TechCrunchとEngadget日本語版は、私や日本のブログ界にとってヒーローだった
今日、TechCrunch JapanとEngadget日本語版が、5月1日に閉鎖されるという発表がされた。
ウソだろ、という思いもあれば、いつかそうなるだろうと覚悟していた思いもある。
日本のネットメディアも一斉に記事にしているし、ヤフトピにも取り上げられたようだが、残念ながらリリース以上の内容を書いている記事は見つけられなかった。
そういうものかもしれない。
今となっては、数多あるネットメディアの中の二つのサイトが閉鎖されるというニュースにしか聞こえない人も多いだろう。
でも、違う。
この二つのサイトの閉鎖のニュースは、ブログメディア黎明期の歴史を知っている人たちからすると、本当に大きなニュースなのだ。
人によっては異論があるかもしれないが、TechCrunchとEngadgetは2005〜2007年頃のブログメディア黎明期において、間違いなく日本のブログ界隈のヒーローだった。
Engadget日本語版が開始したのが一足早くて2005年6月。
TechCrunch日本語版が開始したのは2006年6月。
ちなみに、EngadgetのライバルでもあるGizmodo日本語版が開始したのは2006年7月だった。
2006年当時、アメリカではTechCrunchやEngadget、そしてGizmodoなどを筆頭にブログメディアビジネスが花盛り。
日本でも2003年頃から2005年にかけてブログが一盛り上がりした後で、いよいよブログのメディアビジネス展開が注目されるフェーズに入っていた。
ただ、日本の「ブログ」は2005年の流行語大賞トップ10に入った後の授賞式に鬼嫁日記のカズマ氏が登場していたことから明らかなように。
「ブログ=日記」と翻訳されていた頃。
私自身は、CNETでブログを連載していた梅田望夫さんの影響もあり、ブログ上でビジネス系の質の高い議論ができる未来を夢想していたので、この「ブログ=日記」の流れにあらがおうと、「アルファブロガーを探せ」という投票企画を一生懸命企画していた頃だった。
当時、ブログに新しいメディアとしての可能性を感じていた私からすると、特にTechCrunchは衝撃的で。
質の高いシリコンバレーの最新情報が日本語で読めてしまうことに日々感謝して、全部の記事を食い入るように読んでいたのを良く覚えている。
当時、アメリカの新サービスを紹介してくれるサイトは、田口さんが運営していた百式ぐらいしかなかった記憶がある。
私が個人ブログとは別に、アリエル・ネットワークに「ワークスタイル・メモ」というブログを開設して、ウェブサービスのレビューを開始したのも完全にTechCrunchの影響。
(ちなみに、アリエル・ネットワークがワークスアプリケーションズに吸収されてドメインも転送されてるのに、未だにこのブログを残してもらえてるのは本当に感謝しかない)
TechCrunchに紹介された面白そうなサービスを片っ端からレビューしていたので、Twitterも2007年3月に速攻で登録したのを良く覚えている。
また、私が2007年にダイヤモンドオンラインで連載していたブログ紹介コラムでも、ガジェットブログとして一番にEngadgetを紹介してた。
(ちなみに、このコラムは今noteのCEOをしている加藤さんに編集をして頂いてたのも今となっては良い思い出)
そう私が新しいサービスやガジェットに一番に飛びつくようになったのはTechCrunchやEngadgetの影響だった。
今の私があるのは、間違いなくTechCrunchとEngadgetのおかげなのだ。
しかも、TechCrunchにしても、Engadgetにしても、Gizmodoにしても、元々は個人がはじめたブログが拡張して、メディア的に変わっていったというストーリーが、何よりメディアの素人だった私にとって魅力的だった。
ひょっとしたら自分のブログも、彼らのブログのようにメディア化する未来があるのかもしれない。
そんな妄想を感じながら毎日のように、ブログを更新していたものだ。
TechCrunchを創業したマイケルアーリントンや、EngadgetなどのブログをたばねたWeblogs,Incのジェイソンカラカニスは、私からしたらロックスターみたいな存在だった。
その後、日本にジェイソンが来日したときに運良くガッツリ話せたのは本当に良い思い出。
(当時はろくに写真を撮ってなかったので、自分のブログに記事を書いてないのは後悔でしかない)
アリエル・ネットワークのサービスを何とかTechCrunchに取り上げてもらえないかと模索し、TechCrunchに広告メニューを問いあわせて、その金額にビックリして断念した記憶もある。
私がステマと戦うポジションを取るきっかけになったのも。
TechCrunchがPayPerPostを強い口調で批判していたり、ジェイソンカラカニスがPayPerPostのCEOとバトってるのを見て、PayPerPostのようなステマがブログにとっていかに深刻な問題になり得るかというのを痛感できたから。
