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栖鳳『班猫』一目惚れから生まれた傑作、巨匠の筆が紡ぐ“生きた”猫の姿

ある日、竹内栖鳳は沼津の町を歩いていると、八百屋の軒先にいる一匹の猫に目を奪われた。まだら模様の毛並み、しなやかな体つき、どこか気品すら感じさせるその佇まい。まるで南宋時代の徽宗皇帝が描いた猫のような姿に、彼の画家としての本能が騒ぎ出した。

竹内栖鳳 『班猫』 1924年 山種美術館

「この猫を描きたい」――そう思った栖鳳は、その場で八百屋の主人に頼み込み、ついには京都へ連れ帰ることに。猫を画室で自由に遊ばせながら、彼はじっくりとその動きを観察し、何度も筆をとった。毛の一本一本が生きているかのように、しなやかな体の柔らかさが伝わるように、そして、猫特有の気まぐれな表情までも逃さぬように。

画面の中央には、一匹の猫が静かに毛繕いをしている。その毛並みは光を受けてふんわりと輝き、まるで指先でそっと撫でたくなるような質感を持っている。余計な装飾を排したシンプルな背景が、猫の存在感をより一層際立たせる。そこに描かれているのは、単なる猫ではない——竹内栖鳳が丹念に観察し、写実と詩情を極限まで高めた、生命そのものの美しさであった。

こうして生まれたのが、日本近代絵画の傑作『班猫』である。画家がひと目惚れした一匹の猫。それは単なるモデルではなく、栖鳳の観察力と技術、そして何よりも彼の「この猫を描きたい」という情熱が凝縮された存在だったのだ。

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