トーキョー・アルテ・ポップ スペシャルトーク&ライブ(2)イタリアのコミック紹介とルカ・ティエリに流れる明確な線
イタリアのコミック紹介
楠見:まずはルカさんの方から自分が影響を受けたものから、それ以前のイタリアのコミックに関して、せっかくの機会なのでみなさんにお話しいただけますか。
ティエリ:そうですね。みなさんこんばんは! ルカ・ティエリです。今日はせっかくイタリア文化会館に来ていただいたので、まずは僕からイタリアのコミックを少し紹介させていただきたいと思います。
イタリアのコミックの始まりといえば、1908年、”Corriere della Sera”という新聞の中に、毎週掲載されていたコミック特集、”Corriere dei Piccoli(コリエレ・デイ・ピッコリ)”です。この特集の目的は教育だったので、子供向けでした。本当に最初の代表作品はAttilio Mussino(アッティリオ・ムッシーノ 1878-1954)の”Bilbolbul(ビルボルブル)”とSergio Tofano(セルジオ・トファノ 1886-1973)の”Signor Bonaventura(シニョール・ボナヴェントゥーラ)”です。シニョール・ボナヴェントゥーラはイタリアの最初のリネア・キアラと言えるんじゃないかなと思います。アウトラインがあってベタ塗りで。
そのあとは、20年代~30年代になると、アメリカのコミックの影響で、子供向けよりも少し読者ターゲットが上がり、冒険もののストーリーが増えたんですが、これは40年代、”Tex(テックス)”というウエスタンのキャラクターのコミックで。なんと今でも連載されています。結構長いですね。
50年代にはBenito Jacovitti(べニート・ヤコヴィッティ 1923-1997)という作家がいて、コミックのフレームを大胆に変えたり飛び出させたり、ダイナミックに描きました。アニメーションのように動きのあるコマが作られていて。用意した画像は“COCCO BILL(コッコ・ビル)”というキャラクターのウエスタンコミックです。さっきとだいぶギャップがありますよね。
60年代になると『薔薇の名前』で有名なUmberto Eco(ウンベルト・エコー)という作家など、インテリ評論家たちにも、コミックは子供や若者向けだけでなく大人にも向けた価値のある表現だと認められました。その頃のHugo Pratt(ウーゴ・プラット 1927-1995)の”Corto Maltese(コルト・マルテーゼ)”は最初のイタリアのグラフィック・ノベルといえますよね。
楠見:日本の「劇画」と時代背景が似てるんじゃないですかね?
ティエリ:そうですよね。やっぱりターゲットが大人向けだったので。
楠見:少年向けから青年向けに変わった感じですね。
ティエリ:そうですね。60年代は、ヒーローものは、すでに古臭くなっていて、アンチ・ヒーローものが誕生しました。その代表は、Angela(アンジェラ 1922-1987)とLuciana(ルチアーナ 1928-2001) Giussani(ジュッサーニ)姉妹の”Diabolik(ディアボリック)”です。ディアボリックは泥棒で邪魔な奴がいたら殺しもするキャラクターでした。
ほかには60年代は女性解放運動の頃なので、”SATANIK(サタニック)”のような強い女性のアンチヒーローが描かれたりもしました。サタニックは化学者で、ジキルとハイドのようなサディスティックなキャラ。Max Bunker(マックス・ブンケル 1939- )とMagnus(マニウス 1939-1996)の作品です。
江口:これ、エロくていいね〜。ねえ?
