ブランディングデザイナー 武藤崇之 -TDP生のストーリーマガジン【com-plex】 Vol.17
デザインだけではない、これまでの経験が活きていく。そんな東京デザインプレックス研究所の修了生を追ったストーリーテリングマガジン「com-plex」。
今回ご紹介するのは、ブランディングデザイナーとして活躍する武藤崇之さんです。武藤さんは埼玉県ときがわ町にて合同会社akaritoを創業し、奥様と共同でデザイン業と飲食店を並行して経営されています。今回は武藤さんにこれまでのキャリアや仕事のやりがい、TDPでの学びなどについてお話を伺いました。
ビジネス視点を持つデザイナー
――武藤さんの仕事について聞かせてください。
2024年4月4日に創業した合同会社akaritoの代表として、デザインをメインで行なっています。それと並行して「手づくりロウソクと暮らしの店 燈akarito」という雑貨屋兼飲食店を経営していて、僕がブランディングやデザイン系の仕事を担当し、飲食店は妻が主体で運営しています。埼玉県のときがわ町という、人口が1万人ほどの町で店と事務所を構えています。
今はコンサルティングもやっていて、クライアントの企業の数値管理や経営判断のお手伝いもしています。基本的にはデザイン業なのですが、先方の社長さんとお話しするときにデザインの話はあまりしません。経営状態を深く聞かせていただいて、その上で本当にデザインが必要か判断をしています。
――akaritoを創業したきっかけはなんですか?
今までデザイン会社やコンサルティング業など、いろいろな会社を渡り歩いてきました。多くの仕事を経験する中で、自分ですべてできるのでは?と思ったんです。ノウハウは実務で学んできたので、チャレンジしてみようと思って。起業前の2023年からは個人事業主として、ランチ営業だけの飲食店の経営を始めました。完全予約制で1日8名限定、メニューは2,500円のコースのみで営業しています。
1万人しかいない商圏の中でそういった条件をつけているので、皆さんから「失敗するよ」と言われていましたが、事業を軌道にのせることができました。それも連日満席で、町外からも多くのお客様が来てくださっている状態で。さらに飲食店がハブとなって、来ていただいたお客さんからデザインの仕事のお話をいただくこともありますね。実店舗という拠点を持ったのが結果的によかったと思っています。
――ここ数年はビジネス視点を持つデザイナーが求められている傾向にありますが、武藤さんはまさにそれを体現されていますね。
そうですね。すごくありがたいことに、独立する前、(株)温泉道場という会社でビジネスについてたくさん勉強させていただきました。会社のベンチャー期から参加させてもらって、不採算店舗の再生業などをやっていました。デザイナーとして入社したのですが、社長からまずはー会社員としてビジネスを学べと言われたんです。そうしないとクライアントの本当のニーズがわからないし、表面だけの改善しかできないと。
それからはインハウスデザインチームのトップを務めながら、マーケティングやコンサルティング、新店舗の開発などで指揮を取らせてもらっていました。そこでビジネスのノウハウをたくさん学べたので、今は先方の社長さんと経営のお話をスムーズにすることができます。先方が抱えている課題をデザインに落とし込むべきなのか、それとも人事などにテコ入れするべきか、のようなジャッジを一緒にやらせてもらうこともあります。
それと、温泉道場時代に実はすごくラッキーだったことがあって。エイトブランディングデザインの西澤明洋代表に3年間直接ご指導していただく機会があったんです。僕が温泉道場に入ってからは、僕がトップとしてインハウスデザインチームを率いてきましたが、コロナ前後でちょっとデザイン部門が伸び悩んでいる時期があって、もう少しブランディングをきちんとやらなきゃいけないということになりました。西澤さんのおかげでマーケティングだけでなくブランディングの力もつけることができたので、とても感謝しています。
温泉きっかけで、多くを学べた
――温泉道場に入ったきっかけはなんですか?
