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【インド】ウマギリ、強く美しく
ビッグマザーのテントに戻ると、高座に本人に加えて二人の女性サドゥが座っていた。
まずビッグマザー、次にそのお二人にも参拝をすると、一人はビッグマザーの師匠で70歳だと陽気に名乗った。寡黙なもう一人はさらに年上で、90歳近いような容貌。70歳の師匠ビッググランドマザーにとってのさらに師匠ビッググランドグランドマザーもしれない。既にあの世とこの世の境目にいるような遠い目をしていた。
この三人が揃うと覇気が増幅してさらにテントの中の空気は重く、しかし慈愛にも満ち、総じてパワフルな雰囲気が漂っていた。
70歳のビッググランドマザーは英語が堪能で、昔はインド舞踊のダンサーをしていてアメリカやヨーロッパにも遠征してショーをしていた、日本にも行ったことがあるとフレンドリーに語った。
「踊りを追求していたら、より深い精神世界に行きたくなってサドゥになることにした」
と、彼女は私にとっては今回クンブメーラで初めて出家した理由を話してくれたサドゥとなった。もしかしたらこの理由は建前で、別の心傷に繋がる理由もあるのかもしれないが、それはもちろん聞きはしない。
そして立ち上がって、スンダリというインド舞踊独特の首を左右にスライドする踊りの動きを見せてくれた。見事だった。
別の参拝者もひっきりなしにテントの中にやってきて高座の3人に参拝をしていくが、そのうちの一人が何か悩みがあるのかこの70歳のビッググランドマザーの膝に触りながらいろいろと話し始めた。
そのときだった。70歳の師匠はその参拝者にいきなりヒンディー語で怒鳴った。聞きたくないと思ったのだろう。参拝者は息を呑み、テントから退散した。そうだ、どんなに快活に見えても彼女は自己対峙を重んじるサドゥ。しかもこの威厳あるビッグマザーの師匠なのだ。
そのあとニヤリとこちらを向き、ビッグマザーの肩を抱き寄せながら、
「今、彼女はとても立派だけれど、昔は本当にbad girlだったのよ」
と笑いながら言った。言われたビッグマザーは珍しく照れたように笑っていた。
テントに戻ってから掃除をしたりと忙しく立ち回っていたウマギリが外に出たのでついて行ってみると、容器に汲んであったガンジス川の水で祭具を洗っていた。毎日の自分の役割なのだと言う。それを手伝う。
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このグレーの肩掛けはウマギリによく似合っている。オレンジが炎を表す色ならグレーは聖なる灰の色を表しているのかもしれない。
ウマギリは機嫌が良く、鼻唄を歌いながら祭具を清める仕事をこなし、ふいに
「私たちはベストフレンドよね?」
と聞いてきた。
サドゥに親友ができる幸運がやってくるなんて思ってもみなかった私は、急いで首を斜めに倒して「アッチャー(ヒンドゥー語で肯定の意味)」と答えた。インドではYesは首を縦に振るのではなく斜めに倒す。
ウマギリは花がほころぶような笑顔を見せた。
そのうちにビッググランドマザーとビッググランドグランドマザーが帰り、ビッグマザーも出かけ、他の撮影を一通り終えたヨーコが再びやって来ると(女性だけになるのでショビットは先に宿泊テントに帰ってもらった)、No.3がNo.2に何やら喚(わめ)き始めた。それを聞いたNo.2がノコギリを取り出してきてカバンに当てている。
どうやら、いつも住んでいるハリドワールのアシュラム(修行場。女性サドゥはヒマラヤではなく修行場に住んでいるそうだ)からクンブメーラにやって来るときみんなのカバンに南京錠をかけたが、その6つの鍵全てをNo.3が無くしてしまったのだそうだ。それでNo.2がノコギリで南京錠を切ろうとしているという訳だ。
やっぱりファニーだったNo.3。母性溢れるNo.2は「I’m strong, I’m strong.(私は強い、私は強い。)」と英語でお茶目に唱えながら南京錠と格闘し、とうとう南京錠を捻(ねじ)り切ったときには大喜びしてテント中をぴょんぴょん飛び跳ねていた。それを見ていた私たちは大笑い。
なんとも人間臭いなあ。
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しかし夕方になると、テントの雰囲気は一変した。
ビッグマザーが戻ってきて、急に神妙な空気が漂い始めた。
ウマギリが祭具に火を灯し、その揺れる火に照らされながら祭壇に向かって不思議なマントラを唱え、手で印を結び、火が点いた祭具を持って踊り始めた。
これはきっと、バラナシでも行われている日の入りの神への祈りの儀式、アールティーだ。
ウマギリの声に力が漲(みなぎ)り、その動きから身体はまるで何か別の者が乗り移ったかのように大きく見える。辺りにエネルギーが満ちる。
続いてビッグマザーが祭壇の前に立ち、聖なる火を見つめながらさらに高度な印を結び、深く響く朗々とした声でマントラを唱え始めた。このときはもう、私は目の前の展開に没入してしまい、異世界に連れて行かれるような感覚に陥った。
この神聖さは写真には残せなかった。本物の秘儀は撮影できない。
でもこの場にいられたことが、ここまではるばるやってきた冒険の真髄かもしれない。
弟子を代表してウマギリがアールティーを取り仕切るということは、彼女がビッグマザーの後継者になるのだろう。それはこれからどんな過程を経ていくのだろう。着実に後を継ぐだろうなと思わせる精神力としなやかさが彼女にはある。
アールティーの後、ウマギリは汲んであるガンジス川の水を使って赤い粉と黄色いサフランの粉を溶き、神に帰依することを示すよう額に塗った。私とヨーコも塗ってもらう。
女性グルジの許可を得て外出し、サドゥ向けの野外無料食堂に行き、テーブルに一列に並んで3人で座って夕食をとった。
ウマギリは打って変わって食堂ではにこりともしない。堂々として食堂のスタッフに明確に意思を伝えるが、必要最小限以外は容易に視線を他者に向けず油断なく前を見つめている。ビッグマザーが持っていた威圧の一端をそこに感じた。
ただ可愛らしいのは、そんな厳格な表情をして私の隣でカレーを食べているくせに、ときどきそうっと、ふふっと一人で笑っている。今、自分が友達と食堂に来ていることが嬉しくてたまらない、というかのように。
そしてウマギリは早々と食べ終わると、
「お母さんのところに帰る。さようなら」
と私に囁(ささや)いて風のように食堂を出て行ってしまった。
ウマギリとの関係は、それでおしまい。
突然の何ともあっけない終わり方だった。執着を持たないサドゥらしいと言ってもいいかもしれない。
食堂に残された私とヨーコは、暗闇の中、ネオンが光る幻想的なクンブメーラ会場を8km移動し、いつもの宿泊テントに戻った。
その後、何度もウマギリのことを考えた。彼女にもらった炎色のネックレスを見つめては思い返した。
ウマギリは私に鮮烈な印象を与えた。目が離せない魅力があり、たまらなく人間臭くて、おそらく心に傷を抱えながらも、神を信じて凛としていたウマギリ。自分は何も受け取りたくはないが、他人に対してはとことん親身になるウマギリ。既に覇気の片鱗を垣間見せていたウマギリ。
ウマギリの今後のことも想像した。
きっと、より強く美しい女性グルジになっていくに違いなかった。
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あなたの心の幸せをいつも願っています。
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