ティエリ:あはは。そうですね(笑)。あとは、Guldo Crepax(グイド・クレパックス 1933-2003)という作家が描いた”Valentina(ヴァレンティーナ)”は、写真家でセクシーで、自由な女性です。コミックがとてもおしゃれでストーリーは夢のような不思議な感じ。雰囲気はイタリア映画の”Blow up”(監督:ミケランジェロ・アントニオーニ/1966年 ※日本のタイトルは『欲望』)のようでしたが、映画よりもこのコミックの方が作られたのは早かったです。
江口:かっこいいなあ。
ティエリ:かっこいいですよねー。
江口:かっこいいね。ロゴとか、ねえ。
楠見:擬音の入り方がかっこいいですね。
ティエリ:うん。で、さっき江口先生に始まる前に見せたときに言ったんですけど、なんとなくちょっとAkira Unoにも。
江口:ああ、宇野亜喜良にもちょっとね。
ティエリ:その頃の時代の共通点に、ちょっとエロ系もあるかもしれないけど、ただのセクシーな、男性向けのサービスじゃなくて、結構魅力あったのかなあって思います。
で、70年代、80年代で思い出すのはAltan(アルタン 1942-)の"Pimpa"(ピンパ)。
あとはGianni de Luca(ジャンニ・デ・ルカ 1927-1991)の"Romeo e Julietta(ロミオ・エ・ジュリエッタ ※ロミオとジュリエット)"。彼のページは見開きのでっかい一コマで、背景が舞台で、同じキャラクターたちがコマ送りのように描かれた演劇のようになっています。
楠見:動いて見えますね、これ。面白い。
ティエリ:そうそう。演劇場の舞台ですよね。ポーズも。
江口:面白いね。
ティエリ:そう、結構特徴があったんじゃないかなって思います。
そして、Sergio Toppi(セルジオ・トッピ 1932-2012)のエキゾチックな遠い国のお話。”Il ritorno di Ishi(イル・リトルノ・ディ・イシ)“っていう、これは日本のサムライの話です。彼の一枚ずつのページが魅力的でイラストのようにレイアウトが考えられていると思います。
江口:めちゃくちゃかっこいいじゃん、これ。
楠見:映画みたいですね。黒澤明みたいな。
ティエリ:そうですね。きっとそれも影響があったと思うんだけど、やっぱりコマの切り方が、浮世絵みたいな縦長のカットだなと。あとは頭のギリギリでカットするこの構図は、自信や勇気がないと作家としてはなかなかできないですよね。このグレーのトーンも、やばいですし。
江口:やばいね(笑)。
ティエリ:で、70年代の終わりと80年代の頭の頃にイタリアのコミックのニューウェーブがやってきました。僕にとっての代表はAndrea Pazienza(アンドレア・パツィエンツァ 1956-1988)の”ZANARDI(ザナルディ)”です。ザナルディは例えていうなら映画『時計じかけのオレンジ』の主人公アレックスよりも乱暴でパンクなキャラクターでした。
それからMassimo Mattioli(マッシモ・マッティオーリ 1943-2019)の”SQUEAK THE MOUSE(スクエック・ザ・マウス)”。
これは僕の展示台のケースにも入っていますが、ポップなのにバイオレンスなギャップがあります。『ザ・シンプソンズ』に出てくるサブキャラはここからパクられたという話もあります。The Itchy & Scratchy(イッチー&スクラッチー)というサブキャラなんですけど。
それから同じく僕が影響された本に入っていたStefano Tamburini(ステファノ・タンブリーニ 1955-1986)とTanino Liberatore(タニノ・リベラトーレ 1953-)の"RANXEROX(ランゼロックス)"。ランゼロックスがなかったら、そのあとのサイバーパンクのコミックだけではなく映画のヴィジュアルも違うものになっていたじゃないかなと思うくらい重要な作家です。
で、これは1986年に生まれた"DYLAN DOG(ディラン・ドッグ)"は90年代に爆発的に人気になりました。ホラーの探偵もののコミックですね。これも今でも連載されています。
90年代になると、面白いのはアメリカの新しいアメコミ、イメージコミックとか、日本のマンガ(『AKIRA』、『機動警察パトレーバー』、『デビルマン』など)が入ってきて、イタリアのコミックに影響を与えたことかなと思います。それからはいろいろミックスされてどこの国の作品とか関係なく読まれてきていると思います。……ざっとイタリアのコミックの流れをお話したので、たくさん抜けている重要な作家もいます。申し訳ありません。気になる方がいたらぜひDIG(ディグ)してください。
楠見:時代の流れとともに、日本のマンガとある意味同様に変わってきているというのがすごくわかりました。
ティエリ:そうですよね。こうしてみると時代の流れ、はやり、共通点とか見えてきますよね。僕のような78年に生まれた子供にとってはもともとディズニーのミッキーの雑誌を読んでいたりもしたけど、それとは別に"Giornalino(ジョルナリーノ)"という週刊誌もあって、その中にはこういうポップなコミックもあったけど、一緒にさっきのセルジオ・トッピのような作品も載っていて。子供にとっては最初すごく渋すぎたんですけど、大きくなったときに「この人はやばい」って思ってきっと刺激になったし影響を受けたと思います。
江口:これすでに子供のときに読んでたんですか?