TDPを修了して都内のデザイン会社に入ったのですが、そこがハードな職場で…。月曜出社したら土曜の朝まで帰れないことも。実力不足もありましたが、仕事が終わらなかったら泊まるしかなく、良くても終電で帰っているような状況でした。そんな環境で2年間勤めていて、かなりしんどかったのですが良かった面もありました。やっぱり業務量が多かった分、技術力は上がったと実感していますね。でも、それからしばらくして転職を考えるようになり、もうデザイナーを辞めようかとまで思っていました。
もうちょっと楽して暮らしたいなと思ったときに、たまたま日本仕事百貨の記事を見ていて、温泉道場のインハウスのデザイナーの求人が載っていたんです。本社が生まれ育った埼玉県だったことと、福利厚生に温泉入り放題と書いてあって。田舎でデザイナーとして働けて、温泉入り放題という条件がかなり魅力的で応募しました(笑)。
――温泉道場での仕事のやりがいはなんでしたか?
裁量権が非常に大きい会社で、やりたいことがあれば全てに予算を付けてくれました。自分で最後までやり抜くことを条件に、これがやりたい、絶対やります!と宣言をすれば、多くのことにチャレンジさせてくれる会社で、とてもやりがいを感じられる場所でした。それに温泉道場には、地域活性に興味がある人や将来社長を目指したい人が多く、みんなが前のめりで競争意識が激しい場所だったんです。とにかくみんな結果を残そうと一生懸命でしたね。
今でこそ業界でもかなり有名な会社になりましたが、当時そんな雰囲気の中で仕事ができたのが良かったです。ベンチャーの立ち上げ期から成長していく過程で色々な社内制度を整えなきゃいけないけど、売上も伸ばさなきゃいけないというジレンマを抱える中で働くという、良い経験ができました。
――温泉道場から独立した理由を教えてください。
温泉道場にいることがすごく快適になってしまって(笑)。たくさんの経験をして立場が上になったり、自分がやらなくても優秀なチームメンバーが率先して仕事をこなしてくれるようになった中で、もっともっと挑戦したいなって思ったんです。また、温泉道場には「社員の中から社長を輩出する」という目標があったので、僕が独立しようかなと。会社から離れて自分一人でスタートを切った時にどこまで人生をエンジョイできるんだろうと、新しい挑戦をしたくなりました。
Akaritoでの仕事
――akaritoでは、どういった案件を手がけているのでしょうか。
個人事業主から法人様まで幅広く依頼を受けていて、最近だと建築会社のリブランディングを一通り担当しました。ロゴマークやブランドコンセプト、組織図など、内部のことから表に出るデザインまで携わりました。
その他、ブランディング以外にも、例えば町で行われるフェスのロゴや商工会のチラシ制作案件なども手がけています。チラシの案件は金額的に大きくありませんが、そこから大きい案件につながることもあるので、ちょっとした案件でも手を抜かずに納品することは地方でやっていく上で非常に重要なんです。
また、デザイン会社や温泉道場にいたときもそうでしたが、自分で写真撮影をすることもあります。経営している飲食店のフードの写真も自分で撮っていますね。基本的にフードの開発や撮影は外注する飲食店が多く、シェフは料理を美味しくなるよう改善を重ね、デザイナーは料理がよりきれいに見えるよう見え方を整えていきます。
もちろんそれらは大事なことですが、あまりにも飾り付けすぎると高級感が出過ぎてしまい、若い人に来てもらえないのでは?と思っているので、カジュアルな雰囲気の写真を使っています。また、料理よりも器の周りの空気感や、そのお店に合うようなコーディネート、光の入れ方も重要です。
外注するとそういったたくさんの要望を写真家さんにその場で伝えることになり、オペレーションをすごく気にしないといけないので大変です。お店と外注、お互いの方向性の相違が起こらないという点や、スピード感のある仕事ができるという点でも、インハウスでクリエイティブチームを持っていると便利です。
――akaritoを創業されてから苦労した点はありますか?
