表紙

街じゅうが大麻でキメるシヴァ神フェス

2019年3月4日。シヴァ神が妻のパールヴァティー女神と婚姻し、初夜を迎えたことを祝う最大の祭り「マハー・シヴァ・ラートリ―」である。お互いに夢中になった二人は数億年閉じこもり、結婚を祝いに来た神々は呆れて帰ってしまったという。

朝5時起床。暗闇の中、シヴァ神信仰の中心で全巡礼が目指すヴィシュワナート寺院、通称ゴールデン・テンプルへ歩いて向かう。荷物は持って入れないので、パスポートと数枚の紙幣とトイレットペーパー(トイレにはほとんどの確率で紙がない)のみ持っていく。

すでにダシャーシュワメード・ロードは賑わっていて、参拝の長蛇の列。くねくねと曲がって、全長3kmはあるだろうか。印象は元旦早朝の初詣のそれである。
外国人が全く入れてもらえず諦めた例と、外国人専用口から待たずにスッと入れてもらえた例の両方を他の旅人から聞いていたので、後者に賭けることにする。参拝道を避け、ガンジス河沿いを下って脇道に折れることにした。専用口の明確な位置がわからないので、人気の少ない複雑に入り組んだ細い道を、目的の方角に向かって勘で歩いて行く。

突然、細い道に煌々と明かりが照らされ、一列になって歩く大勢の人を8人ほどの軍人が差配している場所に行き着いた。そして一列になって歩いてくる人の奥に、鈍い光を放つ淡い金色の塔がライトアップされていた。三角柱だが鋭角はほとんどなく、丸みを帯びて柔らかである。金閣寺やタイの寺院のきっぱりしたゴールドとは異なる優しい色味がその形によく合い、威圧感が全くない。むしろ生まれたての無垢さを表しているようで、しばし見とれる。

どうもこの人の流れは寺院から出てくるもののようだ。道の脇にある小屋をよく見ると外国人向け登録所になっていたので、パスポートを提出してボディチェックを受ける。
しばらく待っていろと言われて、参拝を終えた人の列を眺めて待つ。みな一様に裸足で、満足そうな顔をして前を向いている。

30分ほど待ったが一向に入れる気配がなく、軍人は私の存在を忘れているのではないかと疑い始める。そこで、出てくる人の列と逆行して寺院に向かうフリをしてみた。若い軍人が慌てて怒鳴りつけてくる。強く、No! Wait! と言うので、素直に従う。これで存在は思い出してくれたようだ。よく見ていると、堂々たる髭を生やした年輩の軍人や女性の軍人は親切だが、この怒鳴る若い軍人だけがやたら厳しい。中央から派遣されて気が張っているキャリア組と言ったところか。

1時間ほど経って待ちくたびれたところに、マレーシアからやって来たというマッチョ4人組がやってきた。5人になるとやっと通してもらうことができ、列と逆行して寺院の入り口に向かう。

入り口前で靴を脱ぎ、境内の濡れている泥を足の裏に感じながら中に入る。思ったより狭いスペースは一面マリーゴールドを基調とした花で飾り付けられ、ぎゅうぎゅうになったインド人がほとんど泣き叫ばんばかりにして祈りを捧げている。中央にはシヴァ神の象徴の黒石のモニュメント。女性器を象徴する楕円形の土台の上に、男性器を象徴する太い棒が上を向いて乗っている。女性の子宮側から見たときの男女の習合の様子を表していると聞く。
インド人のおじいちゃん・おばあちゃんがポリ容器に入れた水、恐らくガンジス河から取ってきた彼らにとっての聖水にミルクを混ぜて白濁させ、一心にシヴァ神の象徴にかけている。
白濁液は男性の精液と女性の愛液の象徴らしい。これを高齢者が真剣な顔をして性器交合を型取ったモニュメントに流しかけている。繁栄は繁殖によって実現し、その源は男女間の営みと悦びなのだ、ということがストレートに信仰に結びついている。男女が交わる行為は隠すべきもの、とされている社会から来た身には衝撃が大きい。