ティエリ:そうです。結構ちっちゃかった。
江口:で、いつ頃から日本のマンガを意識したんですか?
ティエリ:僕は90年代。日本の作品がイタリアに入ったのは、アニメの方が早かったんですよね。すごく古いアニメとかあって。でもマンガは90年代から入ったので。
(セルジオ・トッピの”Il ritorno di Ishi(イル・リトルノ・ディ・イシ)”の画像を見て)
江口:この人めちゃくちゃかっこいいよね。全然知らなかった。
ティエリ:じゃあ江口先生に今度イタリアからセルジョ・トッピの本か何か持ってきますよ。
江口:ああ、ぜひぜひ!(笑)。かっこいいなあ〜。
ルカ・ティエリに流れる明確な線
ティエリ:90年代になったらアメコミはちょっとなあ〜って思って。僕は自分のことをサブカル系、マイノリティーだなーと思っていて。好きな音楽的にもそうだったし。アメコミだったら90年代のアニメにも影響されたようなちょっと変わったものの方が好きで。それで、サブカルらしく”LOVE and ROCKETS”の Hernandez brothers(ヘルナンデス兄弟 ※3人の名前はそれぞれMario (1953-), Gilbert (1957-), Jaime Hernandez (1959-))に入って。
(画像を見せながら)で、これも、リネア・キアラじゃないでしょうか? で、江口先生のセンスにも近いんじゃないかなって。
江口:うん、この辺好きだな、オレ。
ティエリ:ねえ。そうでしょう(笑)。(ステージでギターを弾く1ページ一コマを見せながら)これとかやばいでしょ。
楠見:おおー。
江口:いいじゃんこれ。
ティエリ:で、その頃はやっぱりDaniel Clowes(ダニエル・クロウズ 1961-)とかにもハマって。"Ghost World(ゴーストワールド)"の。
楠見:『ゴーストワールド』、僕も大好きです。
ティエリ:その頃は、ちょっと僕は大人になっていて、アメリカのそういうのを見てからやっぱりもう少し自分の国であるイタリアの作品をちゃんと勉強したいというか、遡りたい気持ちも出てきて。やっぱり”RANXEROX(ランゼロックス)”とかめっちゃかっこいいなって。あとは、僕のコミックと江口先生の『ストップ!! ひばりくん』もイタリア語版で出版している、COCONINO PRESS(ココニーノプレス)という出版社からフランスのBARU(バル 1947-)っていう作家のコミックが出て。それもめっちゃかっこよくて。実はこのコミックは講談社のために描いていたそうです。(編集注:日本のタイトルは『太陽光速 AUTOROUTE DU SOLEIL』1995年 講談社)
楠見:へえ、日本の講談社?
ティエリ:そうです。モーニングで連載もされていたそうですよ。で、このコミックを読んだ後、僕はやっぱりコミック描きたいなって、いつか自分のコミックを出したいって思いました。この映画のような流れで。バルははっきり日本のマンガに影響されているとは言っていないけど、すごくそれもあると感じました。どんな国の技術もミックスされているってちょっと不思議だなと。やっぱり80年代と90年代はそれがあったのかなと。
楠見:この大きなコマ割りは日本のマンガの文法に近いですよね。
ティエリ:ですよね。
楠見:影響受けてますね。
ティエリ:そう。僕もそのころ日本のマンガバカで、バルのマンガを読んだときはこれはマンガよりマンガじゃないかなって思って。日本人じゃなくても何人でも実はマンガは描けるんじゃないかって。歳を取って今考えてみると、「日本人じゃないとマンガはできない」とかそういうのはもう超えればいいんじゃないかなと思っています。で、自分の国の技術もありますし。
で、これはベルギーの作家Guy Peellaet(ギィ・ペラート 1934-2008)の”PRAVDA LA SURVIREUSE(プラウダ)”。
これにも結構影響を受けて。「ポップ」の影響は彼のコミック「プラウダ」が大きいですね。彼も元々アメリカンポップを通って、コマにして。リキテンシュタインにもまあまあ近いというか。ハーフトーンがないけど。あとは、このデビッド・ボウイの『DIAMOND DOGS(ダイアモンドの犬)』のジャケを描いたのもこのギィ・ペラートです。全然タッチが違うけど。元々デザイナーさんだったので、『タクシードライバー』のポスターのイラストとかも彼です。面白かったのは、『RAW(ロウ)』というアメリカのコミックの雑誌には、いろんな国のコミックが載っていて、それで僕の世界が広がったと思います。……僕は大体こんな感じかな。まあ、あとはもちろんMOEBIUS(メビウス 1938-2012)先生もいますし。
で、あと資料には入れてなかったですが、僕が今向かっているのはこういうシンプルな林静一先生のこういう感じ。いつか、こういう揺れてる線でも自然な線で描けたらいいなあって思ってます。
江口:でもルカの線はこれの感じだよね。
ティエリ:え! ほんとですか?
