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【インド】苦しみよ、さようなら。輪廻転生の解脱を目撃
最強にして最古のナガ派・ナガサドゥのテントエリアは、中央の広場と旗を目印にして歩きはするが、テント間の通路が複雑に入り組んで全体を把握するのが困難だ。
![](https://assets.st-note.com/img/1738557355-TnVvbNcQ8sXw5mOUkE3rpYHZ.jpg?width=1200)
そしてテントの居間に座るナガサドゥやそれを取り囲む弟子、参拝に来ているインド人、ときに別のテントからやってきたサドゥと行われている会合など賑やか。
テントをひとつひとつ眺めながら、時には参拝に立ち寄り、時には中から声をかけられて立ち寄り、また次に向かい、あっと言う間に時間が過ぎていく。
相手はサドゥなので油断はできない。いつ何時ワガママを言われるか、怒り出すか、深い格言をくれるか分からない。熱心に呼ばれてもこちらに立ち寄る気が乗らないようなサドゥだっている。そのときどう振る舞ってかわすか。神経が研ぎ澄まされる。
複雑な通路をなるべく一筆書きに歩きたいと思っていたが、これは無理だと途中から諦めた。
完全に直感に頼る。南北の方位だけ覚えておき、なんとなくこちらの道は嫌な感じがする、あちらの道からは呼ばれている気がする、その気分に従って歩いていく。
それは突然だった。
通路の少し奥まったところに、別格の雰囲気を纏(まと)い、高座で座禅を組んでいるナガサドゥが現れた。
花輪が何重にも掛けられていて、不思議なことに顔の輪郭から光が出ているように見える。
ビッグマザーが重力を集める主なら、この座禅サドゥは微かな光を細やかに集める主かもしれない。
正面から恐る恐る近づき参拝する。
目は柔らかく閉じられ、顎は引かれて、胡坐(あぐら)を組んだ足の少し手前の地面に顔が向けられている。形態は通常の座禅だ。
しかし、まるで自分の奥の奥に、深く沈み込んでしまっているかのようだ。
それでもあくまで穏やかで、周りを拒絶しておらず、かといって迎合もせず、とても自然にそこに存在していた。
初めて会う類のサドゥだった。正対して灰が塗られた顔を見つめているとなぜかうっすらと涙が滲(にじ)んできた。
参拝を終えると、周りのサドゥに話を聞いた賢者ショビットが呆然としながら教えてくれた。
「このナガサドゥは、今朝、解脱(げだつ)した。」
なんと、死んでいたのか…。
いや、死という言葉は相応しくないかもしれない、と頭が混乱する。修行によって辛く苦しい輪廻転生を終え、解脱して神と合一したのだ。
前日はマカル・サンクランティーだった。聖なる日に沐浴をして、その後座禅に入り、夜じゅう瞑想をしたまま、朝方、心臓が止まったそうだ。
何という完璧な解脱。
ショビット曰く、修行を重ねると、自分の死期をコントロールできる人もいるそうだ。ブッダは腐った豚肉(一説には毒キノコ)を口にして涅槃(ねはん)したし、心臓を止められる域に達する人もいる、と。
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このサドゥはどのようなサドゥ人生を送ったのだろう。
気が遠くなるくらい、自己と対峙したのだろうか。
自分の中に何を見つけたのだろう。
欲望やエゴを完全に捨てられたのだろうか。自分をサドゥに追い込んだ心傷を乗り越えられたのだろうか。
自己のその先に神を見たのだろうか。
いつからか、軽やかになれたのだろうか。
これでもう再び生まれ変わらなくてよい。
解脱というものがこんなに穏やかな雰囲気であるのなら、魂は無くなりはしたけれど、きっとこのサドゥは幸せだろう。
これがサドゥの完全体かつ最終形態。
心の中がしんとする。周りの弟子や参拝者がいつの間にか消え失せて、解脱サドゥだけが光の中に浮かび上がっているような気がして、そこからじっと動けずにいた。
長い時間に感じたが、実際はほんのひとときだったらしい。
花で飾り付けられた軽トラックがやってきて、解脱サドゥは座禅を組んだまま弟子たちの手によってその荷台に運び上げられ、さらに花で覆われていった。
これからガンジス川に運ばれて、残った肉体に重りの石をつけられて川底に沈められる。サドゥは既に死んだことになっているので、妊婦や子どもと同様に火葬はされない。
これがマハ・クンブメーラにおける私のクライマックスだった。
ああ、もどかしい。書き表しきれない。ここに記したことが今の表現力の精一杯だ。
それでも一生、このときの感覚を言葉とは遠いところで思い返していく予感がする。
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