寺院の敷地を出てルドラに帰る頃にはすでに陽は昇り始めており、参拝者の列はさらに長くなっていた。もう表の通りもガンジス河周辺も容易に歩けないくらいの人混みである。


ところどころで炊き出しが行われ、いつもの店も祭り用の凝ったお菓子を作っている。バラモンだろうか、聖職者の行列もやってくる。


そういえば、数日前にグル(導師)がガンジス河で作り方を教えていたお菓子は今日のお供えのためなのだろう。


早々にシヴァ神フェスの午前のメインディッシュを終えた私は、ルドラで店番を手伝いながらしばし休憩。珍しく食欲がないので、持参していた乾燥味噌汁に湯を入れて飲むが吐いてしまう。疲れが溜まっているかもしれない。夜に備えなければならない。昼寝を長めにとることにする。


夜になって表に出る。すでに顔馴染みになっている地元インド人のうち、ちょうどラッキーがいた。彼の親友はネプチューンの名倉潤に似ている通称ナグラで、これまでラッキーの直情径行気質について相談を受けたりもしていた。インド人は本当に人と人の距離が近い。
ラッキーは客の呼び込みが仕事で、日本語も達者である。私を見つけて、今夜は危ないから一緒に行こうと言ってくれる。昨日ラッキーが呼び込みを担当している店のサリーが思いのほか良くて購入したので、いつも以上に私に丁重に接してきていると察しをつけてついて行くことにする。

今夜は危ない。そうなのだ。シヴァ神フェスの夜は最高潮に盛り上がる無礼講で、街じゅうがどうなるか分からない。地元の金持ちが大麻入り飲料、バングラッシーを無料で振舞う夜なのだ。例外なくラッキーもバングラッシーを手にしている。

すでに通りには大型のスピーカーがあちこちに備え付けられ、DJが最新のダンスミュージックをがんがん流している。スピーカーがある場所をよくよく見ると、道端のお地蔵さんよろしくシヴァ神、妻のパールヴァティー、息子のガネーシャといった神を祀ってあるところを選んでいる。ダンスとの組み合わせがなんとも不思議である。

バケツからプラコップにどんどん飲料を入れている一群がある。あれがバングラッシーか。道端で、想像以上にカジュアルに振舞われている。家族の分にするのか、いくつも持って帰っている人もいる。

通りは若い男性ばかりで、みんなラリっているのだろう、笑いながら思いっきり身体をぶつけ合って踊っている。やはりインド人、ダンスはめちゃくちゃ上手い。吹っ飛ばされて派手に転んでいる奴もいるが、へらへら嬉しそうに笑っている。普段なら間違いなく喧嘩になりそうだが、今日は完全にピースフルである。ただ、私がここに混ざるのはどうも危険である。

ラッキーの案内で小さな市場の扉を開ける。そこは、表の通りとは一線を画して、子どもが踊るための広場になっていた。この子たちもたぶんバングラッシーを飲んでいる。その中でひときわ上手に踊る女の子がいて、一緒にしばしフィーバーする。惚れ惚れするほどのリズム感覚。本人も楽しくて仕方がないという表情で興奮している。

後でジャッキーに聞いて知るのだが、この子は家のない路上生活の不可触民の女の子だった。でも、そんなことに関係なく、この日の夜は彼女も踊りに熱中することができたのだ。

いつも親にシヴァ神の仮装をさせられてお布施をねだる不可触民の女の子も今夜は楽しそうにしていた。


さて、シヴァ神信仰の最右翼サドゥたちはどうしているのだろう。気になってガンジス河に向かう。今朝は、3時くらいにゴールデン・テンプルでサドゥだけの祈りの時間があったらしい。
ガート周辺のテント村はイルミネーションでライトアップされていた。恐らく、無断で電気を引いて、それが黙認されているのだろう。

テントの中は普段よりさらにまったりとした雰囲気で、イルミネーションの効果もあるのか荘厳な雰囲気が漂っていた。中に入れてもらうと、いつもより一層強く大麻の香りがした。サドゥも今日はさらに機嫌が良いようだ。同じく客人として隣に座っていた欧米人のお姉さんに話しかけると、満面の笑みでゆっくりこっちに顔を向けたが、その瞳は私を見ていない。大麻によって彼女の心はすでに遠い世界にトリップしていた。

男女交合のあからさまな崇拝、街じゅうが大麻でラリってピースフルな路上の踊り狂い、精神がトリップする神秘的な集い。日本では御法度とされるものを次々と目の当たりにするシヴァ神フェス。それらは意外にも不思議な明るさに満ちていた。

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徳田和嘉子
この度初めてサポートして頂いて、めちゃくちゃ嬉しくてやる気が倍増しました。サポートしてくださる方のお心意気に感謝です。