表紙__2_

仙人サドゥからの人生指南

バラナシで滞在している宿ルドラゲストハウスのドミトリーの女子部屋に長期滞在している日本人の先輩がいる(と言っても年齢は1個下)。名前はジャッキー。旅する美容師である。
バラナシ初日、ジャッキーに前髪を切ってもらった。お任せにしたら、眉間にビンディーをつけるのに似合う短いジグザグにしてくれた。実に学生以来15年ぶりのぱっつん前髪だが予想外になかなか良い。
旅人美容師は腕が良いと相場が決まっている。世界一周のときエジプトのダハブで髪を切ってもらった美容師・仲さんは、今、学芸大学前で店長をしている(店名「ダハブ」)。

書道家だったり、占い師だったり、稼ぎながら旅する人は結構いる。私もトルコでプロの友人とベリーダンスを踊り、お小遣い稼ぎをしたことがある(私はあくまで前座だったが…)。

さて、朝6時半にルドラを出てヨガに行くのがジャッキーの日課なので、連れて行ってもらうことにする。
ガンジス河をメインガート(沐浴場)から一番上流のアッシー・ガートまで歩くと、何やら怪しげな声が「○×△・グハッ、□×△・グハッ」とマイクを通して聞こえてくる。

広場に座った大勢のおっちゃん、おばちゃんが、グルジ(導師)の掛け声に合わせて目を閉じたり、鼻の穴を押さえたりして、呼吸した後はめちゃくちゃ咳き込んだり、オエエッとえづいている。こ、これがヨガ…?

あっかんべーをするインド人のおっちゃん、おばちゃん。

大笑いをするインド人のおっちゃん、おばちゃん。

私は、おっちゃん、おばちゃんを見ているのが面白すぎて笑いまくり、全くヨガにならなかった。

ジャッキーは地元のインド人に沢山友達がいる。一緒にいると、あちこちから声がかかる。
「よお、オヤジ!」
と日本語で元気に挨拶を返すジャッキー。
他の旅人の髪を切るときは500ルピー(800円。前髪は250ルピー)と心づけをもらうが、地元のインド人を切るときは基本的にタダである。
アッシー・ガートで汚れた服を着た小さな女の子がやってきた。物乞いの女の子だという。いつもの通り、ジャッキーは明るく話しかけながらポケットから髪ゴムを取り出し、結んであげる。
物乞いの女の子は目をきらきらさせながらじっとしている。
終わった後でスマホを自撮りモードにして見せると、ぴょんぴょん飛び跳ねて大喜び。

ジャッキーはすごい女だ。コミュニケーションに分け隔てがない。インド人との威勢の良いやり取りを本人が一番楽しんでいる。
帰ってこない夜は、たいてい近所の家族に泊まっていけと言われて朝帰りなのだ。
「昨日の家ファンばんばん回してて寒かったんですけど、ワカさんあの意味知ってました?蚊を飛ばすためだから消せない、毛布かぶれって言われたんですよ(笑)」

帰ってきて早々、バスルームに入ったとき。
「いやー、メイン・ガートにいた知り合いのオヤジにジャッキーこっち来いって手招きされて、それ貸せって言われてしぶしぶスカーフ渡したんですよ。みんな所有の概念薄くて、人のものは俺のもの、俺のものは人のものだから。そしたら、沐浴後の全身をこれで拭きやがって。今から洗います。」

インド人からもばんばん電話がかかってくる。
「(電話に応えて)“オン・ザ・ウェイ、オン・ザ・ウェイ”。インド人、約束しててもいつも来なくて、全然違うことしてるのにオン・ザ・ウェイ(今、向かってる)って言うから、私もそう応えることにしたんですよ。1時間後に向かいます」

ジャッキーと話していると毎回爆笑である。長期滞在者は大抵沈没してまったりしているのだが、こんなに元気の良い人は見たことがない。

ヨガの後は犬にビスケットをあげに行くのが日課だというジャッキーと別れ、サドゥのテント村を歩いていると、いろんな宗派のサドゥが集まっているテントから手招きされたので行ってみる。
全裸で、死の象徴である灰を全身に塗ったサドゥはナガババと呼ばれる最古のシヴァ派で、最も尊敬されている。俗世を捨てた後、師を決めて弟子入りし、3年毎のクンブ・メーラで正式にサドゥと認める儀式が行われる。ある程度認められないと全裸になることは許されない。他には腰巻きをしているサドゥもいるし、枯れ葉色の衣装を着たままのサドゥもいる。地域によっては、サドゥ自身も忌み嫌う人食いサドゥがいると聞く。遺体を焼く前の人肉を盗んで生のまま食べ、人骨を身体に沢山ぶら下げているらしい。

案の定、テントの中では大麻を回し吸いしている。きみも吸うか?と言われるが、やんわりと断る。のんびりとピースフルな時間が漂っている。サドゥは「世界を滅ぼすのは“時間”」だと思っているらしいので、そのリズムに合わせることを心掛ける。

ゆっくりとした口調で、仕事や家族のことを聞かれる。なぜバラナシに来たのか。英語が堪能なこのサドゥは俗世では何をしていた人なのだろう。大金持ちだった人もいると聞く。しかし彼らの過去は消滅しているので、あちらからいろいろと聞かれたとしても、こちらが尋ねるのは憚られる。名前ですら聞いても応えてもらえない可能性が高い。

英語サドゥからゆっくりとした口調でこう告げられる。
「きみ、今を大切にしなさい。そして、日本に帰ったら、引き続き夫と子どもを大切にしなさい。そして、人生を楽しみなさい。きみが楽しむことが周りを幸せにする。世界は、愛で出来ている」。

普段は解脱を目指してヒマラヤに住んで修行をし、今は大麻で酩酊しているサドゥからにっこり笑顔と穏やかな口調でこんなことを言われると、逆にひとつひとつの言葉が全身に沁み渡る。

笑いヨガと言い、サドゥの言葉と言い、真面目とか修行の厳しさとか、過去の重さとか、そんな事柄が意味を失っていく。人生をどうやって前向きに、楽しく生きるのか。明るい気持ちで思いを馳せた。

さあ、明日はいよいよ祭りの最終日、シヴァ神フェスだ。

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徳田和嘉子
この度初めてサポートして頂いて、めちゃくちゃ嬉しくてやる気が倍増しました。サポートしてくださる方のお心意気に感謝です。