一会社員とは違い、会社の代表なので、責任が重いですね。業務委託として数名にお願いして仕事することもありますが、問題が出てくることももちろんあって、その時に最終的に解決する人は自分しかいません。それに対してしっかり向き合って解決していきますが、仕事上、複合的に問題がおきます。
例えば会社の現金残高の問題。クライアントから納期を1ヶ月後に延ばしましょうと言われた場合、その案件の支払いが1ヶ月延びてしまうとこちらは一時的な資金不足になり、他の取引先様への支払いが滞ったりする可能性があります。そういう点も会社員と違っていて、キャッシュの動きを計画的に読み、クライアントとの交渉が必要となります。
あとは、契約書も僕が作っているのですが、契約書を作成するときも悩むことが多いです。いつ入金してもらうのか、制作物の権利はどうするかなどを契約書に書くのですが、そういった辺りの交渉も企業のパワーバランスがあるので苦労しています。
――本当に全てお一人でされていて驚きました。
前職では契約書も結構作っていたので、その頃のノウハウで運用しています。おそらくフリーランスの方で契約書を作る方って少ないように感じているのですが、それってかなり危ないのでは?と大型契約の時に思います。少額の契約だとしたら、お互いに簡易的な取り交わしで進めることもありますが、大きな案件の時に万が一何かあって、数百万のロスが起きないように、リーガルチェックを専門家にしてもらいつつ契約書をしっかり作らないといけないよなと。
あとは、営業も自分1人でしなきゃいけないのでそこも苦労することもありますが、営業は好きなんです。好きだしお客様と商談することは楽しいですが、やっぱり成約率は100%ではないし、動いた分だけ成約できるわけではないので、大変なところではあります。営業活動で仕事を獲得することと、制作することの時間の使い方も考えなければいけません。
――営業はどのようにされていますか?
紹介が多いですね。お客さんに、今こういうことをやろうと思っているんですが、一緒にやりたそうな人はいませんか?とさりげなく話して、別のお客さんを紹介してもらって、それから会いに行っています。あと最近はWebサイトからの問い合わせも多いですね。今のWebサイトは4月からオープンして第二弾なのですが、第一弾は今と全然違うロゴマークと、空間の写真だけがトップに貼ってありました。
今の夫婦の写真はフォトグラファーの大畑陽子さんに撮ってもらったのですが、その写真のクオリティが高すぎて泣けちゃって(笑)。こんなに泣ける写真あるんだ、と感動したんです。それに変えてから、かなり問い合わせが増えました。
――この写真からは人の温かみや、真摯に向き合ってくれそうな印象が伝わってきますよね。
そうですね。ありがたいことに、すごく優しそうという印象を持っていただけることが多いです。お客さんからすると、どうしてもデザイン会社に問い合わせるという行為はハードルが高い気がしていて。デザイナーは尖っている印象を持たれがちだと思っているのですが、この写真は尖っている感があまりない気がします。
それと、この写真を見て抱いてもらえる、話しやすそうという印象は僕の営業スタイルにも合っている気がします。僕は自分がデザインスキルの高いデザイナーかというとそんなことはないと思っていて。どちらかというと先方と打ち解けられることや、案件の対応の早さが決め手で受注できることが多いんです。先方と会話することや相手のニーズを聞き出すことが好きですね。
頭の中に、あの頃の先生が居続けている
――TDPに入学しようと思ったきっかけを教えてください。
僕は美大出身でもないし、もともとクリエイティブ業界には全く興味がない人生を送っていました。23歳で大学を卒業してからは塾講師をしていて、子供たちに数学や国語、英語などを教えていました。でも、その仕事が自分に向いているとは思っていませんでしたね。
当時その塾の集客があまりうまくいっていなかった状況で、とりあえずチラシを作ることになりました。しかしデザイン会社へ見積もりを取ったら高くて(笑)。自社で作るしかないという判断になり、「若いからパソコンできるでしょ?」と業務を振られて、僕が作ることになりました。塾のパソコンにたまたまIllustratorが入っていたのですが、触ってみたら楽しくて。その経験がきっかけでデザインに興味を持ちました。
