見出し画像

100日後に死ぬワニの「奇跡」から、あらためて考えるべき平凡な1日の重み

先週金曜日に最終回を迎えたマンガ「100日後に死ぬワニ」が、連載最終日に大きな話題を巻き起こしてから、1週間が経ちました。

すでにご存じの方も多いと思いますが、「100日後に死ぬワニ」は昨年からツイッター上で100日間かけて連載されていた4コママンガで、日を追うにつれ非常に多くの人の注目を集めるようになった企画でした。

本来は、そこで終われば、ネット発の新たなコンテンツの可能性という成功話で終われるところが。
最終回直後に、立て続けに公開された商業的な取り組みの数々が、ツイッター上を中心に疑問や批判を生み、それが雪だるま式に疑惑を呼んで炎上状態になり、ネットメディアを中心に炎上の経緯への批判的な論調の議論が今も続いています。

今回の出来事については、私も経緯を見ながら少しガッカリしてしまったのは正直なところでした。

ただ、その後の釈明中継での発言や、いろんな記録をさかのぼってみると、ワニ騒動の裏側にあるのは、実は陰謀や壮大な仕込みとはほど遠い、関係者の純粋さや真面目さだった可能性が見えてきます。

今こんなことを書くと、「100日後に死ぬワニ」を批判している方から、私も批判対象になってしまうかもしれませんが、まずは過去の経緯を紐解いてみましょう。

マンガの公開から現在までの107日の経緯


■12月12日 きくちゆうきさんが、ツイッター上に「100日後に死ぬワニ」と1話目のマンガを投稿。
 当時のきくちさんのフォロワー数は1万程度と、それほど多くはなかったようで、最初の頃は投稿へのコメントに一つ一つ丁寧に返答されているのが今も残っています。


■12月13日 初日のツイートが1000リツイート超え。


■12月14日 初日のツイートが1万リツイート超え。 質問が多く対応できなくなったのか、「漫画内で察して欲しい」と投稿する流れに。


■12月25日頃 ベイシカの中尾社長が、尊敬するイラストレーターの人に「100日後に死ぬワニ」の話を聞き紹介してもらう。
(ライブ中継の発言より) 

■12月27日 NHK ねほりんぱほりんが、パロディマンガをアップし話題に。


■12月29日 ねとらぼで、「100日後に死ぬワニ」のまとめ記事の転載が開始。


■12月29日 きくちさんとベイシカの中尾社長が会い、グッズ制作を合意した模様。(ライブ中継の発言より)

■1月7日 グッズ制作開始。(ライブ中継の発言より)

■1月16日 きくちさんとベイシカが「100日後に死ぬワニ」を商標登録出願。


■2月5日 「100日後に死ぬワニ」のLINEスタンプが公開。


■2月中旬 いきものがかりの水野さんに仲間から「100日後に死ぬワニ」のコラボ企画が持ち込まれる。(ライブ中継の発言より)

■2月中旬 きくちさんと水野さんが打ち合わせ。曲作りが開始。(ライブ中継の発言より) 
※おそらくこのツイートの頃と思われる。


■3月20日朝 最終公開直前の朝にきくちさんがスッキリに生出演。 並行して、きくちさんのツイッターフォロワーが190万人を突破。


■3月20日19時20分 「100日後に死ぬワニ」最終回が公開。


■3月20日19時~20時
 最後の回の解釈についての議論がツイッター上で激しく交わされる。
 ワニ関連の言葉が複数ツイッターのトレンド入りし、「ワニくん」は世界1位に。

■3月20日20時00分 YouTubeのいきものがかりアカウントにコラボムービー「生きる」が公開。

■3月20日20時46分 100日後に死ぬワニ公式アカウントが始動し、書籍化や映画化、楽天とロフトのコラボ企画等を連投開始。 グッズの数が非常に多いことや、商業展開が異常に早いことが物議を醸し始める。


■3月20日21時40分 公式アカウント運用会社のベイシカの取引先に電通東日本、コラボムービーに電通PRの社員が名をつらねていることを指摘したツイートが話題に。

■3月21日午前 「電通案件」というキーワードが、ツイッターのトレンドいり。

■3月21日12時20分 いきものがかり水野さんのツイッターアカウントで、水野さんときくちさんの経緯説明のライブ中継が実施。 電通はほとんど関係していないことを説明。