今はEngadgetもネイティブアドの流れでタイアップ企画を実施するようになったが、創業当初のEngadgetには、記事広告どころか、レビューのための商品も受け取らない、発表会の交通費も受け取らない、という厳しいポリシーが読者向けに明示されていたのも印象的だった。
そういう話にいち早く触れることができなければ、当時メディアのことを何も知らなかった自分は、知らずにステマに関与してしまっていたかもしれない。
今の私があるのは、間違いなくTechCrunchとEngadgetのおかげなのだ。
アジャイルメディア・ネットワークが設立される背景にあったのも、米国でFederated Media Publishingなどのブログネットワーク企業が、TechCrunchやEngadgetなどのブログメディアの広告枠を販売することで急成長しているというニュースがあったから。
アジャイルメディア・ネットワークのビジネスモデルは、最初はFederated Media PublishingやWeblogs,Incのコピーだった。
個人的にはいつかネタフルが日本のEngadgetになったり、百式の田口さんが日本のTechCrunchになったりするのをサポートする未来を妄想していたのを覚えている。
ただ、当時米国においてはブログメディアは大きな金額が動くメディアビジネスとして成立していたが、日本においては芸能人ブログの躍進もあり1度定着した「ブログ=日記」というイメージはなかなか覆せず、日本のブログメディアはどこも低い広告単価に悩まされていた。
その状況が、その後のWELQ騒動などのコピペメディア量産の温床になったのは皆さんご存じの通り。
アジャイルメディア・ネットワークでも、結局ブログの広告モデルはうまくいかずに、ソーシャルメディアマーケティング事業に舵を切ることになる。
(もちろん、私以外の人が経営者なら上手くいったかもという思いは今も消えてない)
せっかくTechCrunchやEngadgetの広告枠を取り扱わせてもらったり、AMNのブロガーの記事をEngadgetに転載する取り組みを模索したりもしたが、全く上手くいかなかったのは本当に後悔しかない。
ただ、そんな日本の環境下でもTechCrunchやEngadgetが質の高い翻訳記事を維持できていたのは、実はメディアが軌道に乗るまで、中の人達がほぼボランティアに近い形で働いていてくれたからだ。
実際の金額は知らないが、TechCrunchもEngadgetもGizmodoも、特に最初の頃は、名のある翻訳家の方や、腕の立つライターの方々が、ビックリするほど安い単価や、時には無償の奉仕で記事の翻訳を担当していた。
それぐらい、TechCrunchやEngadgetの記事を翻訳できるというのはワクワクすることだったのだ。
ちなみに、Gizmodo Japanにいちるさんが「ゲスト編集長」という肩書きで就任していたのも、フルタイムの編集長を雇用するのが難しいという面もあったと聞いている。
(めっちゃ懐かしいインタビュー動画が出てきたのでコピペ。当時私が、こういうインタビュー動画に挑戦してたのも、TechCrunchとかロバートスコーブルとか海外のブロガーの影響だった。)
実は私自身、TechCrunchに何本か記事を無償で寄稿させてもらったことがある。
当初は自分なんかの記事がTechCrunchに載って良いのかという不安も大きかったが、TechCrunchに日本ならではの記事を増やしたいという編集部の理念に個人的にも共感していたし。
なにより、自分の記事が日本版とは言えTechCrunchのロゴの下に掲載されるというのが夢のような体験だったから。
その時の経験があるから、今になってYahooニュース個人のような場所でも、記事を寄稿させてもらえてるのだと思う。
(ちなみに、当時の記事で日本にはmixiがあるからFacebookの日本普及は難しいとか偉そうに書いていたのは、今となっては良い思い出。でも、当時はみんな言ってましたよね。)
私がアジャイルメディア・ネットワークで社長をやってたときに、本業そっちのけでウェブサービスのプレゼン大会の「WISH」を主催したのは、TechCrunchが主催していたスタートアップイベントに憧れていたから。
今となっては信じられないかもしれないけど、2010年当時の日本にはスタートアップのピッチイベントはまだほとんどなかった。
その根っこは間違いなくTechCrunchにある。
しかも、私と同じような経験をしている人は日本にたくさんいる。
日本のスタートアップメディアの良心と言えるBRIDGEを運営する平野さんは、TechCrunch日本版の火をつないだコアメンバーの一人だし。
この平野さんのインタビュー記事を書いた当時TechCrunch副編集長だった岩本さんは、その後ダイヤモンドでスタートアップメディアのダイヤモンドシグナルを立ち上げている。
