ブラオケ的クラシック名曲名盤紹介 〜オケ好きの集い〜  #9 『マーラー:交響曲第9番(バーンスタイン & ベルリンフィル)』

 マーラーの交響曲第9番を聴くと、たとえ初めて聴く人であっても、誰しもが重々しく感傷的な雰囲気を感じ取ることが出来るだろう。マーラーは「死」を非常に恐れた作曲家だからである。当時、9番目の交響曲を作曲すると死ぬというジンクスがあり、実際に、ベートーヴェン、ドヴォルザーク、ブルックナーなど、何人かの著名な作曲家は、9番目の交響曲を作曲した後に亡くなっているのだ。勿論、マーラーの「死」に対する意識は、9番目の交響曲を作曲するときに顕在化したものではなく、だいぶ前から顕在化したものである。例えば、4番目の交響曲は、9番と同様に「命の儚さ」を喚起させるものがある。しかし、4番は9番ほど感傷的な「死」を表現しておらず、どちらかというと素朴だ。では、何故9番はここまで重々しく感傷的なのだろうか。単純に、9番を作曲したら死ぬというジンクスだけで語れるものでは到底無い。9番のスケッチ自体は1908年の夏に開始されているが、実は1907年には2人の子供のうち1人を亡くしている。そして、ちょうどその頃、自身の余命が短いということを宣告されていたこともあり、「死」というものを、より身近に感じざるを得ない状況だったのだ。昔から「死」というものを恐れ続け、それがついに自分の身にも及んでいることを知ったマーラーが、9番を感傷的に仕上げたのは、もはや必然としか言いようがない。

 さて、この交響曲9番は多くの指揮者が録音を残しており、今回の主役である指揮者レナード・バーンスタインが残した9番の録音は、全部で5つ存在する。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、ニューヨーク・フィルハーモニック管弦楽団、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団、そして、今回紹介するベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(BPO)。今回、バーンスタインとBPOの録音をピックアップした理由は、良く言えば、他の録音には無い極めて感傷的な録音、悪く言えば、アンサンブルが崩壊したカオスな録音・・・という両方の側面を持つからである。

 ところで、世界的に著名な指揮者バーンスタインと、世界最高峰のオーケストラBPOが、実は1度しか共演したことが無いというのは御存知だろうか。この頃、BPOを仕切っていたのはヘルベルト・フォン・カラヤンであり、実はカラヤンとバーンスタインは不仲だったと言われている。それ故、バーンスタインとBPOとの唯一の共演は、マーラーの交響曲第9番だけとなってしまったのだが、幸いにも、その唯一の録音がCDとして残っており、それが今回ご紹介する名盤である。当時のBPOがカラヤン仕込みだったせいなのか、BPOの団員はバーンスタインのリハーサルの進め方に馴染めなかったと言われており、リハーサルも中途半端な状態で終わってしまったと言われている。また、何人かの団員は、わざとバーンスタインの言うことを無視したとさえ伝えられている。それ故、実際の録音を聴いてみると、バーンスタインの唸り声が聞こえてくるほどの気迫に満ちた指揮に対して、オーケストラが追い付いていない状態が垣間見れる。しかしながら、楽章が進むにつれ、徐々に歩み寄ろうとし始めたのか、一生懸命食らいつこうとしている雰囲気が感じ取れ、第4楽章の事故が発生する直前は、まさにアンサンブルが崩壊スレスレで、良く言えば、「死」に対する畏怖を喚起させるような演奏を具現化した見事なモノと言えるだろう。ところが、この時のバーンスタインのキュー出しが分かりにくかったようで、その後のトロンボーンのソリが総崩れするという大事件が起こる。そもそも、バーンスタインの振り方は、慣れていないと分からないと言われており、この第4楽章においては、他にも後半の弦楽器が倍速近いテンポで演奏している人とそうでない人が混在していたり、第2楽章の色々なところでティンパニが入るタイミングを逸している箇所があったりすることを考慮すると、単純にBPOがバーンスタインの指揮に慣れておらず、正しく反応出来なかったためにカオス的な演奏になっているのだろうとも推察される。尤も、後者で述べたミスは、曲を良く知っている人で無いと気付かない可能性があるが、トロンボーンのソリが総崩れしたのは、9番を一度でも聴いたことがある人であれば気付くであろう。残されたトランペットの響きが孤高に響き渡る様は、聴衆の立場だったら完全に固まるだろうし、演奏者の立場だったら意味不明な世界に突然放り込まれたかのような混乱を招くだろう。私がライブを聴きに行ってたら、思考が停止していたに違いない。この事故が起きた瞬間の異様な空間は、CDを通じても感じ取れる類稀なモノである。バーンスタインとBPOの唯一の共演が録音として残っているだけでも奇跡だが、幾つかの修正を加えているとは言え、数多くの事故を残した状態でCD化した録音というのも非常に珍しい。
バーンスタインとBPOの一期一会の共演、強く推薦したいと思う。

(文:マエストロ)

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