざん歩き回った後なので、見事に寝かされてしまって…。あの映画で起きていられる人いるのかな。

市山:カナダと言うとモントリオールやトロントを拠点にする人が多いのに、そのどちらにも行かずにウィニペグに本拠地を構えているというのも変わってますよね。最近はジョンソン兄弟というウィニペグの後輩たちと3人で共同監督しているようです。僕はウィニペグは行ったことがなくて、興味はあるんですが、行ってみるとただの退屈な町なのかもしれない。

柳下:「ウィニペグには何もない」って本人も言ってましたから、たぶん本当に何もないんでしょうね。だいたいカナダって、冬になると雪のほかは何もないから、それでみんな変な映画を変な方向で作ったりしている。デヴィッド・クローネンバーグとかアトム・エゴヤンとか、基本的に内向きの、人間関係が煮詰まったみたいな映画ばっかり作ってるっていう印象がありますね。ガイ・マディンも内向きは内向きなんだけど、さらに精神の内側に入っていく感じが独特で。なんでこんな映画を作ったんだろうって肝心のところはよくわからないままなんですよね。

市山:現存しないサイレント映画をリメイクする『The Forbidden Room』(2015年)という作品もありましたね。フランスのポンピドゥー・センターやカナダの美術館の委嘱で撮った短編を無理やり繋げて長編にしたので、支離滅裂な内容で。

柳下:潜水艦に男たちが閉じ込められるところから始まるんですよね。「このままでは死んでしまう! どうしよう!」って言ってたら、なぜかそこに謎の男が現れる。「彼がここに来られるなら、自分たちも外に出られるはずだ」とか言うから出口を探すのかと思ったら、いきなり誰かが「実はこんな話があって……」とか言い出して(笑)

市山:そんな状況で、百物語みたいにみんなが話を始めるんですよね。その話の部分が「失われたサイレント映画」らしいんですが、特に脚本に当たったわけではなく、題名から勝手に想像しているんです。

柳下:それを「再現」と言っていいのか!? そこがガイ・マディンの面白いところでもあるんですけどね。僕は残念ながら見損ねたんですが『The Green Fog』(2017年)も面白そうです。

市山:僕はベルリン見ましたが、これがまた奇妙な映画で……。ヒッチコックの『めまい』のストーリーを別のいろんな映画のフッテージを編集して再現するというすごい捻じれた企画。いったい誰がこんなことを思いついたのか謎なんです。

柳下:ああ、そういう映画だからソフト化されないんですね。

市山:ソフト化されてないんですか。僕もこのフッテージの使用許可を全部取るのは大変だろうなと思ってたんですけど、無許可だったのかな。あるいは映画祭上映は OK だけど商売にするのはNGとか。ビジネスとしては扱えないのかもしれませんね。

柳下:一度だけ自主上映的な場で見る機会があったんですが、僕は行けなくて。ぜひ映画祭やって下さい。最近はそんな感じで実験映画的な作品が続いていますね。

市山:今年もジョンソン兄弟との共同監督した『Rumors』っていう新作がカンヌ映画祭のミッドナイト部門で上映されました。僕は残念ながら見損ねてしまったんですが、ケイト・ブランシェット主演でG 7の首脳が妙な事件に巻き込まれる話とか。東京国際映画祭でやれないかと思ってセールス会社に問い合わせたんですが、「日本国内はユニバーサルが権利を持ってるからうちからは何もできない」と言われてしまって。

柳下:ユニバーサルが権利を持っているということは、日本公開の可能性も?

市山:ユニバーサル作品は東宝東和がファーストオプションを持っていて、ここが断るとビターズ・エンドかパルコに話が行く、という流れがあるんです。東宝東和がやるとは思えないんで、ビターズさんかパルコさんにぜひ配給していただきたい。

柳下:キャストも豪華だし、写真を見る限り、普通の映画も作れるんじゃんって感じだし、やれそうですよね。『世界で一番悲しい音楽』も、1930年代調の大げさな演技をわざとさせたりはしているんですけれど、メインのストーリーは兄弟の三角関係などはわりと古典的なラブストーリーですよね。オチはひどいけど、泣かせる方向に作っている。やればできる人なんですよ。普通の映画も、やる気になればいつでもできる。

市山:映画のコンテストでアメリカチームが演奏したのも、実際のミュージカルの有名なテーマ曲ですしね。ガイ・マディンはイザベラ・ロッセリーニ以外にも結構いろんな俳優たちが取り囲んでる感じがあって。フィルメックスで特集をした年はウド・キアも来日してて、ガイ・マディンとは会っていないんですが、この2人なら馬が合いそうだなと思っていたら、その後、彼もガイ・マディン作品によく出るようになった。『The Forbidden Room』では三つくらいのエピソードで全然違う役を演じていました。

柳下:結構低予算っていうか自主映画っぽい作り方をしてますよね。だからわりと気楽に参加できるのかな。ちょっと変なものが好きで、付き合うのが苦じゃないタイプの俳優にとっては楽しいのかもしれません。

市山:『The Forbidden Room』には今回の映画にも出演したマリア・デ・メデイロスも出てるし、マチュー・アマルリックとかジェラルディン・チャップリンとか、いろんな人が登場します。どういうキャスティングだと思ったんですが、まぁみんな「1日だけ撮って終わり」とかそんな感じだったのかもしれません。

柳下:これから上映機会があるとといいですね。

市山:この前のガイ・マディン特集が実現したのは、 カナダ大使館の支援があったからなんです。次にもう1回何かやりませんかとお話をいただいて、クローネンバーグの初期作品を特集した。だからカナダ大使館に協力していただけるなら、ガイ・マディンの未上映作をまとめて紹介できるかもしれない。

柳下:ぜひお願いします! 短編映画も面白いんですよ。ときどきDVDに入ってる短編を見るんですが、『世界で一番悲しい音楽』のDVDに収録されていた『Sissy-Boy Slap-Party』(2004年)は傑作でした。他にも延々とエクトプラズムを吐いているだけの映画とか、よく意味がわからない謎の映画がたくさんあるので、ぜひまた特集を。

市山:カナダ大使館にサポートいただけるならぜひ(笑)。

文・写真:深津純子

ガイ・マディンの魅力をもっと知りたくなったら、2004年の「第5回フィルメックス」特集上映での監督トークショー(https://filmex.jp/2004/daily_1127_04.htm)と上映後のQ&A(https://filmex.jp/2004/daily_1127_05.htm)もどうぞ。

「第25回東京フィルメックス」は11月23日(土)~12月1日(日)、丸の内TOEIとヒューマントラストシネマ有楽町で開催! 詳細は公式サイト(
)へ

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