江口:いや、ちょっと震えた感じじゃない。
ティエリ:ありがとうございます。うれしい。
江口:この人は、がさがさした紙につけペンで描いてるから、ゆっくり描くと意識しないでぶるぶるした線になるわけ。でもルカの場合はデジタルで描くときにこう、ブレるように意識して動かして描いてるの?
ティエリ:いや、デジタルでも全部のお助けツールの設定をオフにすれば、アナログのように描けるので、自然に描いていますよ。
江口:ああそうなんだ。
ティエリ:まあ、アナログでもデジタルでもできるように頑張ろうかなと思って。線の話になると、自然な線、リネア・キアラはやっぱり難しいけど。……あとは絵の内容に合わせると思います。
江口:そうだね。
ティエリ:よくあるマンガでもイラストでも線をきれいにしすぎて死んでしまうとか。
江口:ありますね。よくありますよ。下描きの方がよかったりとかいうのはね。
ティエリ:ああ〜そうですよね。あとは江口先生の線にもすごく憧れています。
江口:いやいや。やっぱりメビウスさんを見てから線に目覚めたっていうか。それまではまったく絵に興味なかったので。マンガの絵はどうでもいいやと思っていて。
楠見:そんなことないでしょう(笑)。
江口;いや、ギャグさえ描ければいいやと僕は思っていたので。ただ、メビウスの絵を見たときに、もちろん僕はフランス語ができないじゃない? フランス語がわからなくて内容はわかんないんだけど。あのー、あれに近いんですよね。クラフトワークの音楽を聴いたときに、音だけで気持ちいいっていうのがわかったんですよね。それまではメロディーだったりアレンジで聴いてたんだけど。その感じにすごく似ていて。線だけで気持ちいいって。大友さん経由で知ったんですけどね、メビウスは。
ティエリ:そうですよね。僕にとっても高校生のとんがってたパンク野郎だったときに大友先生、士郎政宗さんとか園田健一さんを知って。その時代の線は自然な感じがします。
楠見:80年代にはもうイタリアで翻訳されていたんですか?
ティエリ:これは90年代ですね。80年代にも週刊誌に日本のマンガのあるページとか部分的に紹介されてたのもありましたけど、90年代に日本のマンガはイタリアで爆発したんですよね。……僕のコーナーはこんな感じです。
江口:イタリアのマンガって、僕らはアメコミかフランスしかあんまり見てなかったから知らなかったのがいっぱいあって新鮮でしたね。パンクなのもあれば、前衛的なのもあったね。
ティエリ;そうですね。でもあるときは日本のマンガにも重なってるんじゃないかなって。
江口:ああ、やっぱり似てるけどね。歴史の流れの感じはね。
楠見:時代の雰囲気みたいなのは共通するものはありますね。やっぱり映画に影響を受けたり、音楽と関係があったり、そういうのが何か共通言語になっていたのかなという気がします。絵柄もテーマも全然違うものが、今ルカさんの話を聞くとちゃんと一本につながって見えたので、なるほどと思いました。
ティエリ:よかったです。
【おまけ】 ルカ・ティエリ資料展示キャプション
トーキョー・アルテ・ポップ スペシャルトーク&ライブ(3)へ続く
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