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なぜイーロン・マスクは、無料のツイッターを、「X」では課金重視に変えるのか

イーロン・マスク氏がツイッターを買収してから、もうすぐ1年になります。7月にツイッターのブランド名を「X」に変更してからも、3ヶ月が経過しましたが、やはりここ数ヶ月「X」で目立った動きと言えるのが、有料プランへのシフトでしょう。

特に大きな注目を集めているのが、年会費を1ドル支払わないと、「X」に投稿やDMができないというテストを開始したことです。

これは「Not A Bot」という名称でニュージーランドとフィリピンで開始された新しいプログラムで、既存のユーザーは影響を受けないものの、今後新規で新しくアカウントを開設する場合、投稿やDMなどの仕組みを利用するためには年間1ドルの課金を必須とするものです。

なぜ、マスク氏はここまで「X」の課金システムへのシフトを急速に進めるのか?その背景を少し深掘りしてみましょう。

一時はデマと思われていた「有料シフト」

もともと、マスク氏がツイッター買収後に最も力を入れていたのが、「ツイッター・ブルー」という月額1000円前後の有料プランでした。

ただ、9月にイスラエルのネタニヤフ首相とのライブストリーミングの対談で「X」を有料化にシフトすることを検討していることをカミングアウトして、大きく注目を集める結果になります。

当初、この発言を報道したITmediaの記事には、この内容は「デマ」だとする指摘が多数あったというのが、そのインパクトの大きさを示しています。

これまで、「X」のようなサービスにおいては、GoogleやFacebookに代表されるように、利用者にサービスは無料で提供し、その代わりに広告事業で収益をあげるというのが「常識」とされてきたため、マスク氏が「X」を月額使用料を少額課金する方向に移行することを検討しているという発言を、多くの人が信じられなかったわけです。

しかし、今回実際に「X」が有料化のテストを開始したことで、マスク氏の有料シフトへの本気度が確認できたことになります。

有料化には当然リスクもある

マスク氏の発言をそのまま受け取るのであれば、この有料化プランはヘイトスピーチや誤情報を投稿するbotをブロックするために実施する取り組みということになります。

マスク氏によると、現在の「X」では大量のbotがヘイトスピーチや誤情報を投稿しているそうで、今回の年会費1ドルのモデルを導入することにより、このbotを減らすことができるとのことです。

ある意味本当に悪意のあるbot運用者であれば、年会費1ドルぐらい払えてしまうのではないかと言う指摘もあると思いますが、今回の「Not A Bot」の有料モデル導入においては、単純に年会費1ドルの課金をするだけでなく、電話番号認証と課金手段の登録が必須となっており、スパム事業者はアカウント毎に異なる電話番号や課金手段の登録が必須となる点がポイントの模様。

これにより、「X」としては、社会的に問題視されている「X」上のbotによるヘイトスピーチや誤情報を減らすこともできるし、botによるシステム的な負荷も軽減することができるというわけです。

ただ、一方でツイッター時代は無料で使えるのが当然だったサービスが、年間1ドルとは言え有料化されることで、今まで以上に新規ユーザー数の伸びが鈍くなるリスクは高くなります。

日本でも、昔mixiが上場後にユーザーのトラブル増加への対策として、2007年に携帯メールのアドレス登録を必須化したことが、ユーザーの新規登録のハードルをあげてしまい、その後のFacebookの躍進を許す要因の一つになってしまったという事例があります。

しかし、マスク氏からすると、そうしたリスクを負ってでも有料シフトを選ぶ理由があるようです。
 

戻らない広告収入

最も大きい要因は、マスク氏が買収した後に半減したと言われる広告収入が、1年経った今でもほとんど戻っていないと言われている点でしょう。

マスク氏は自らの買収後、不安になって離れてしまった広告主に戻ってもらうために、新CEOとして広告業界のネットワークが強いヤッカリーノ氏を招聘したり、「X」にブランド変更後に値引きキャンペーンを展開したりしましたが、現在のところ広告主の多くはまだ「X」に戻ってきていないようです。

現在の「X」はマスク氏がツイッターを買収した際に実施した多額の借入の利子支払により、大幅に赤字体質になったと言われていますが、そこに広告収入半減が重なった結果、マスク氏としては課金に活路を見いだすしか無くなったという見方もできるのです。

直近では、マスク氏の投稿により、「X」の有料プランである「Xプレミアム」に新しく、すべての機能が使えるが広告は減らない低価格プランと、広告の表示もなくなる高価格プランという2つの料金プランが追加されることが予告されています。
こうした動きも、なんとか有料契約率を高めようと試行錯誤する動きの一環と言えるでしょう。

 

米国で「X」のユーザーが減少傾向に

また、非常に気になるニュースと言えるのが、米国において「X」のアクティブユーザー数が減少しはじめているというデータが複数から出てきている点です。

例えば、SimilarWebの調査結果によると、アメリカにおけるiOSとAndroidを合わせたモバイルトラフィックは17.8%低下しているとのこと。

(出典:SimilarWeb Blog)

マスク氏の投稿では7月末の段階で「X」の月間ユーザー数は最高記録を更新したという発表もあるので、世界全体でみるとユーザー数は増えているのかもしれませんが、米国においてはユーザー離れがはじまっていることになります。

こうした傾向を踏まえて、マスク氏としては過去のツイッターユーザーを維持するための取り組みではなく、マスク氏が理想とするスーパーアプリ「X」を求めるユーザーのための取り組みに大きく転換するという判断をした可能性も高いと考えられます。
 

決済手段を早期に登録してもらうメリット

今回の「Not A Bot」は年間1ドルということもあり、「X」にとって収益面でのインパクトはほとんどないという見方もできますが、実はこれからの「X」にとって非常に重要な一歩となる可能性もあります。

それは今後全ての「X」の新規登録者が1ドルの年間契約をするために、クレジットカードなどの決済手段を登録することになる点です。

マスク氏が理想とする「スーパーアプリX」を実現する上で、この決済手段登録率の高さが今後重視されることになる可能性は高そうです。

多くのECサイトやコンテンツ配信サービスにおいて、最も大きなハードルになると言われているのが決済手段の入力であり、一度決済手段を入力してもらえば、その後の購入率が大きく上がると言われているのです。

現在「X」では「サブスクリプション」と呼ばれる月額制の有料コンテンツをユーザーがフォロワーに提供できる機能が実装されていますが、こうしたサービスに登録する際に、ユーザーが決済手段を登録していないことがハードルになっているとイーロン・マスク氏が考えている可能性は高いでしょう。

1ドルの年間契約のために、「X」のユーザーの多くが決済手段を事前に登録している状態になれば、ユーザーが誰かの「サブスクリプション」を利用する際に、気軽にワンクリックで登録することができるようになるわけです。

マスク氏ならではの変化は続く

もちろん、こうした取り組みにユーザーがついてくるかは全く分かりません。
米国のForbesでは、「あなたはマスクにクレジットカード情報を預けられるか?」と問題提起をしているのが象徴的と言えるでしょう。

いずれにしても、マスク氏が買収したツイッターが、「X」にブランド変更したことで、「X」の経営方針は間違いなく、従来のネット業界の「常識」とは全く違う方向性で展開されていくことになりそうです。

日本は特に世界的にもツイッター利用率の高い国でしたので、その影響も大きい国の一つであるのは間違いありません。

引き続き、マスク氏の一挙手一投足から目が離せない日々が続きそうです。

この記事は2023年10月23日Yahooニュース寄稿記事の全文転載です。


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徳力基彦(tokuriki)
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