徳永圭

小説を書いています。最新作は2021年6月刊『帝都上野のトリックスタア』(講談社タイガ)。著作一覧はプロフィールをご参照ください。ここではTwitterに書き切れない四方山話や執筆の裏話などをつらつら書けたらと思っています。

徳永圭

小説を書いています。最新作は2021年6月刊『帝都上野のトリックスタア』(講談社タイガ)。著作一覧はプロフィールをご参照ください。ここではTwitterに書き切れない四方山話や執筆の裏話などをつらつら書けたらと思っています。

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  • 『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み

    5/8発売『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』(文春文庫)の試し読みです。 ★★美味しい店がないなら作ればいいじゃない! ビストロ開店奮戦記★★ 会社員の佳恵は、シェフ見習いの青年・健司をスカウトし、念願のビストロを開店するが。難問つづきの日々を無事乗り越えられるのか?

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『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み 8(全8回)

←第1回に戻る ←前回に戻る  おまかせで作るというだけあって、“けーくんスペシャル”が出てくるまでにはしばらくあった。下ごしらえゼロの状態から始めているのだろう。  よほど空腹なのか、マダムはグラスを傾けながらそわそわと身体を揺らしている。そのさまは料理を待つというより、贔屓のアイドルの出待ちか何かのようだった。真っ赤に塗った唇にグラスをつけては、ろくに呑みもせず戻している。  佳恵もはじめこそ、何食わぬ顔で料理が出てくるのを待つことができた。しかしマダム同様身体が揺

    • 『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み 7(全8回)

      ←第1回に戻る ←前回に戻る  アンティーク調のドアを開けると、中は雰囲気の良さそうなオーセンティックバーだった。先客がすでに数組、思い思いに過ごしている。四人掛けのボックス席が壁際に三つ。残りはカウンター席だ。  細長いLの字になったカウンターの、短いほうの辺に佳恵は落ち着くことにする。  スツールに腰かけ、ひと息つくと、「EXI○Eのメンバーにいませんでしたっけ?」という感じの渋いマスターがおしぼりを差し出してくれた。どうも、と受け取ってから、佳恵は真っ先にメニュー

      • 『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み 6(全8回)

        ←第1回に戻る ←前回に戻る  昼休みを迎え、沈んだ気分をどうにかしたくなった佳恵は、久々に本社ビルの隣の研究棟へ行ってみることにした。  三階へ上がると、そこには敷地内唯一の社員食堂がある。中庭を回り込んできたぶん、後れを取ったようで、ブルーの作業着と白衣の社員たちがすでに列を作り始めている。  佳恵はトレーを取って、本日のA定食の列の最後尾についた。配膳カウンターから親子丼と味噌汁を受け取り、長机の窓際寄りに腰を落ち着ける。  大きめに切られた鶏肉には、半熟の黄身

        • 『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み 5(全8回)

          ←第1回に戻る ←前回に戻る  由布子から猛反対を食らった数日後、仕事を終えた佳恵は、田町のひょろ長いビルを見上げていた。  今夜ここで、“失敗しない飲食店開業セミナー・入門編”が開かれるという。  ざっと探してみたところ、この手のセミナーは昼間の開催が大半で、平日の夜に寄れるのはここくらいしか見つからなかった。脱サラを狙ってる人も多そうなのに、とも思うのだけど、ないのだからやむを得ない。 『会場はこちら↓』と書かれた立て看板の横をすり抜け、エレベーターに乗り込む。  

        • 『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み 8(全8回)

        • 『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み 7(全8回)

        • 『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み 6(全8回)

        • 『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み 5(全8回)

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        • 『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み
          8本

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          『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み 4(全8回)

          ←第1回に戻る ←前回に戻る      * * *  日曜日。佳恵はすっかり馴染んだ由布子宅にて、ケーキをつついていた。  東急溝の口駅から由布子一家の住むこのマンションまで、歩いて十五分。高校時代からの友人である彼女が結婚し、娘を産み、ここへ移り住んでからもう三年になる。  今日は手土産を買い忘れてしまったので、駅からの途中にある洋菓子店に立ち寄った。買ったのは彼女が好きそうなイチゴタルトと、自分用のオペラ。それから彼女の娘のひなたには、小ぶりのショートケーキだ。

          『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み 4(全8回)

          『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み 3(全8回)

          ←第1回に戻る ←前回に戻る      * * *  午後十一時半。西田健司は自宅アパートに帰り着くなり、疲労のこびりついた身体をベッドに投げ出した。  ぼふんと音を立て、ワンルームの壁に向き直る。  疲れた……とにかく疲れた……。  もはや頭に回る糖分もないのか、そんな考えしか浮かんでこない。体力的に楽な仕事ではないが、今日はことさら辛かった。  ――あの女性客。  ワイングラスがひとつだめになったうえに、あわや乱闘騒ぎになるところだった。すぐに挑発に乗ってしま

          『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み 3(全8回)

          『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み 2(全8回)

          ←前回に戻る 「……何か?」 「何か、じゃないわよ」  佳恵は開き直って肩をすくめた。「作ったものを粗末にされる悔しさっていうのは、私にもよくわかります。学生のころですけど、飲食店で働いたこともありますしね。でも、それをそのままお客にぶつけるってどうなんですか」  突然割り込んできた女に、シェフは戸惑っている。カップルはもちろん、壁際ではお菊さんまで腰を浮かせている。 「なんなんだ、あんた……。悪いが、ここは俺の店なんでね。何をしようと関係ないだろ」 「でもそのおかげ

          『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み 2(全8回)

          『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み 1(全8回)

          1章 ―― Entrée(アントレ)  ガタン、と軋んだ音がして、身構える間もなく重心を持っていかれた。  一瞬遅れて、背中に別の誰かの重みがのしかかる。とっさに右足を半歩出し、奥歯を噛み締めて踏ん張った。ひとかたまりの乗客が右へ左へ揺さぶられるさまは、まるで棹の寒天がふるえるみたいだ、と意識を逃がすように佳恵は思う。  午後六時過ぎ、乗車率百五十パーセント超えの京王線。  彼女・長谷川佳恵の本日のモチベーションは、今から四時間ほど前にはすでに折れてしまっていた。新卒で

          『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』 試し読み 1(全8回)

          既刊一覧

          ※刊行年月日が新しい順です。 <単行本>★は文庫化済  『カーネーション』(KADOKAWA) ★『XY』(KADOKAWA)  『その名もエスペランサ』(新潮社) ★『片桐酒店の副業』(新潮社)  『をとめ模様、スパイ日和』(産業編集センター) <文庫>  『ボナペティ! 秘密の恋とブイヤベース』(文春文庫)  『帝都上野のトリックスタア』(講談社タイガ)  『ボナペティ! 臆病なシェフと運命のボルシチ』(文春文庫)  『XY』(角川文庫)  『片桐酒店の副業』(角川文

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