不妊はなぜ心理的に辛いのか。これどうする?
こんにちは。不妊治療経験歴のある臨床心理士・公認心理師・キャリアコンサルタントのあやです。(Webページはこちら https://tokyo-anone.com/ )
●この記事の目的・目標●
この記事では不妊がなぜつらいかを知ることで、不妊治療当事者の方の自己理解に役立てることはもちろん、不妊で悩むパートナーや家族の心の理解に役立てることを目標とします。
はじめに
2022年に不妊治療の一部に健康保険が適用されたことや、最近では有名人が不妊治療の様子を積極的にSNS発信するなど、年々不妊や不妊治療といった言葉が広く世の中に浸透してきましたが、そもそも不妊であるとどうして辛いのでしょうか。「なった人にしかわからない辛さがある」などという人もいますが、当事者になっても「どうして・なぜ不妊が辛く感じるか」を言葉でクリアに答えることは難しいかもしれません。
それは単純に中々子どもを授かることができない事実が辛い、ということだけで済まされる問題ではないからです。時として人の存在価値や根本を揺さぶる重大な体験となりうるから辛いのです。
不妊が心に与える心理的影響
(自己喪失という観点から)
ではなぜ不妊がつらいと感じることがあるのでしょうか。
「大方の人は苦労しないで妊娠・出産しているのに自分だけ叶わないから」、「こうしたいということがいま思い通りにいかないから」、「体にも心にもストレスがかかるから」などなど人によって様々な理由が思い浮かぶかもしれません。それらの個々の理由も決して間違いではありません。
ではもう少し掘り下げて、そういう時に心理的にはどういったことを体験しているのでしょうか。
実は不妊を通じて、自己喪失を体験している可能性があります。
うつ病発症時の心理をヒントに
ところでうつ病の心理を理解するときには、過去と現在の自分の連続性が絶たれ、自分自身を失う体験(自己喪失)をしていないかどうかに注目します。自己喪失とは少し大まかにいうと「それまで慣れ親しんだ自分を失う体験」なのですが、これによって気分の落ち込みや色々な症状を引き起こすことがあります。
過去の自分には自分の信念や、あらゆることに対する基本的な信頼感も含めた人生の積み重ねが詰まっていますので、そこを失い否定されると根幹が揺らいでしまい、精神的な不調をきたしやすくなります。
例えば、自らの希望で上京して新生活を始めた人がいるとして、上京してからなぜか寝起きがすっきりしないという現象があるとします。その背景には「前の生活に慣れ親しんだ自分」が、転居を機に通用しなくなったことをきっかけにストレスを感じている可能性が大いにあったりするのです。
不妊と自己喪失
この自己喪失の考え方は、不妊の精神的な苦痛にも通じる部分があると思います。つまり「親になると思っていた(思っている)自分」を失うことで、自己喪失体験がおきていて精神的に辛いということが起こりやすくなっている可能性があります。
小さい頃ころからなんとなく漠然と、将来は結婚して子育てをするだろう…というイメージがあるならば、不妊という事象はそれまでのその人の数十年の価値観を否定しかねない事象ですから、当事者にとっては心を大きく揺さぶられて当然な事態かもしれませんし、自身ではそこまで思っていなくとも子育てがありふれている環境(例えば子持ちの兄弟や親戚・友人が多いなど)であれば、無意識的に少なからず喪失感を抱く可能性もあります。
また元々の性格で養育的な性格の人であれば思い悩むことが推察されます。悩みの程度は人によって異なるかもしれませんが、「自分は生きる価値のある人間なのだろうか」、「女性では(男性では)ないのだろうか」、「親になる資格がないのだろうか」などと深く思い悩む方もいるかもしれません。
不妊がつらく感じる時はどうする?