■3月22日 きくちさんが、騒動を振り返っての思いをツイッターに投稿。


陰謀論については、当事者も否定し各種メディアも検証済み

改めて並べてみると、100日の間にだんだんと話題になっていくプロセスを感じて頂けるのではないかと思います。

また、本来炎上騒動としては、3月22日のきくちさんの投稿をもって一段落だと思いますし、数々の陰謀論については、御本人達も明確に否定されており、すでに各種メディアでも検証されています。

時系列を振り返っていただくと分かりますが、今回「100日後に死ぬワニ」の商標登録申請は連載開始から1ヶ月以上経ってから、ようやく実施されています。これが連載開始前からの壮大な計画だったのであれば、商標登録は当然開始前なり開始直後に実施するはずです。

また、連載開始時のきくちさんのツイッターのフォロワー数は1万程度だったそうです。


また最初の投稿も2日目の段階では、1000リツイートとそれほど多かったわけではありません。
今でこそ、きくちさんのフォロワー数は219万と200倍以上になってますが、12月の段階で、今回のワニの企画が、世界のトレンド入りするレベルの話題になることを予想できた人は、誰もいなかったでしょう。  

偶然のつながりが奇跡的に連鎖してムービーが完成

おそらくは最初の投稿が2日で1万リツイートという話題を呼ぶ展開になってツイッター界隈で話題になり。
早い段階できくちさんとベイシカさんの出会いがあり。
それがいきものがかりの水野さんにもつながり。

本来だったらあり得ないスピード感で関係者が動いた結果、水野さんや関係者からすると「奇跡」のように感じられる流れで、グッズやコラボムービーが最終日に間に合ったということなのだと思います。


実際、いきものがかりの水野さんに企画が持ち込まれてから、1ヶ月程度で新曲とコラボムービーが完成する、というのは普通に考えたらありえないスケジュール感。

その完成度の高さからも、1ヶ月を信じられない人が多くいるのは理解できますし。それが結果的に陰謀論や事前から仕込まれていたという印象を助長する結果になってしまったのは、実に皮肉な結果と言えます。

本来であれば「100日後に死ぬワニ」は、1人のマンガ家の思いから始まった企画が、たった100日で、少なくとも200万人以上の人の心を動かし、1億回以上投稿が表示される結果となる、という文字通りの「奇跡」として私たちの記憶に残るべき出来事だったのです。

奇跡的に連鎖し、重なってしまった炎上の火種

ただ、残念なことに、今回の「100日後に死ぬワニ」では、せっかくの話題が最高潮に盛り上がったタイミングで、疑惑や陰謀論も同時多発的に大きな話題になった結果、良い意味での奇跡の話題は一瞬にして吹き飛んでしまいました。
ツイッター上でも、未だに陰謀論の方を信じている方の発言が散見されます。

何しろ、今回の騒動では、きくちさんと水野さん達との出会いが「奇跡」的につながったのと同様に、炎上や陰謀論のタネも、惑星直列のように「奇跡」的につながってしまっているのです。

今回の一連の騒動で作者や関係者を批判する側にまわった人は、いくつかのグループに分けられます。

■1.電通案件というキーワードに反応したアンチ電通な人たち

今回最初の大きな発火点になったのは、公式アカウント運用会社のベイシカの取引先に電通東日本、コラボムービーに電通PRの社員が名をつらねていることを指摘したツイートだったと思われます。
電通は、その日本における存在感や影響力の大きさから、昔からネット民からは陰謀論の主役として取り上げられがちな会社です。

今回、「電通案件」というキーワードが注目され、その負のエネルギーが一気に集まってしまって、ツイッターのトレンド入りしたのが象徴的でしょう。(私自身、1年だけですが電通総研のフェローをさせていただいたことがあり、その立場で陰謀論を否定すれば、火に油を注ぐ可能性が怖くなるのも事実です。)

実際には、今回の「100日後に死ぬワニ」では、あくまでコラボムービー制作に水野さんから声をかけられた電通グループ社員が何名か関わっただけのようですが、この1のグループの人たちは、まだ電通の初期からの関与を疑っている方が多いようです。


■2.嫌儲と呼ばれるような広告、宣伝行為が嫌いな人たち

炎上ネタの追加エンジンのように機能してしまったのが、「ステマ」というキーワードです。小学館の書籍の発売情報が最終回の前日に書籍情報サイトに公開された後には「小学館のステマ」説が出ていたようですし。

