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「短編 夏のソナタ」 愚風さんと秀雄 あなたの声しか聞こえない


〈 ふと note のフォロワー数だけがやたら多く数千以上もあり、いっしゅんすごいなと思いつつもフォローしているのが極端に少ないのを見て、いったいこの人は何をしたいんだろう。他の人に興味がないのかな、それとも同じ土俵に上がっているのに上から目線とか、単なるマーケティング使用。
 たぶんに文章内容よりもプロフィールで客集めしているらしく、有利な方を選ぶのは当然としても、それじゃせっかくの媒体も台なしで、とくに物書きをめざしている人は実力がつかないのじゃないかな(と思う)。
 そこでこんな話が浮かんできました。〉


 下宿しているアパートのすぐ近くにある禅寺のそばを散歩しながら、
古葉野次こばやじ秀雄が、ふと知りあったペコちゃんポップキャンディーの少年
なかなか機転が効いていて、生まれつきにしては賢すぎる

 聞いてみると、
もっとちっちゃい頃から禅寺であるこの文学院になついて、
子供ごころに禅をくんで瞑想していたらしい

 なるほどそうか、
じゃおれも気分転換がてらに禅でもくんでみよう
そう思って、せっかく近くに禅寺があるのでたびたびお世話になっていた

 そんなおり
愚風さんがこの禅寺に来ると言うのでいいチャンス
さっそくお伺いしたのだ
愚風さんはペンネームを永井愚風の名で小説を書いていて、
古葉野次はその作品をよく読んでいた
小説内容よりも文章の巧みさに、もしかして明治以降の作家でも屈指の達人に数えていた

 同じフランス文学を愛好し、
愚風さんは江戸時代末期を親しみ、
古葉野次はどちらかというと古事記伝を書いた本居宣長にひかれていたけれど、
なぜか親近感があった
ちょうど古葉野次が文芸評論家として売れ始めたこともあって、こころよく会ってくれたのだ

 禅寺の文学院の一室に通され、
愚風さんからお茶をいれてもらい恐縮もして、
さっそく日ごろ疑問に思っていた文学について尋ねてみた

「先生、いったい文学の価値はどこにあるんでしょうか」

 愚風さんに尋ねながら、古葉野次は大学時代の友人の言葉を思いだしていた

“ ボクは法学部で文学にちっとも縁がないし、そんなに興味ないんだ、それなのに詩とか小説にひかれてしまう、そんな時間があったら憲法や民法でも読んだら、どんなに実用的でボクの生活にプラスになるかわからない、でもひかれちゃうんだよね、不思議だよね ”

 じっさい文学部出身のおれじゃないけど、
本屋に行けば文学関係の詩や小説がないところはない、
むしろ文学中心であと時事とか政治経済、科学が周辺にあり、
マンガとか雑誌、ファッション誌が花を添えている感じ
それほど大衆というか市民にとって文学は欠かせない

 でもと、古葉野次は思った
果たして男が、文学に対して人生をかけるほどの値打ちがあるんだろうか

 このことが一時期、古葉野次を躊躇させていた原因だった
そんな思いをふっ切りさせてくれたのがランボーとドストエフスキーの出会いだった
彼らの本を読んで、
文学は哲学や物理学と同じで、単なる戯言たわごとではないと確信したのだ

 そんな思いを古葉野次は愚風さんに語り、残っていたお茶をグイッと飲みほした

 それから昨今の文芸思潮にもふれて、言葉がはずんでいった

「先生はどう思いでしょうか」
「そうですか、まあお茶でもお飲みください」

 そう言って、カラになった古葉野次の椀に茶を入れた
ところが愚風さん、椀にいっぱいになっても注いでいる始末

「わあっ、いったいどうしたんです、お茶がこぼれていますよ」
「おわかりかな」

「えっ何がですか」

 いっしゅん、なんのことだかわからない古葉野次秀雄
たくの上にこぼれたお茶をふいていたら、
ふと部屋の庭先からチュンチュンする声
あれっスズメかな、
確か、最初この部屋に通された時も見かけたようだった
でも気にもしていなかったので聞こえていなかっただけかもしれない

 ふと顔を上げたら、愚風さんと目があって、
ねっと言って、愚風さんは微笑んでいた
おもわず古葉野次は恥ずかしくなって、どうもお見苦しいところをお見せしてすみません、とあやまった


 それからしばらくのちに禅寺を出て、
心地よい風に吹かれながら、
古葉野次は先ほどの一件について思いをつのらせていた

 そうか、おれはせっかく愚風さんに会えて、
文学についての疑問を尋ねたのに気持ちが先にいって、
目の前の庭にいるスズメのさえずりさえ気づかないで、
あたかもカラになったお茶があふれんばかりに、
おれの考えとか先入観というほどでもないけど勝手にしゃべっていた
おもえば聞こえてくるのはおれの声ばかり

 以前は文学論争相手にあたりかまわずふっかけていた古葉野次、このことがあってから、討論するにも一段のえを見せ始めていた


中公文庫



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