TechCrunchの初期の翻訳チームの一人だった滑川さんが翻訳した本の一覧を見てくれれば、起業を志す人なら必ず影響されたと言う本が並んでいる。
ページビューが稼ぎにくいブレイク前のスタートアップの記事を取り上げる、という挑戦をする文化を作り上げたのは間違いなくTechCrunchだったし、そのTechCrunchの文化を学んだ出身者が今もスタートアップコミュニティを支えているのだ。
今の私たちがあるのは、間違いなくTechCrunchとEngadgetのおかげなのだ。
今回のTechCrunchとEngadget日本版の終了は、おそらくは米国Yahooのメディアビジネスを管轄しているアポロ本社が、メディア運営は米国本国の事業に集中するという決断をすることにしたからだろう。
日本チームは12月にTechCrunch Tokyo 2021というイベントを開催したばかりだし、記事を見る限り、おそらくこの時には日本チームには日本版が終了することは伝えられていなかったように見える。
本社でトップの方針が変わるなりなんなりが、急にあったのかもしれない。
なかの人たちの衝撃を考えると本当に心が痛い。
ただ、実際問題、日本のヤフーも、ヨーロッパからのアクセスは遮断するという非常にドライな判断をしたわけで。
自動翻訳が進化している今の状況を考えると、メディアビジネスをわざわざ現地にチームをつくって翻訳までしてやるというメリットを米国本社の人は感じられないはず。
そういう意味では、今回の決断は仕方ないし。
ビジネス的には当然の判断と言うべきなのかもしれない。
でも、くどいようだが是非皆さんに知っておいて欲しいのは、今の私があるのは、間違いなくTechCrunchとEngadgetのおかげだし。
私が設立に関わったアジャイルメディア・ネットワークや、WOMマーケティング協議会も、間違いなくTechCrunchとEngadgetのおかげで生まれていると言うこと。
当然、TechCrunchとEngadgetは、私以外の多くの日本のブロガーやネットメディアにも大きな影響を与えていたはずだということ。
私がアジャイルメディア・ネットワークを退任してからnoteにお世話になることにしたのも、noteなら個人がメディア化するのをサポートするというTechCrunchやEngadgetを初めて目にしたときに感じた新しいうねりをもう一度感じることができるかもしれないと思ったからだと考えると。
ある意味、私は今もまだTechCrunchやEngadgetに初めて遭遇したときの興奮の延長線上にいるのかもしれない。
それぐらい、TechCrunchやEngadgetは私にとってのヒーローだったのだ。
なお、今回のニュースで何より悲しいのは、おそらく今回の判断によって、TechCrunchとEngadget日本語版の記事というアーカイブが、ネット上から消えてしまう可能性が非常に高いということだ。
私が執筆したTechCrunchのコラムなんかはどうでも良いが。
私に影響を与えてくれたPayPerPostの一連の記事とか。
当時の雰囲気を生々しく伝えてくれているシリコンバレー情報の記事とか。
昔、Engadetにいた鷹木さんに呼んでもらってEngadgetのオフィスで、W杯のコートジボワール戦を観戦したタイアップ記事とか。
(もう消えてた)
日本の翻訳陣が、見事に日本人向けに翻訳してくれた翻訳記事や、日本チームの独自記事が、インターネット上の歴史としてのアーカイブが全部消えてしまうことになるのだ。
もちろん本家の英語版は引き続き更新されるから、英語で見れば良いという議論もあると思うが、やはりネットの足跡が消えるのは歴史が消えるようで本当に悲しい。
5月1日までに、どこかがアーカイブだけでも引き取ってくれることを期待したいが、原文の権利を保持する米国本社が健在なのを考えると、多分難しいだろう。
このままだとTechCrunchやEngadgetが、日本のインターネットやスタートアップの歴史に大きな影響を与えた事実も消えてしまいそうで怖い。
でも、どうか皆さんは忘れないで欲しい。
日本のブログ界やスタートアップ界の一角の歴史は、間違いなくTechCrunchとEngadgetのおかげで作り上げられてきた。
少なくとも私の人生は、TechCrunchとEngadgetのおかげで今があると断言できるし、そう感じている人は他にもたくさんいるはず。
そのために、無駄に長い長文を、TechCrunchとEngadet日本語版に携わった全ての人への感謝の記念と記録として、ここに刻ませて欲しい。
本当にありがとうございました。
追伸:
Engadget側の逸話が少ないのは、私がガジェッターじゃないので許してください。
そっちは語れる人が私以外にたくさんいるはず。
追伸2:
書いてる人たちの記事を発見したのでリンクしておきます。