電通案件というキーワードが炎上した結果、きくちさんや周辺に関する身辺調査がネット上で過熱。
ランサーズのクラウドソーシングにまとめ記事の依頼が投稿されていたことやディズニーのステマ案件で炎上したマンガ家のパーティーに参加している写真が出てきたこと、またその際に炎上したマンガ家がきくちさんを擁護したことなども、このグループからの批判の火に油を注ぐ結果になっていました。

結果的にランサーズの記事依頼は、全く関係ないトレンドブログ運営者のもののようで、今回の関係者は本来の意味での「ステマ」は全くしておらず、普通に宣伝をしていただけと見られますが、1のネタと重なってステマ疑惑が事実かのように拡散してしまっていました。

 
■3.「100日後に死ぬワニ」のような企画を斜めに見ていた人たち

このグループの人たちは、別に積極的に炎上には参加していないのですが、結果的に批判の話題量を増やすのに貢献しています。
自分がフォローしている人や友達が、100日後に死ぬワニの話題を話しているのを横目に見つつ、自分はあまり積極的にはみていなかった人たちが、炎上の記事だけを目にして「自分は興味なかったから見てなかったんだけど、やっぱり訳ありだったんだ」とネガティブな話だけを信じてしまうパターンが、私の周辺でもかなり散見されました。

■4.企画や編集、広告やPRのプロの人たち

今回の騒動で論理的に批判しているケースで最も手厳しいのは、このグループだと思います。
「死をテーマにした作品にもかかわらず、主人公のワニが亡くなる当日に宣伝をはじめるなんて非常識」や「せめて情報を連載しながら公開するとかできなかったのか」とあきれたり残念がっているケースが多いようです。

正直、私自身は自分が同じ立場だったら同じ過ちを避けられたか自信はないですが、プロの視点からは今回のやりかたは明らかに稚拙に見えるという議論は、私の周辺でも多数展開されていました。 

 ■5.純粋にコンテンツを楽しんでいたのに騙されたと感じたファンの人たち

当然ながら今回の炎上が大きなものになってしまったのは、陰謀論やステマ疑惑のデマだけでなく、最終的に200万人を超える数で膨らんだワニのコンテンツをフォローして毎日読んでいたファンの人達も、多かれ少なかれ「騙された」とか「裏切られた」と感じる結果になってしまった点でしょう。

何と言っても、もっとも「死」というテーマの作品の余韻を噛みしめたいタイミングで、宣伝の連投をされるというのはファンにとっては裏切りに見えても仕方ない行為でした。
このグループの方々の中には、きくちさんのライブ中継や投稿を見て納得されている方も多くいると思いますが、1~4のグループの批判を見るにつけ、肩身が狭い思いをされている方も少なくないはずです。

今回の騒動では、金儲け文脈で炎上していると思って「漫画作者が漫画で収益をあげて何が悪い」という擁護の投稿をしている人に、別の角度から反論のコメントがつく、という議論の錯綜がそこかしこで見られました。

上記のように複数の炎上要因や、複数の議論の軸があると、炎上後の議論が輻輳して議論自体が長続きしてしまいます。
それが、今でも「100日後に死ぬワニ」に批判的な記事が、メディアに掲載され続ける要因の1つになっているように思います。


「100日後に死ぬワニ」に込められた思いの重さ

私自身も、今回の騒動の過程では、上記の2のグループ的なステマの誤解もしそうになりましたし、4のグループ的に、なんでせめて翌日まで待てなかったんだ、と強く感じたのは事実です。
また、釈明のライブ中継を見るまで、5のグループ同様、自分も騙されたと正直思ってしまっていました。

ただ、私の考えはきくちさんと水野さんの釈明のライブ中継を見て大きく変わります。

中継を見る限り、きくちさんが、「100日後に死ぬワニ」という作品を1人ではじめたのは間違いないと思います。

なぜなら、この作品はあきらかに、きくちさんが20代の時の友人に捧げる作品だったからです。

ライブ中継で、きくちさんが、作品に込めた思いを聞かれ声を詰まらせる時間があります。

これは私の勝手な想像ですが、あの瞬間のきくちさんの涙は、明らかに炎上して悲しいという涙ではなく、亡くなった友人に捧げた作品が、あらぬ誤解を受けてその誤解を解けずにいることへの、悔しさとも友人への申し訳なさとも、なんとも表現のしにくい感情から出たものだと受け止めました。

