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 Nの思い出のために 2


 愁ひつつ岡にのぼれば花いばら 蕪村

 Nは都会から離れて、生まれ故郷に近いある湖畔に滞在していた
朝早く起きて歩く道のなかで、自然の空気や森林の緑、天然の水の流れは、彼の精神を和らげ、意識をさわやかにさせてくれる

その日はなぜか日和もよく久しぶりの感傷だった
散歩するには絶好の装い
いつものように散歩に出て、しばらくするとふたつ分かれる交差点のところを通りかかった
いつもは右側の道を歩いているのが習慣だった
でもなぜか今日は左手の道を歩きたい衝動にかられていた

歩くほどに大気も爽やかに、滑らかな坂道をのぼりながら、Nは何かに導かれていくようだった
さあっと小枝がそよぎ、ここちよい風が吹いて、何か遠くで鳥の鳴く声がする

じっさい、坂を登っていくほどに期待は膨らんで、しばらく歩いていくと小高い山に辿りついた
ふとその場に佇みながらも、Nはなんともいい難い感慨がこみあがってきた

あたかもその一千年の昔、東洋の日本の僧である空海が修行のはてに辿りついたもの、瞑想していた洞窟を出て、前に広がる果てしない風景、空と海の一直線

それに似たものがあった

Nはその日のノートに、感慨を込めてこう記している

「人と時間を越えること、6000フィート」


『雲海の上の旅人』  1818年 フリードリヒ (Caspar David Friedrich ) 所蔵ハンブルク美術館、ハンブルク

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