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丁寧に生きたい、カメラとともに

こんにちは、路上写真家のTokyo Street PIX/TPIXです。

今日は、カメラを通じて日々の生活を見つめ直すことの意義について考えてみたいと思います。 

ネットがライフラインになり、スマホが生活必需品になった現代社会において、ありとあらゆる情報が一瞬にして流れ去り、今、自分がどこにいてどこに向かおうとしているのか分からなくなることが多いと思います。

そこにカメラが1台あることで、猛烈な早さで流れ去っていく “何か” を、一瞬という時空に閉じ込めることができます。

こうして、自分の現在の立ち位置を確認するとともに、時間の流れをコントロールする術を手に入れることができるかもしれません。

例えば、食事をゆっくり味わうこと、自然の音に耳を澄ませること、家族との時間を大切にすること。

撮影:Tokyo Street PIX.  @お台場

こうしたかけがえのない瞬間瞬間をカメラに収めることで、日常にある当たり前ではない小さな喜びに感謝し、日々の営みを確かめながら生きていくということができるのではないでしょうか。

今はスマホに高性能なカメラが付いていますが、今日のテーマとしてはスマホはあくまで情報端末であり、通信機器でしかありません。

なぜならば、すでにスマホはほとんどの人が持っているデバイスであり、スマホによって新たに意識が変わることが考えにくいという考えからです。

「カメラ」という “写真を撮るためだけの機械” を持っているという意識があるだけで、何気ない日常の一コマが特別なものに感じられ、この光、この色、この形、この人など、今までなら見逃してしまっていたモノやコトが、特別なものに変わるはずです。

このようにして、自分の生活や日々起きていることを見つめ直す機会を得ることができ、写真に撮った数々のシーンを振り返ることで、自分の過去の現在の導線を結びつけ、またこれからの未来への導線を導き出すことが出来るかもしれません。  

撮影:Tokyo Street PIX.  @多摩川

写真を撮影するという行為が、観察する力を養うこととイコールですので、丁寧に生きる上での技術として、周りを観察することが結果的に自分自身を観察することにも繋がります。

カメラが数百分の1の瞬間を捉えるとき、日常が非日常になり、日常の美しさ、日常の価値を再認識することが、丁寧な生き方に繋がっていくのではないでしょうか。

今日の記事はとても抽象的で何か明確なテーマがあったわけではありませんが、カメラを持つこと、そして何かを撮ることが、日々の暮らしに彩りを添えてくれることは間違いと感じる今日この頃です。

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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。またお会いしましょう。路上写真家のTokyo Street PIX/TPIXでした。

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