若くして親しい友人を亡くすという経験は、非常に重い経験です。


私自身も、きくちさんほど近しい友人の経験ではありませんが。
小学生の時に親しい友人の弟が、地下道の入り口のトンネルの上から落下して亡くなるという出来事を経験しています。

実は、事故当日、私は弟と一緒にその地下道の別の入り口を事故の前後に往復で通っていました。
しかも帰り道に、道ばたで近所のおばさんに「地下道で事故があったみたいなんだけど、その子どこの子か知ってる?」と聞かれたのです。

私は、まさかその子が知り合いだとは露知らず、「知らない」と、よく確認もせずに家に帰ってしまったのです。

葬儀の時、その子が事故に遭ったときに、誰もまわりの子どもがその子の親の連絡先を伝えられず、親の到着が遅れたことで治療の対応が遅れたらしい、という噂を耳にしました。それが本当かどうかは分かりません。

でも私は、
 もし自分がおばさんの話に耳を傾け道を戻っていたら
 もし自分が事故現場に行ってその子の親に連絡することができていたら
 もし自分が地下道の反対側の入り口を通って、その子に危ないよと声をかけられていたら

 この事故は防げたのではないか?
 少なくとも死は免れたのではないか?
 この「死」は自分の責任なのではないか?

という答えのない問いから逃れることが、しばらくできませんでした。

きくちさんが20歳の時に交通事故死した友人に対して、似たような思いを抱き続けていたのは想像に難くありません。

「100日後に死ぬワニ」というマンガにおいて、100日後に死ぬワニは亡くなった友人であり、そのワニの友人のネズミは、きくちさん本人のはず。今回の作品は、きくちさんが抱き続けていた友人に対する複雑な感情に、1つの句読点を打つための試みだったはずなのです。

なぜ命日に全てを重ねてしまったのか

そう考えると、なぜ今回、ベイシカや水野さんをはじめとする関係者の人たちが、命日となる100日目に全てのキャンペーンをぶつけてしまったのかは、想像ができなくはありません。

おそらく、関係者の多くは、ワニが100日後に亡くなるから、ワニが亡くなるまでに「間に合わせなければいけない」と考えたのではないでしょうか。

そう思うと、水野さんが、普通だったらありえないぐらいのスピード感で曲作りをした理由も良く分かります。自分が同じ立場だったら同じ努力をしただろうと思います。

今回の「100日後に死ぬワニ」が「死」という非常に重いテーマにもかかわらず、死ぬはずのワニが日々明るく過ごしているのを見て、勘の良い方は、きくちさんがどういう思いでこの作品を書きはじめ、この作品がどこに向かっているのかは、うっすらと気づくことができたはずです。

この作品は「生きることの裏には死がある」というきくちさんの「死生観」の詰まった作品でした。

 関係者の方々の多くは、このプロジェクトを100日間で「終わる」プロジェクト、と捉えたのでしょう。
おそらく3月20日の最後の日までに間に合わせなければ、と100日目を「締切り」と考えてしまった可能性を強く感じます。

皆さんも親しい友人が亡くなる日がもし分かっていて、それまでに友人のために何かできるとしたら、同じ努力をしてしまうのではないでしょうか。


一方で、後知恵で考えれば、書籍や映画の話をマンガの連載中に小出しに情報開示していくという手もあったとは思います。

ただ、このマンガの連載の過程で、きくちさんは多くを語らないという選択をされたようで、1月14日以降マンガ以外のツイートをほぼ停止されていますから、関係者としてもその選択を取れない構造になっていたと思われます。


結果的に、100日後に死ぬワニは、公式アカウントの開設も、書籍や映画の告知も、グッズの販売も、何もかも同日に公開するという選択をせざるをえないと考えてしまったのでしょう。  

平凡な1日の不足が生んでしまった悲劇

ただ、残念ながら最終回の公開後、きくちさんの自分なりの答えを考えて欲しい、という思いがこもった作品を投げかけられたファンには、そのメッセージを受け止め、悩み、別れの余韻に浸る時間が明らかに必要でした。

