国会公務員法改正案廃案報道を踏まえ私たちが見ておくべきこと
こんにちは、弁護士の斎藤悠貴です。
5月21日夜、政府が国家公務員法改正案を廃案にするとの報道がありました。
政府は21日、検察官を含む公務員の定年延長を盛り込んだ国家公務員法改正案を廃案にする方針を固めた。検察庁法改正案の今国会での成立見送りを受け、秋の臨時国会での継続審議を目指していたが、新型コロナウイルスの感染拡大で雇用環境が急速に悪化する中、公務員の定年延長の必要性は薄れたと判断した。『国家公務員法改正案、政府が廃案方針固める』(2020.5.21 22:22:産経新聞)
これまで検察庁法改正案のうち検察官の勤務延長の部分については大きく反対の声が上がっていました。一方で、国家公務員法改正案の国家公務員の定年延長などに関しては大きな反対はなかったはずなのに、なぜ全部を廃案にするのでしょうか。
東京高検の黒川検事長の賭けマージャン等に関する週刊文春の報道直後の方針転換です。
黒川検事長を検事総長にすることができなくなったから法改正の必要がなくなったと考えているのではないかという疑念を国民が抱いても仕方ない状況だと思います。仮に実際はそうではないとしても、黒川検事長の辞任は関係ありませんと説明するだけでは納得を得られることはないでしょう。
そのような疑念を抱いても仕方がない状況を作った責任の一端は政府にもありますので、なぜ国家公務員法改正案を廃案にするのかについて丁寧な説明が必要になると考えています。
本日以降、なぜ国家公務員法改正案を廃案にするのかについて安倍首相をはじめ政府から説明があると思います。
そこで、私が今の時点で考えているここだけは十分に説明すべきではないかということを今のうちに整理しておきたいと思います。
1.なぜ短期間の間に方針が転換されたのか
5月18日、政府・与党は、検察庁法改正案について今国会での成立を断念することを決めました。
その時点では、安倍首相の意向を受けて自民、公明両党の幹事長、国会対策委員長が会合し、継続審議で次期国会に送ることを決めたとされています。政府は「必要、そして重要な法案」(菅義偉官房長官)との認識は変えていないともされていました。
以上について、「検察庁法改正案は「必要」 政府、次期国会で成立めざす」(2020年5月18日 21時53分:朝日新聞DIGITAL)
5月20日の時点でも、菅義偉官房長官は、衆議院内閣委員会で検察庁法改正案の次回国会での成立を目指す考えを示していました。
菅義偉官房長官は20日の衆院内閣委員会で、今国会での成立を見送った検察庁法改正案をめぐり、改正案の撤回を野党側に求められたのに対し、「成立に向けて進めるのは政府の基本的な考え方だ」と述べた。現行の改正案のまま、次期国会で成立を図る考えを改めて示したものだ。『菅官房長官、検察庁法案の撤回否定「成立に向け進める」』(2020年5月20日 19時31分:朝日新聞DIGITAL)
それが翌21日になって、廃案の方針となったということになります。
なぜたった1日の間に方針が180度変わることになったのか、十分な説明が必要と考えられます。
2.いつ公務員の定年延長の必要性が薄れたと考えたのか
産経新聞の報道では、「新型コロナウイルスの感染拡大で雇用環境が急速に悪化する中、公務員の定年延長の必要性は薄れたと判断した」とされています。(『国家公務員法改正案、政府が廃案方針固める』2020.5.21 22:22:産経新聞)
しかしながら、新型コロナウイルスの感染拡大で雇用環境が急速に悪化したのは、昨日今日の話ではないはずです。
いつ新型コロナウイルスの感染拡大で雇用環境が急激に悪化したと考えたのか、それを理由にいつ公務員の定年延長の必要性は薄れたと判断したのか、その判断過程・時系列が十分に説明されるべきと考えられます。
3.少子高齢化に対応するためではなかったのか?
「国家公務員法等の一部を改正する法律案」が閣議決定された当時に行われた3月13日の武田内閣府特命担当大臣記者会見によれば、少子化等による人口減少の可能性が強くなる状況の中、65歳までの定年引上げを民間企業の目標としていることから、国家公務員が民間企業のロールモデルとしての役割を果たすということだったはずです。
(問)国家公務員の定年引上げに関してなんですけれども、今回65歳まで引き上げるということで、民間企業へ与える影響等、今回の引上げに伴う効果について、大臣はどのようにお考えか教えていただけますでしょうか。
(答)今から少子化等も含めて、人口が減少する可能性というのは強くなってまいりました。国力を考えたときに、やはり人材というものの、育成も含めてしっかりとしたものにしていかなくてはならない。そのためには、長い人生経験を踏まえて多くの経験をされて、知識も、そして技術面でも様々な教訓を得ている方々のその経験というものを、次世代に継承していくことが重要になってくるかと思います。
一方、今我々公務員もそうなんですけれども、民間の企業に対しても65歳までの定年引上げというものを目標に努力をしていただきたいということを申し上げているわけでありますけれども、まずはこの国家公務員の方から率先垂範、行動を移し、むしろ民間企業のロールモデルとしてその役割を果たしていきたいと思います。
武田内閣府特命担当大臣記者会見要旨 令和2年3月13日
4月21日の森法務大臣の記者会見でも、国家公務員法改正案と合わせて審議するのではなく単独で審議するべきとの指摘や緊急性はなく新型コロナウイルスが感染拡大する中で審議入りするべきではないとの批判に対し、高齢期の職員の知識、経験等を最大限活用するという趣旨・目的を述べています。
【記者】
先日、検察庁法改正案が審議入りしました。検察官の勤務延長を制度化する内容への批判の他にも、国家公務員法改正案との束ね法案で審議するのではなく単独で審議するべきとの指摘や、緊急性はなく新型コロナウイルスが感染拡大する中で審議入りするべきではないとの批判があります。大臣の御所感と、今後の法務省の対応を教えてください。
【大臣】
今般の国家公務員法等の改正法案は、検察庁法の改正部分を含め、高齢期の職員の知識、経験等を最大限活用するという共通の趣旨・目的の下、定年を原則65歳に引き上げるなどの所要の措置を講ずるものです。これらを一つの法案として束ねず、取扱いを異にすれば、国の政策が整合的なものとならないおそれがあると考えられます。そのため、検察庁法の改正部分についても、国家公務員法や自衛隊法の改正などと一つの法案として束ねることとされたものです。
法務大臣閣議後記者会見の概要 令和2年4月21日(火)
こうした少子高齢化社会への対応という観点は、新型コロナウイルスの影響下においても変わることはないはずです。
なぜ新型コロナウイルス影響下では公務員の定年延長の必要性が薄れるのか、根拠を持って説明されるべきだと考えます。
4.私たちが見ておくべきこと
他にも見ておくべきことはたくさんあると思いますが、これまでに述べた3点は、正面からその点に対する回答がおこなわれているかを私たちがチェックしていく必要があります。
黒川検事長が辞任するから国家公務員法の改正案を廃案にしたのではないか、と質問しても、黒川検事長の個別の人事とは関係がありません、と同じ答えが繰り返されるだけであまり意味はありません。
野党側が、私たちが聞くべきだと考えている質問をしっかりとぶつけているかどうかに関しても、合わせて私たちがチェックしていく必要があるように思います。
文責:弁護士斎藤悠貴