ルノワール『イレーヌ・カーン・ダンヴェールの肖像』〜描かれた可憐な少女に秘められた波乱の物語
『イレーヌ・カーン・ダンヴェールの肖像』は、『小イレーヌ』とも呼ばれ、現在ではピエール=オーギュスト・ルノワールの代表作の一つとされています。
この絵は、1880年に裕福なユダヤ人フランス人銀行家ルイ・カーン・ダンヴェールの依頼で、彼の8歳の長女イレーヌ・カーン・ダンヴェールを描きました。1870年代から1880年代にかけて、ルノワールはパリのユダヤ人コミュニティの家族のために多くの肖像画を描いていました。彼は、ガゼット・デ・ボザール紙の経営者であり収集家でもあるシャルル・エフルシを通じて、裕福な銀行家であるルイ・カーン・ダンヴェールと知り合いました。カーン・ダンヴェール家は、パリで最も裕福なユダヤ人銀行家の一族の一つでした。ただ、このユダヤ人コミュニティというのが、後の運命に大きな影響を与えることとなります。
透き通るような白い肌、華やかな青いドレス、豊かな栗色の髪と背景の対比など、少女の可憐さが描かれています。イレーヌの肌は滑らかで陶器のようで、これはルノワールが陶器の絵付け師として培った技能が活かされていました。しかし、依頼主のルイ・カーン・ダンヴェールは、この絵に非常に不満を抱いていました。ルノワールの生き生きとした表情や柔らかなタッチが、彼の求める厳格さや格式に欠けていると感じたのかもしれません。そのため、彼はこの絵を使用人の部屋に掛けられました。使用人たちにとっては、毎日素晴らしい絵を見られるというラッキーな状況となりました。
フランスの陥落後、この絵画はナチスによってシャンボール城から略奪されました。ナチス・ドイツの高官だったヘルマン・ゲーリングの膨大な個人コレクションの1枚に加えられました。戦後、特殊部隊によって救出され、修復された後、「ドイツで発見されたフランスの傑作」の一つとしてパリで展示されました。その後、当時74歳のイレーヌに返還されましたが、3年後に競売にかけられました。この絵画はナチスに盗まれた他の多くの美術作品とともに、スイスの実業家エミール・ゲオルク・ビュールレによって購入されました。ビュールレはドイツ出身の美術収集家であり、ドイツ軍に武器を供給して巨万の財を成した人物であったのは、皮肉的な運命になりました。
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