1日でもその時間があれば、結果は全く違ったものになっていたでしょう。

平凡な1日の大事さを説く作品が、たった1日の平凡な時間を持てずに炎上したというのは、ある意味、象徴的な話と考えるべきなのかもしれません。

きくちさんは、最終回を関係者の誰にも見せていなかったそうですから、ひょっとしたらグッズ側の制作者は、最終回もそれまで同様明るいマンガになると誤解していた人もいたかもしれません。
それが例えば、一部のファンには納得できない、明るいデザインの追悼ショップにつながっている気がします。


もしくは、あまりに100日に間に合わせるのに一生懸命になりすぎて、関係者にとってワニの死が現在進行形の話ではなく、過去の既成事実になってしまっていた可能性もあるかもしれません。

いずれにしても真実は関係者の方々にしかわかりませんが、関係者の中に冷静なファン目線の人が一人いれば、1日だけでも待つことができた可能性はありますから、もったいなく感じるのは事実です。


そういう意味で興味深いのは、きくちさんが少しぐらい関係者のせいにして言い訳しても良さそうなところを、一言も関係者の悪口を言っていないところです。

おそらく、きくちさん御本人からすると、マンガが話題になってから、山のように来た無責任な話の中で、数少ない信頼に足ると自分が判断した人が、ベイシカの方々であり、いきものがかりの水野さんだったということなのでしょう。


だから、今回の「100日後に死ぬワニ」がこれだけ誤解が残る展開になっても、関係者を一言も責めることなく。自分なりに見極め、信じた結果だから、誤解による批判も、根拠なき非難も、言い訳1つせずに、すべて自分の責任として受け入れるという趣旨の投稿をされているのだと思われます。


その決断ができる背景の1つとして、友人に捧げる作品を、これ以上余計な炎上で汚したくないという思いが滲み出ているように感じてしまうのは私だけではないはず。

きくちさんのツイッターアカウントはこの投稿を最後に、喪に服すかのように無言のままだったのです。  

「100日後に死ぬワニ」を失敗事例として歴史に残してはいけない

そう考えると、ここで唯一、個人的に残念だなと感じるのは、今回の騒動が、炎上による「失敗」という形で多くのメディアに書かれてしまっていることです。

最後の最後に、関係者の頑張りすぎた努力により、奇跡的に残念な陰謀論の連鎖が起きてしまい、大炎上する結果にはなったかもしれませんが。
「100日後に死ぬワニ」は、大勢の人がそのストーリーに心を動かされ、1万人ほどのフォロワーが200万人以上に激増し、ツイッターの世界トレンド入りした大成功事例です。

ビジネスとしての成功は、これからの書籍や映画の売れ行き次第だとは思いますが。


少なくとも、きくちさんの友人への思いが詰まった「100日後に死ぬワニ」という作品は、日本中の多くの人たちの心を揺さぶることができました。

思わぬ形で大きな話題になった作品が、思わぬ形で炎上騒動に巻き込まれることは「100日後に死ぬワニ」だけの話ではありません。

インディー映画から奇跡的な大ヒットになった映画「カメラを止めるな!」も、快進撃の途中で著作権侵害疑惑に見舞われました。
ただ、カメラを止めるな!は、上田監督をはじめとした関係者が、言葉を尽くして対応したことで炎上を乗り越え、見事に日本映画業界の奇跡として日本アカデミー賞にその名を刻むことができています。


「100日後に死ぬワニ」も、今はあまりの炎上騒動の大きさに、関係者の皆さんはきくちさん同様、もはや無駄な反論はしない、何も言わない、という選択をされているようですが。

個人的にはそれはもったいない行為だとも思います。 

ファンには真実を伝える努力を重ねるべきでは

今回の騒動の経緯については、21日に実施されたライブ中継を見ていただくのが良いと思いますし、動画の視聴数はなんと540万回を現時点で超えているのですが。
動画自体が46分と長いこともあり、ほとんどの人には、きくちさんや水野さんの中継で伝えたかった思いが伝わっていないようにも感じます。


ライブ中継においては、水野さんがきくちさんに気を使い、謝罪会見のようなお通夜の雰囲気にならないように、無理矢理冗談を織り交ぜて明るい雰囲気を作ろうとしていると拝見しました。
また、ライブ中継を実施したメインの趣旨も、誤解によって迷惑をかけている電通さんの陰謀論を否定することに力点が置かれていたように思います。

