現代「モノづくり」 考 (2):価値創造
「モノづくり」の歴史的転換
前回の最後に、
と書いた。このことについて、もう少し考えてみたい。
「モノづくり」を「物をつくること」ではなく「価値創造」をプロデュースする総合的な取り組みと定義するのは、現代社会においてデザインが「物」としての製品意匠を超えて、社会や人々の暮らしのあり方に関わるものとして認識されてきたことと同じ足場に立つ。現代においては「物」だけを取り上げて価値を測ることができない。
例えば、自動車は電動化へ向けて世界が動いている。ガソリン車そのものに性能上の問題があるわけではない。そうではなくて、地球温暖化という社会課題に対処するため、世界はEV(電動車)にシフトしているのである。EVは「地球温暖化対策」という文脈の中で、本質的な価値が生まれる。
テスラにしても、革新的で魅力的なEVを作っているが、電動ではなくガソリン車であったとしたら、あれほどの成功は見込めなかったのではないか。
現代の「モノづくり」は、「物」だけを切り離して扱うことはできない。現代における社会や人々のより広い要請に応える必要がある。「価値」とは、その時代に特有の文脈の中で「創造」されるものである。
新しい「モノづくり」への取り組みは、「価値創造」を伴うことが条件となる。そうでなければ、市場でも社会でも受け入れられない。それは、多種多様な主体の協働によって生み出されるものである。
「なぜ作るのか」
現代の「モノづくり」は、何よりも「なぜ作るのか」という問いに答えなければいけない。「モノづくり=製造業」であった時代には、「何を、どう作るか」の問いかけがが事業の軸にあった。松下幸之助の「水道哲学」に代表されるように、大量に生産し、世界を「物」で満たすことがゴールであった。
しかし、私たちは、大量生産大量消費を無制限に押し進めることの限界を知っている。資源枯渇、環境破壊、生物の多様性や文化の多様性の喪失という代償を払ってきたのだ。「何を、どう作るか」を問う前に、「なぜ作るのか」の問いに応える必要がある。物に溢れた現代において「物」を作ることの意味を考えなくてはいけない。
それは「モノづくり」が生み出す「価値」について考えることでもある。創造する価値は何かを問うことである。
3つの価値
人が求める価値には、3種類あると考える。機能的価値、生活・文化的価値、社会的価値の3つである。
機能的価値とは、製品が特定の用途に役立つということである。
例えば、釘である。ハンマーで打ちつけ、木や板を止めることができれば、まずは合格である。様々な付加的な機能や素材・形のバリエーションがありうるだろう。品質の高さや、オペレーション上のイノベーションでコストを大幅に下げるような取り組みも機能的な価値を創造する取り組みである。
生活・文化的価値とは、暮らしや生活のあり方に関わる価値である。豊かさや幸せをもたらすものである。
例えば、世代を超えて使用されるものづくりである。日本の歴史ある神社仏閣の屋根の補修では、使われている釘を全て大事に抜き取り再利用する。一本一本打ち直し、焼を入れ、錆びないように漆を塗って再び屋根に打ち付けられる。百年を超えて同じ釘を使うことも珍しくない。ここには、先人から引き継いだ「豊かさ」が宿っている。
社会的価値とは、社会の様々な課題を解決し、より良い社会に貢献するものである。
例えば、障害者の社会受容の課題がある。障害があったとしても、健常者と同じように生活し、仕事し、人と関わり、自立できる環境づくりが必要である。生活支援に必要な「物」だけでは、その環境は作れない。視覚障害者が、街を自由に、安全に、目立たず、自立して歩くには、どのようなデバイスが、システムが、制度が、社会的受容性が必要なのか。総合的な取り組みが必要であり、どれか一つだけを切り出して成果を上げることは難しい。
地球規模で考えれば、環境汚染は深刻な社会課題である。中でも海洋プラスチックは、無視できないレベルまで海を汚染し、生態系のみならず魚介を属する人間の健康への被害も広がっている。その対策として、プラスチックを代替する素材や加工方法の開発、海洋プラスチックを効果的に回収する新しい技術やシステムの研究開発が進んでいる。
それぞれの活動は独立したものではなく、環境汚染を止めるためのあらゆる活動とつながったものであり、その取り組みのひとつひとつに社会的な価値がある。
新しい時代の「豊かさ・幸せ」
現代の「モノづくり」は、上記の3つの価値を創造する取り組みである。「なぜ作るのか」の問いには、この3つの価値のそれぞれと真摯に向き合うことが必要である。しかも、3つの価値は、それぞれ独立している訳ではなく、相互につながり、影響し合っている。特に生活・文化的価値と社会的価値の重要性が増してきている。
「モノづくり」は、人との関わりでもある。人々に豊かさと幸せをもたらすものでなくてはならない。新しい時代の豊かさ、幸せとは何かを問いかけることから始めよう。この問いかけが、「モノづくり」の核心にある。
物が溢れる時代に、何が豊かさをもたらすのであろうか。豊かさの基準は何か。誰にとっての豊かさか。このような問いかけを避けて通ることはできない。特に「幸せ」は、個人的でパーソナルな感覚だ。人々の喜びや痛みに寄り添うことから始める必要がある。
日本科学未来館の館長になられた浅川知恵子さんの数々の取り組みは、そのことを明確に認識させてくれる。小学生の時の事故が原因で全盲となった浅川さんは、専門学校でプログラミングを学び、日本IBMで、非視覚的ユーザー・インタフェースの研究・開発に取り組んだ。WEBページ上の文字情報を読み上げるソフトウェア「ホームページリーダー」を製品化するなど、数々のイノベーションを起こしてきた。
浅川さんは、現在「AIスーツケース」の開発に取り組んでいる。健常者である私たちは、障害者を「いかに支援するか」という向き合い方をしてしまいがちであるが、浅川さんのモチベーションは「いかに自立するか、いかに社会の中に目立たずに溶け込むか」である。「モノづくり」は、このような当事者の思いに寄り添うことであることを改めて考えさせてくれる。
ご関心があれば、有料ではあるが、NHKのこの番組は非常に学びが多いので、お勧めする。
「豊かさとは何か、幸せとは何か」という問いかけに、特別な回答が用意されている訳ではない。回答はひとつでもない。時代とともに変化もする。技術革新が「豊かさ」の定義を大きく変えることもある。私たちは、もはや「インターネット」以前の時代には戻れない。同時に、20世紀前半の人々のようには、物を大量生産することに対して楽観的にもなれないのである。
限られた地球資源の有効活用
「モノづくり」でもう一つ忘れてはならないのは、「資源には限界がある」という事実である。「モノづくり」とは、絵に描いた抽象概念ではない。地球のありとあらゆる資源を使い、加工し、利用する行為である。私たちの生活の全てを太陽と地球がもたらす資源・環境に依存している。それら無しでは生きていくことができない。食料も、水も木も、エネルギーも、太陽と地球に頼っている。
限られた地球資源の有効活用は、「モノづくり」の大事な核心である。少ない資源で、より多くのことを可能にする「新しい方法」を見出した者に未来は開かれる。持続可能な地球環境をいかに次世代に残していけるのか。失われた環境や資源をどのように再生し、再利用できるのか。その問いかけに正面から向き合う必要がある。
地球資源が限られていることは「モノづくり」の機会そのものである。そこにイノベーションの余地がある。知恵と工夫を引き出し、あらゆるリソースを組み合わせて「新しい解法」を見出すのである。それが創造力だ。
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