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元アナウンサーの富川悠太氏とトヨタは、ジャーナリズムの新しい形を作れるか

テレビ朝日の報道ステーションでメインキャスターを務めていたことでも有名な富川悠太さんが、「トヨタ自動車の所属ジャーナリスト」として活動すると発表したことが注目されています。

現在のところは具体的にどのような活動をするかが詳細に発表されているわけではないのですが、テレビ局のメインキャスターからトヨタ自動車へという異色の転職ということもあり、「ジャーナリスト」という肩書きへのこだわりがある方からの反発も多く見られたようです。

ただ、個人的にはトヨタと富川さんが、メディア以外の企業所属のジャーナリストという新しい形を体現する可能性もあるのではないかとも感じています。

企業メディアの代表である「トヨタイムズ」

トヨタが「トヨタイムズ」という「企業メディア」を運営していることは、ご存じの方も多いでしょう。

従来の「企業ホームページ」が、どちらかというと会社概要や商品紹介など、固定的な情報を紹介することが多かったのに対して、企業が従来の商業メディアと同じような形態の企業メディアを運営することは、この10年ぐらいで急激に増えている行為です。

業界ではこれらの企業メディアを、企業自身が所有するという意味で「オウンドメディア」と呼んでおり、過去に何度もブームが来てはブームが去って、というサイクルを繰り返しています。

そんな中でも、「トヨタイムズ」は最近のオウンドメディアブームの火付け役の1つといえるメディアです。

象徴的なのは、皆さんもご存じの、香川照之さんが編集長として出演されているテレビCMでしょう。

従来の「オウンドメディア」が、企業が無料で運用できるメディアとして、広告費を効率化させるために立ち上げられるケースが多かったのに対して、「オウンドメディア」であるトヨタイムズに誘導するのに大量のテレビCMを展開するというトヨタのアプローチは業界に衝撃を与えました。

ただ、一方でテレビCMや香川照之さんの印象が強い関係で、トヨタイムズの記事はトヨタの広告記事であり、トヨタイムズの動画はトヨタの長編の宣伝CMであると考えている方も多いようです。

富川さんの「トヨタ自動車の所属ジャーナリスト」という肩書きへの反発が多かったのも、富川さんが香川照之さんと同じようなCMタレント的な役割を担うと思った方が多いからだと想像されます。

様々な新しい取り組みに挑戦

テレビCMだけ見ていると、トヨタイムズをフィクションのメディアのように思う方も少なくないかもしれませんが、実際のトヨタイムズの運営は、テレビCM上のバーチャルな編集部と、リアルな編集部が一体となって、さまざまなコンテンツを制作しているそうです。

その関係で、トヨタイムズには単純なトヨタの宣伝的なコンテンツだけでなく、従来の企業CMや広告記事らしくないコンテンツが複数存在しています。

ライバルでもあるはずのスズキの鈴木修会長と豊田章男社長の対談動画などは、象徴的なコンテンツと言えるでしょう。

さらにトヨタイムズのコンテンツとして興味深いのは、労使交渉の場の動画を公開している点です。

通常、労使交渉の場というのはクローズドな場であるのが普通であり、関係者以外は見ることができないものでしたが、トヨタはトヨタイムズを通じて誰でも見られるコンテンツに変えてしまっているのです。

商業メディア同様の記事にも取り組むオウンドメディア

実は企業のオウンドメディア全体の傾向を見てみても、トヨタイムズのように企業自体の宣伝だけではなく、従来の商業メディア同様の活動まで幅を拡げているケースが増えています。

例えばRed Bullは、ウェブサイト自体がオウンドメディアとして運営されており、様々なスポーツイベントの動画やスポーツのノウハウ記事が大量に並んでいるので有名です。

オウンドメディアの成功事例としても著名なライオンが運営するLideaには、家事に役立つ様々なノウハウ記事が並んでおり、人気を博しているようです。

また、設立1年で月間400万PVを達成したことで話題になったカインズのオウンドメディア「となりのカインズさん」は、さまざまな生活に役立つノウハウの記事を中心に、他社のこともとりあげているのが印象的なメディアとして運営されています。

実は、いわゆる一般企業のオウンドメディアも、従来の商業メディアがカバーしていたような領域まで、テリトリーを拡げはじめているのです。

これには、結局の所、読者が求めているのは企業の宣伝記事ではなく、商業メディアと同様な自分に役立つ記事であったり、自分に関係のある記事だったりするというのがポイントでしょう。

企業による「ブランドジャーナリズム」

実は「ブランドジャーナリズム」と呼ばれるような、企業が通常のニュースコンテンツを発信するアプローチが海外で注目されるようになったのは、もう10年近く前のことです。

いよいよ日本にもこの「ブランドジャーナリズム」という波が本格的に来始めていると考えると、富川さんの肩書きが「ジャーナリスト」であることは、全く不思議ではないようにも見えてきます。

もちろん、従来の「ジャーナリズム」が新聞やテレビなどの商業メディアの専売特許であったことを考えると、「ブランドジャーナリズム」に違和感を持たれる方がいることは理解できます。

ただ、実は近年は商業メディアもグループ会社に一般企業を保有しているケースは少なくありませんし、トヨタのような巨大企業がグループ内に商業メディアを保有する未来はありえない話ではないわけです。

トヨタと富川悠太さんの関係はフラット?

そう考えると、今回の富川さんの発表で興味深いのは、トヨタ自動車所属のジャーナリストとして活動するという発表と同時に、自らのマネジメントを行う企業である株式会社オフィス・プレンティージャパンの設立も発表している点です。

富川さんのウェブサイトでも、トヨタ自動車の元々の漢字である「豊」という漢字と富川さんの「富」という字が横に並んだ状態でデザインされているのが印象的。

深読みすると、単純に富川さんはトヨタ自動車の広告塔として活動するというよりは、トヨタ自動車とフラットに活動するというメッセージのようにも受け取れるわけです。

「これまでの現場経験を生かした『本当のこと』への追求と挑戦を続けていく覚悟です。」という発表文からも、富川さんが本気でジャーナリストとして活動する決意が伝わってきます。

なにしろ、テレビアナウンサー出身といえば、トヨタイムズには既に元テレビ東京アナウンサーの森田京之介さんが広報部所属の新人記者として活躍されています。

今回富川さんが、記者ではなく「ジャーナリスト」という肩書きをつけたのは、森田さんとの仕事の棲み分けも意味している可能性がある気がします。

もちろん、今後、富川さんがトヨタイムズ自体に関わるのか、それとも別の仕事を担当することになるのかは分かりません。

ただ、現在表に出ている情報だけから想像すると、案外富川さんの「ジャーナリスト」という肩書きを批判されている方が思っているのとは、違う活動に取り組む可能性が高いのではないかという印象も受けるわけです。

トヨタイムズの関係者も、さまざまなインタビューで「もっとコンテンツに魅力を持たせて、読者を増やしたい」と発言されていますし、今回の富川さんのトヨタ自動車参加で、トヨタのブランドジャーナリズムの活動の幅がひろがるのは間違いないと思われます。

富川さんとトヨタ自動車が、今回のジャーナリスト肩書き批判に対してどのように対応してくるのか、業界に与える影響も大きいと思われますので注目したいと思います。

この記事は2022年5月2日Yahooニュース個人寄稿記事の全文転載です。


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徳力基彦(tokuriki)
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