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なぜ写真を撮ることが快感なのか
こんにちは、路上写真家のTokyo Street PIX/TPIXです。
今日は、写真を撮ることの楽しさの根本を深掘りしてみたいと思います。
スマホでもミラーレスでも良いですが、1枚の写真を撮るは、それなりの動機が始まりだと思います。
気になる被写体が目の前にあって、それをどう切り取り、どんな構図で、光の当たり方から露出を判断し、カメラを通じて光の取り込み具合を設定し、あとはシャッターを切るだけ。
「写真の魅力は、目の前の出来事を残しておくことができること。」
「写真」が決して真実を写すわけではなく、単なる光を捕らえることだと考えれば、その光をどう処理するかは撮影者の自由です。
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スマホなら、カメラアプリを起動しで、フレーミングしてシャッターボタンをタップすれば、綺麗な写真を撮ることができ、絞りやシャッタースピードなど細かいことは機械任せで問題ありません。
もちろん、ミラーレスなどのカメラでマニュアルモードに設定し、緻密に絞りやシャッタースピードなどで露出を調整して、究極の1枚を撮ることに力を注いでもOKですよね。
どう光を撮ろうが、撮影者の自由だからです。
カメラに被写体が写ることができるのは、そこに光があるからであり、その反射した光をレンズが捉えることに他なりません。
そして、写真最大の面白さは、その光と “何か” によってできた影の対比を残すことにあります。
普通に写真を撮る時は、そこまで「光と影」について意識せず、パシャっとシャッターを切るだけかもしれません。
その被写体をあとから見ることができれば、目的を達成できるからです。
光と影が写真を構成する要素のひとつとして考えられとき、「光と影の痕跡」を残すことが「写真の目的」であるのならば、それはカメラや写真が好きな人にとっては、この上ない喜びであるはずです。
なぜなら、そこに「光と影」があったことを自分自身に証明できる手段を持つことになるからです。
他人が見たら何を撮ったのかわからない写真、または何を撮っているのかわからないという視線を感じたとき、撮影行為そのものが恥ずかしいと感じることがあるかもしれません。
私はストリートスナップをメインに撮っていますが、よく電話ボックスを撮影します。
そこに “意味” はあるでしょうか?
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電話ボックスの場所の地図を作るとかの目的があるわけではありませんから、客観的に見れば全く意味はありません。
一方個人的にも、電話ボックスそのものを撮影すること自体に意味はありません。
では、なぜ撮るのか?電話ボックスを見かけると、シャッターを切りたくなってしまうのか?
その答えを知っているのは自分だけであり、それが「写真を撮ることの快感」の答えだと考える今日この頃です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。またお会いしましょう。路上写真家のTokyo Street PIX/TPIXでした。
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