裁判員制度―再開ガイドラインつくりと積極的な情報公開を
こんにちは。弁護士の大城聡です。
現在、新型コロナウイルス感染拡大の影響でほとんどの裁判員裁判の期日は取り消され、裁判員制度は実質的に停止している状況です。今回は、私が代表を務める一般社団法人裁判員ネットの提言をもとに、どのように裁判員裁判を再開していくのかという問題について考えていきます。
1 市民の司法参加にとって大きな課題
裁判員裁判が延期されると、被告人は裁判を受けることができなくなります。もし安易に裁判員裁判を延期することになれば、憲法で保障されている被告人の迅速な裁判を受ける権利を侵害するおそれがあります。
また、裁判員裁判が延期されることで、勾留されている被告人の身柄拘束が長期化されるという懸念もあります。
感染拡大防止の観点はもちろん大切ですが、裁判員裁判の延期に伴う被告人の不利益にも十分に留意しなければなりません。
裁判員裁判の延期は、市民による司法参加の機会を奪うことにもつながります。私たちは、新型コロナウイルス感染拡大によって裁判員制度が実質的に停止している状況であることを、市民による司法参加の大きな課題として真摯に受け止める必要があります。
2 緊急事態宣言後初めての裁判員選任手続
そのような中で、5月13日に緊急事態宣言後初めての裁判員選任手続が青森地方裁判所で行われたと報道されました(2020年5月14日付「産経新聞」)。
青森地方裁判所の裁判員裁判は、5月19日から5月25日まで4回の公判が開かれ、6月8日に判決の予定です。詳細は公表されていませんが、5月26日から判決日までの間に複数回の評議が行われるはずです。
青森地方裁判所によると、選任手続に出頭したのは37人で、密集を避けるため2部屋に分けて換気を徹底、互いに1メートル以上の間隔を空け、筆記用具を共用しないようにしたとのことです。初公判でも(1)裁判員の間をアクリル板で仕切る(2)傍聴席半減(3)出席者にマスク着用を促すなどの感染防止策を講じると報じられています(2020年5月14日付「産経新聞」)。
青森県は、5月17日時点で新型コロナウイルスの感染者数が累計27人です。緊急事態宣言が全国に拡大された4月16日以降の感染者数は5人。5月8日から5月17日までの確認された感染者数はゼロです(NHK特設サイト新型コロナウイルス「都道府県別ごとの感染者数の推移ー青森県」2020年5月17日閲覧)。
青森地方裁判所では緊急事態宣言後初の裁判員選任手続が行われましたが、今後、全国的にみると、感染の状況がどの程度になったら、どのような形で選任手続を行い、公判や評議ではどのように感染防止対策を行うのでしょうか。
裁判員ネットでは、市民の理解と協力を得て裁判員裁判を再開するために次の2つを提言しています。
新型コロナウイルス感染拡大に対応する裁判員制度のために
・市民に対する積極的な情報公開を行うこと
・「裁判員裁判の再開に関するガイドライン」をつくること
3 市民に対する積極的な情報公開を
裁判員裁判を再開させるためには、感染拡大防止対策を講ずるとともに、裁判員裁判の必要性を社会で共有する必要があります。そのためには裁判所による積極的な情報公開が不可欠です。裁判所は、被告人や事件関係者のプライバシーに配慮しながら、感染拡大による裁判員裁判への影響を積極的に情報公開すべきです。
現在、裁判員裁判の「開廷期日情報」をみると、一部の裁判所では取消された期日がわかるようになっていますが、「当分の間、更新を見合わせております」との記述しかない裁判所もあります(※1)。
少なくとも延期した裁判員裁判については、各裁判所のホームページに掲載することができるはずです。また、公判前整理手続が終わり、本来であれば裁判員裁判の日程が決まるはずだった事件が増えていくと思われます。日程未定の裁判員裁判事件についても各裁判所のホームページで公表するなど積極的な情報公開を行うべきでしょう。
4 「裁判員裁判の再開に関するガイドライン」をつくること
裁判員裁判では、選任手続で多くの裁判員候補者が集まることや長時間の評議が予定されていることから、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点からは再開への準備が難しいことが予想されます。裁判員となる市民の理解と協力がなければ、辞退が増えるという問題が生じる可能性もあります。
大谷直人最高裁判所長官は、憲法記念日の談話(※2)の中で、「間もなく施行後11年を迎える裁判員裁判は、広く国民の皆様に参加していただいて初めて成り立つ制度です。感染症に係る現在の情勢下においては、安全かつ安心して裁判に参加できる環境を確保することが不可欠であり、迅速な裁判の要請を踏まえつつ、各裁判体において裁判実施の当否を見極めるとともに、選任手続、審理、評議等の運用上の工夫を進めていく必要があります」と述べています。しかし、裁判所の感染症対策に関する「業務継続計画」(※3)には、裁判員裁判の再開に関する具体的な指針は示されていません。
市民の理解と協力を得て裁判員裁判を再開するためには、「裁判員裁判の再開に関するガイドライン」が必要なのではないでしょうか。
各裁判体が裁判実施の当否を判断し、運用を工夫する前提として、どのような状況になったら延期された裁判員裁判の日程を新たに決めるのかという指針を示すことは有意義だと考えます。
ガイドラインでは裁判員裁判によって感染が拡大することがないように、感染症の専門家の知見に基づく具体的な感染防止策を盛り込むべきです。このようなガイドラインが公開されることによって、裁判員になる市民は、安全かつ安心して裁判員裁判に参加できる環境であるかを知ることができます。
政府の基本的対処方針では、事業者及び関係団体に対して、今後の持続的な対策を見据えて業種や施設の種別ごとにガイドラインを策定するなど自主的な感染防止の取組を進めることを促しており、専門家の知見を踏まえ、政府が情報提供及び助言するとしています(※4)。司法・裁判の在り方について明示されていませんが、三権分立の観点から裁判所が自ら率先してガイドラインを作成すべきです。
市民の理解と協力を得て裁判員裁判を再開させるために、裁判所は「裁判員裁判の再開に関するガイドライン」を早急に作成し、広く公開するべきだと考えます。
<参考>
「裁判員制度・市民からの提言~新型コロナウイルス感染拡大に対応する裁判員制度のために」(一般社団法人裁判員ネット 2020年5月10日)
※1 裁判員裁判開廷期日情報(東京地方裁判所本庁)(2020年5月17日閲覧)
※2 憲法記念日を迎えるに当たって(最高裁判所 2020年5月3日)
※3 新型インフルエンザ等対応 業務継続計画 (最高裁判所 平成28年6月1日)
※4 「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針(令和2年5月4日変更)」
以上
(本稿は2020年5月18日時点の情報に基づく記事です)
文責 弁護士 大城聡