自身ではどうにもし難いからこそつらい時にはどうしたらよいのでしょうか。カウンセリングの理論も参考にしながらいくつかお伝えしたいと思います。今回は不妊治療を始めて比較的まもない方向きのヒントです。
1. 状況をすぐに無理に受け入れようとしない。
状況を無理に否定しようともせず、悲しい・虚しいならばまずは感情に身を任せてみるのもありです。
事故や病気などが突然身に降りかかった時、人間の心は徐々に状況に適応する力があると心理学的には言われています。ですので、不妊を診断されて現在深く落ち込んでいたとしても、少しずつ内面で辛さの質が変化している可能性があるので、その気持ちを躍起になってどうにかしようとせず、いま感じるままにしておくことがよい場合も多いです。
心は「ショック期」「否認期」「混乱期」「解決への努力期」「受容期」を経て回復していくと一般的には考えられています。
ショック期は心身の健康に対して不測の問題が起きたことが頭でわかっていても、心はまだ事実について行っていない状態です。心は意外と波立たず、少し遠巻きに自分をみている部分さえあるかもしれません。
否認期では、医師の説明を受けてショックを受けたり、健康な人に対して嫉妬や羨ましさを感じたり、少しの良い兆候でも「やっぱり大したことがなかった」と自分の健康を過大評価する傾向があります。
混乱期では、気分が落ち込んだり、将来に対して悲観的な気分になったり、人生がつまらないと感じる傾向にあります。その一方で、他人の助言に腹を立てやすかったり、情緒が不安定になりがちでもあり、気分の上がり下がりが混合状態でもある時期です。
解決への努力期は、自身の健康問題を自分でどうにかして付き合っていかなくてはならないと思い、治療や生活に前向きに取り組んでいく時期です。他の当事者がどのようにしているかを気にかけたり、社会の中で新しい役割に参加したりする人もいます。
これと全く同じ過程を進む方は少ないかもしれません。実際には一進一退することもよくありますし、調子の悪い時はどうしてもネガティブな思考に苛まれるものだったりします。
頑張り屋さんな方こそ、ご自身の心は二の次にして、これからどうしようと、パートナーや家族への説明・不妊治療の情報収集・資金調達のあれこれ・仕事との調整・民間療法や生活習慣改善などを一気に考えて疲弊しがちではないでしょうか。
悲しいこと・つらいことをそのまま感じておられるでしょうか?
感情に蓋をせず、泣きたい時は泣けて、怒りたい時は怒れていますでしょうか?
無理にポジティブにならず、つらい時はつらいと思い切り感情に素直になってみることもとても大切です。
2.できることを知ろう
これから不妊治療を検討するかた向けの話になりますが、不妊治療がどのような治療の種類があるのか、またどのようなステージがあり、なにが負担になるのか、成功率はどれくらいであるか、などといった客観データを少しづつ集めることも重要です。
不妊治療は日々進化しており、チャレンジできることも色々とあります。費用はかかりますが、顕微授精や胚盤胞移植となるとグレードによってはかなり妊娠に近づけるものもあります。
PCOSの方は健康保険で受けられる手術の治療もあります。
クリニックによって導入している検査が異なることもあり、いま治療中の方でも検査のみセカンドオピニオンを受けるという方も中にはいらっしゃいますから、近隣クリニックでなにをしているかの情報をアップデートしてみてもいいかもしれません。
選び方が重要になりますが、民間療法やピアグループなどもいろいろとありますので、新たな引き出しが欲しい方は検討してもいいかもしれません。
いまは不妊のアプローチが色々とありますので、心が落ち着いているときは希望をもって情報収集にも目をむけてみてください。
3. 仲間をふやそう
可能な限り不妊治療をチーム戦で臨めると、心身の負担がぐっと減るでしょう。例えばパートナーや家族が家庭内で支え、職場に可能な限り配慮をお願いすることも大切なことの一つになります。家庭外に理解を求めるのは少しハードルが高いかもしれませんので、まずは家庭内のサポート体制を充実させていきましょう。
●例えば家族からこのようなサポートがあると良いです●
・パートナーも一緒に不妊治療について勉強する。