ただ、関係者の方々が本当に注力すべきは、今回の作品を読み、心動かされ、毎日楽しみについてきたファンの方々が、ガッカリしたり裏切られたと感じている心をほぐすことだと思います。

そもそも、「100日後に死ぬワニ」への反応のほとんどはポジティブやニュートラルなものが中心で、実はネガティブな陰謀論や批判の声を飛ばしている人は、全体から見ればごくごく一部でしかありません。


ツイッターアカウントに届く声には、心ない罵倒や、炎上の火事場好きのクレーマーの聞く耳のない怒号が目立つかもしれませんが、それはごくごく一部の人です。

くどいようですが、関係者の皆さんが、今、耳を傾けるべきはファンの声だと思います。

もちろん、陰謀論を信じてしまった方々には、もはや何を言っても信じてもらえないと感じられているのではないかと思いますが。
ライブ中継で説明されていたことを、もっと多くの方に伝わる形で文章や、ひょっとしたらマンガにして振り返ることで、ファンの方々は自分が裏切られたと感じてしまった思いを、少し薄めることができるのではないかと思います。

ライブ中継でも水野さんは、悪いのはきくちさんではなく自分達だったと明言され、J-Castのインタビュー記事でもベイシカの中尾さんが、わざわざ、きくちさんを擁護する趣旨のコメントを寄せています。


上記のコメントを読んでいると、おそらく中尾さんは自分達がやり過ぎてしまったことで、きくちさんに陰謀の矛先が向けられていることに、少なからぬ後悔は感じられているのだろうと思います。
もし、そうなのであれば、きくちさんを矢面に立たせたまま、後ろから守ろうとするのは逆効果です。
(極端な例ですが、日大アメフト部が壮大な疑惑で注目されていた会見で、会見を打ち切ろうとしていた広報担当の人を思い出して下さい)

ベイシカの中尾さん自身が、ご自身の後悔の思いや葛藤、さらにはきくちさんへの感謝やお詫びの思いを丁寧に重ねて説明される方が、結果的に、きくちさんへの批判を減らすことができると思います。

もちろん、きくちさんが自ら、今回の経緯を題材に漫画にまとめてしまって、あり得ない誤解の連鎖だったと笑い飛ばすという選択肢もあるでしょう。
いずれにしても、もう少しだけ言葉を尽くすだけでも、根本的な誤解のバランスは変えられると感じます。

今だからこそ「100日後に死ぬワニ」の意思が日本に必要

新型ウイルス感染が拡大し、未知の「死」の恐怖が私たちをむしばむ中で、きくちさんの「100日後に死ぬワニ」における「死ぬことを意識すれば今が輝いてみえるはず」というメッセージを受け止め、多くの人たちが救われる思いを日々感じていたのは間違いないと思います。

私自身もそうでした。

オリンピックも延期になり、東京もロックダウンになってしまおうかという映画のような恐怖が押し寄せる今日において。
死を意識すれば、平凡な1日が輝いて見えると「100日後に死ぬワニ」に込められた意思は、今こそ日本に必要です。

陰謀論の連鎖によって、その作品の輝きに傷が残ってしまうのは非常にもったいないことだと思いますし。
これから、ファンの方々には言葉を尽くして説明することで、疑惑は少しずつ消していくことができるはずです。

関係者の皆さんが、今回の騒動を乗り越えて、この作品の価値をより高めていただくことを信じて、無駄に長くなってしまった記事の筆を置かせていただきます。
ここまでお読みいただいた奇特な方々、本当にありがとうございました。

最後に、1月に実施されたきくちさんのインタビューにおけるコメントを、転載させていただきます。

「終わりを意識したら、些細なことでもやさしくなったり、考え方がちょっと変わったりすると思っています。
この作品を通して、そんなきっかけを作れればいいなと思いました。

SNSは、匿名でひどいことを言う人がたまにいますが、SNSの先には人がいるわけで。
仮に自分の友だちに向かってだと考えたら、そんな発言しないのでは? と思う。

そういうことを考えられるようなきっかけを作りたかったんです。」


この記事は2020年3月27日にYahooニュース個人に寄稿した記事の全文転載です。


いいなと思ったら応援しよう!

徳力基彦(tokuriki)
ここまで記事を読んでいただき、ありがとうございます。 このブログはブレストのための公開メモみたいなものですが、何かの参考になりましたら、是非ツイッター等でシェアしていただければ幸いです。