日本のネット広告業界は、ネット上の誇大広告や差別的広告を減らすことができるか
今週、日本のネット広告業界で1つのニュースがちょっとした話題になりました。
国内最大級のネイティブ広告ネットワークを運営するpopInというネット広告配信事業者が、5月25日から広告の配信基準を引き上げ誇大広告や差別的広告の配信を停止すると発表したのです。
一般の方からすると、popInという企業が広告配信をしていることもあまり知らなければ、このニュースにどういう意味があるのか分からないという方も多いでしょう。
ただ、いろんなニュースサイトを閲覧していて、関連記事の欄に大袈裟な表現の広告や、眉をひそめたくなるような広告を見たことがあるという方や、記事だと思ってクリックしたら驚くような商品の販売サイトに行ってしまったという経験がある方は、少なくないはず。
今回のニュースは、その状況が変わるかもしれないという、実は大事なニュースなのです。
2017年から続くネット広告の信頼問題
ネット広告の信頼の問題は、世界的には実は2017年に大きく注目されたニュースです。
2017年1月にP&Gのマーク・プリチャード氏が、ネット広告を中心としたメディア業界の不正を問題提起するプレゼンテーションを行い、多いに話題になったことを起点として、Googleに対する広告主の広告出稿ボイコット問題や、インスタグラム上のステマ問題など、さまざまなネット広告に関する議論が紛糾。
業界を挙げた様々な健全化の動きがはじまった年でもあります。
その流れは当然日本のネット広告業界にも波及し、広告は嫌われものという議論が盛り上がったり、ステマに関するガイドラインの改定が行われたりしました。
ただ、日本では、当時まだネット広告が米国ほど広告市場の主流ではなかったこともあり、それほど広告主の間でも議論が盛り上がらず、翌年2018年には漫画村への大手企業の広告出稿が続いていたことが問題になるなど、ネット広告業界の倫理基準が指摘される出来事は継続します。
ユーザーの間でもネット広告への嫌悪感が明確に
そうした結果もあり、2019年に日本のインターネット広告企業の団体である日本インタラクティブ広告協会が調査をした結果では、ネット広告への嫌悪感がテレビや新聞の倍以上になる状況も続いてしまいました。
さらに、2020年には「体毛や体型などに関する卑下の広告、やめませんか?」という署名キャンペーンが半年足らずで3万人以上の賛同をあつめて話題になるなど、ネット広告をめぐる議論はくすぶりつづけているのです。
一方でネット広告の市場規模は日本でも順調に拡大、2020年に発表された日本の広告費では、ついにネット広告がテレビ広告市場を逆転。
その後コロナ禍の影響もあり、ネット広告と他の広告市場の差はさらに開く結果となり、広告主によっては、テレビCMの費用をネット広告に切り替える企業も出てきており、ネット広告の存在感は大きく増してきています。
その過程で、とくに業界の有識者によく指摘される議論としていて残っていたのが、大手メディアですら不適切な広告が頻繁に表示される現状が継続していて良いのかという問題でした。
2年前に変われなかった日本のネット広告
今回のpopInの発表は、そんな日本のネット広告の現状に一石を投じる発表と言えます。
実は、日本のネット広告事業社の間で、こうした健全化の取り組みの議論が始まったのは最近のことではありません。
Yahoo! JAPANは、2018年10月の段階でアドフラウドへの対策強化を宣言し、さらに2019年5月には広告品質のスタンダード策定を発表。
その結果2019年度は「ユーザーに不快感を与えるような表現」の広告をはじめとして、約2億3千万件の広告素材を非承認にしたと発表しています。
実はこうしたYahoo! JAPANの取り組みと同じようなタイミングで、2019年7月には今回対策を発表したpopInや、業界大手のサイバーエージェントやログリーをはじめとする9社がネット広告の健全化に向け、フェイク広告やコンプライアンス違反広告を根絶するために連携して対応策を検討していくことを発表していました。
ただ、業界関係者によると、この検討は議論の途中で、数社が合意に至らなかったことで物別れに終わり、結果的に業界横断での対策が打たれないまま2年近い月日が流れる結果になっていたようです。
popInの一歩はネット広告業界全体を動かすか
今回popInが、なぜこのタイミングで健全化への一歩を進めることになったのか、取締役の西舘さんがご自身のnoteで複雑な思いを吐露されています。
popInは現在ネット広告配信事業だけでなく、IOT家電のpopInAladdinなど、子どもも使うコンシューマー向けの事業も手掛けていますから、同じブランドを冠したpopInの広告枠に対するクレームに対して、より真剣に向き合う必要があるという面はあったのかもしれません。
西舘さんの記事にも書かれているように、ネット広告の議論が難しいのは、主にネット広告の最適化が「広告主」「メディア」「ネット広告の配信事業者」の3社の都合で実施されることで、「読者」の目線が蚊帳の外におかれてしまいがちなことです。
私も昔、「最終的に成果が出れば、自分達の広告がどんな場所にどう掲載されてても構わないんだよね。成果報酬だし。」という広告主の方の発言を聞いてショックを受けたことがあります。
広告主がこうした姿勢を取る限り、実は自社のプラットフォームの広告掲載基準を厳しくすると、結局広告主が他のプラットフォームに奪われてしまうだけで、自分達が損するだけになる、というのが、おそらく9社のネット広告事業社が健全化に合意できずに2年が経ってしまった要因の1つと言えるでしょう。
実際に、業界団体に所属する事業者だけが健全化をしても、結局は業界団体に所属していないところが問題を起こすため、国による規制は必須だという議論もあるようです。
ただ、そうしたあきらめと、自社の成果だけをネット広告に求める姿勢が、結果的に不適切なネット広告の蔓延を放置し、読者からのネット広告全体の信頼を下げている結果になっているとも言えます。
今回、popInは、第三者広告審査機構との提携を行って精度の高い審査体制の構築を実現すると宣言している上、不適切な広告に関する申告フォームを開設することも発表しています。
西舘さんの記事からも読み取れるように、今回のpopInの発表はポーズではなく、本気で健全化に取り組む姿勢のようです。
popIn以外のネット広告事業社が、今回のpopInの行動を受けてどのように行動するのかは分かりませんが、今回の一歩が日本のネット広告業界にとっての大きな一歩であったと振り返ることが出来ることを期待したいと思います。
この記事は2021年5月22日Yahooニュース個人寄稿記事の全文転載です。