(一緒にハウツー本を購入する、治療ステージや助成金などを調べる)
・パートナーも治療の節目に婦人科に同行する。
(感染症対策で院内に入れないならば、近くのカフェなどで待ってもらい、その日の情報共有をする)
・パートナーが精神的に落ち込んでいるときは話を傾聴する(してもらう)。
・パートナーの片方が処置や服薬の副作用で体調不良であるときには、もう片方が家事や食事の準備をするなど、家事分担の取り決めを大まかに相談しておく。
などなど…
誰かがそっと支えてくれるだけで心強いものでありますが、それがパートナー間でできるならばこの上なく理想的だと思います。
不妊治療を通じて家族の絆が強くなれば、子どもの有無に関わらず生活が充実するはずです。
4. 自分軸を保つために、自分の社会的役割を増やそう
先に不妊は自己喪失を伴うと書きました。繰り返しになりますが、自己喪失は過去の慣れ親しんだ自分と現在そして未来が分断されて、自分自身の一貫性が損なわれている状態です。ですので、自分自身が一貫性を保つ、自分軸をもって生活することが大切となります。
では自分軸を保つにはどうしたらよいでしょうか。
ひとつはこれまでの自分を再評価すること。できたことや頑張ってきたことをしっかり肯定的に評価することです。
ですが、自身の客観視というのは案外難しいかもしれません。
自己分析をするとわかりやすいですが、どうしてもいい部分よりも「ああしておけばよかった…」とか「なんでこうじゃないんだ…」といった粗ばかり目がつきやすいものです。
それで落ち込んでもつまらないので、もしドツボにハマるようでしたら無理してやらなくても良いと思います。ご自身の良い面や課題を振り返りたい、というならば専門家と一緒に行うのがよいでしょう。
(余談ですが、心の専門家も自己分析はなかなか難しいもので、上級のカウンセラーから教育分析やスーパーバイズを受けています。個人的にも自分自身を達観したいものです。)
もうひとつは自分の社会的な役割を増やすことで、自分軸がより強くなるでしょう。
「職場の●●さん」、「○○さんの妻(○○ちゃんのママ)」もよいのですが、そのバリエーションが多ければ多いほど、あなたの色々な側面に言葉で名前がついて強いものとなり、アイデンティティ(自我同一性。あなたがあなたであるという一貫性やそれを実感している状態)が保たれる、つまり自分軸が保たれるでしょう。
よく不妊治療からの気分転換のために趣味を増やすことを提案されるかもしれませんが、気分転換というよりもむしろ新たな側面を見つけて、どのような状況でもしなやかにいるために趣味やこれまでとは違う世界と関わることをおすすめします。
今回のまとめ
今回は不妊という現象そのものが心に与える影響についてまとめてみました。生殖は太古から代々脈々と「連続して」あるものですから、不妊であるということはそれだけで自分の一部を失う体験となる可能性があると思います。デリケートでプライベートなことですので、不妊治療中の方がその辛さをオープンにする機会はそう多くはないですし、妊娠を望めば80%は妊娠できる世の中であれば妊娠マイノリティの気持ちを知る機会も限られているかもしれません。今回の記事で、とくに当事者の周囲の方がその精神的な大変さを知るきっかけになれば嬉しいです。
今回は概略をそれぞれ取り上げただけですので、また改めて各トピックについて詳しく書いていきたいです。
【参考文献】
本田哲三 : 障害受容. リハビリテーション患者の心理と ケア(渡辺俊之, 本田哲三 編). 医学書院, 東京, 2000
最後に
・今後取り上げて欲しいテーマがあればお知らせください。
不妊治療当事者の方(男女問わず)でも、ご家族や職場の方でも結構です。
参考にさせていただきます。
・心理学に関するメディア取材や記事監修も承ります。
(2023年夏ごろ、オトナンサーに心理学に関する執筆記事が掲載予定です。)
ご連絡はtwitterDMもしくはtokyo.anone★gmail.com(スパム対策のため、★を@にかえてください)までご連絡ください。
よろしくお願いいたします。
カウンセリングオフィス東京anone
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