それからは働きながら通える学校を探し、最初は通信教育のスクールで受講していたのですが僕には合ってなかったようで、学校に通って勉強したいなと思ったんです。でも当時は埼玉の奥のほうに住んでいて通学に時間がかかりすぎることから、思い切って仕事を辞めて1,2年で学ぼうかと思っていた時にTDPのサイトを見つけました。入学前のカウンセリングで、担当の方が僕の作品を褒めてくれたのをすごく覚えています。今思えばデザインとも言えないほど拙い作品だったのに「可能性があるよ」と言ってくれて。それがきっかけで入学を決めました。
――TDPに通っていた時の印象的なエピソードはありますか
正直僕はあまり優秀な生徒じゃなかったと自分では思います。クライアントの要望を無視した自己中心的なデザインばかりしていたので。でも、あの時に一緒に講評を受けたクラスメイトやプロの先生の言葉って、いつまでも残っているんです。今でも先生たちが言っていたことを思い出すことがありますし、仕事で制作している時に、先生たちだったら何て言うかな、多分こう言うんだろうな。と頭の中に常に先生がいるような感覚がありますね。
加えて、学校という空間に、受講生みんなで一緒にいることが重要だと思いました。今はオンライン授業も普及していますが、同じ目的の人たちが一つの空間で同じように悩んで、同じように未経験の業界を暗中模索している時間が、何よりも貴重な時間だったなと思います。
あとは、プレックスプログラムも大事な時間でした。業界の一流の人の話を聞けましたし、技術的なものだけでなく空気感を肌で感じられて圧倒されましたね。就職して経歴を積んだあとじゃないとなかなかたどり着けない領域の雰囲気を纏っているのを感じて、襟を正すことが多々ありました。
そういった期間があったから、本当に今は楽しく仕事ができています。いろんなプレッシャーもありますけど、1社目のデザイン会社でボロボロになっていた自分が、今こうしてすごく楽しんで、仕事をさせていただいている。まさか起業して会社の代表をやるとも思っていませんでしたし。僕はTDPに通って本当に人生が変わったので感謝しています。正直、今はとても毎日活き活きしています。
うまくいかなくても、それが成長の糧
――今後の目標や展望を教えてください。
数値的には、売上1億円を目指していますが、実は稼ぎたいという気持ちはあんまりありません。どちらかというと「今後の困難」に期待しています。売上1億円を目指す、となったらそのために組織を作らなきゃいけなかったり、法律に則っていろいろなものを整えなければいけなかったり、新しい事業を始めなくてはいけなかったり。その中で例えば誰かに裏切られたりとかもあるかもしれません。
でも、人生常にうまくいかなくてもいいやと思っているんです。人生において困難な日々をどう生きるかが重要だと思っています。楽しいことも辛いことも、全部人が成長するために必要なことなので、そういう目線で見たら全ての出来事がありがたいことなんですよね。
なので、売上1億円は目指すけど、その中でも人間的な成長の中で生まれる繋がりや、チームの成長みたいなのものを作っていきたいです。そして、常に新しいことに挑戦していきたいです。
――これからデザインを学びたいと思っている方へ一言お願いします。
ここ数年でデザインという言葉の定義は広がったので、既存の形に囚われず新しい発想で色々なものを掛け合わせて、自分の得意なことを、デザインという手法を使ってどう活かせるかを探求してみると面白いと思います。そうすれば、あるフィールドでは唯一無二の存在になれると思うので、自分の長所とデザインを掛け合わせて目標に向かって励んでみて欲しいなと思います。
――武藤さん、本日はありがとうございました。
今回のインタビューでは、前職の温泉道場での学びや、akaritoでの仕事について、TDPでの学びなどを武藤さんに伺いました。
会社の代表として、たくさんの責任を1人で抱える武藤さん。しかし、抱えているものすら楽しんでこなし、幸せに日々を過ごしている姿が素敵でした。今後も武藤さんの活躍に期待したいですね。
次回も、今まさに現場で活躍しているTDP修了生にお話を伺っていきます。
◇合同会社akarito
Webサイト:https://akarito.com/
◇手づくりロウソクと暮らしの店 燈 akarito
Instagram:https://www.instagram.com/akarito_kurashi/
◇武藤崇之さんSNS
Instagram:https://www.instagram.com/muto.desiner.jp
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