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物語が根ざした場所/『島暮らしの記録』/文:編集部 上村 令

 この原稿を書いているのは8月9日、作者の誕生日にちなんで「ムーミンの日」とされている日です。ムーミンのキャラクターには、グッズやアニメを通して親しみがある方が多いと思いますが、作者であるスウェーデン系のフィンランド人、トーベ・ヤンソンについては、案外知られていないのではないでしょうか。

 トーベは1914年に生まれ、45年からムーミンの物語やコミックスを発表していました。『島暮らしの記録』は、50歳になる64年に、クルーヴハルという孤島に小さな家を建て始め、92年に、島で暮らすには年を取りすぎたと悟り、そこを去るまでを、トーベ自身や、建築を担ったブルンストレムという男性の日誌、さらに、トーベの同性のパートナーであるアーティスト、トゥーリッキ・ピエティラ(ムーミンの物語に登場するトゥーティッキ/おしゃまさんのモデル)による、島やまわりの海の絵をまじえて描き出した、ノンフィクションです。

 子どもの頃から「灯台守になりたい」と思っていたトーベは、自分たちだけの島を探すと決めたとき、まずは目当ての灯台のある岩礁に住みたいと願いますが、漁業組合から「鮭が(または鱈が)肝を潰す」という理由で断られてしまいます。クルーヴハルを見つけ、家を建てられることになったとき、出会ったのが「風雪に耐えた厳しい顔に青い眼で、動きはすばやいが落ちつきがあり、日常的な会話では形容詞を使わない」ブルンストレムでした。「わたしたちは彼を信用した、文句なくすぐに」。ブルンストレムは、建築の実務を担う腕はあるものの、「突拍子もないことを思いつき、一日ふいと姿を消す。野生の薔薇を堀りだす。奇妙な形状の石を日時計にする…」。ムーミン谷の住民にこんな人がいそうだな、と思ってしまう個性的な人物です。

 家が建ってからも、厳しい自然と対峙する孤島での暮らしは、簡単なものではありません。「これほどの迫力で憎まれた経験はかつてない」というほどの、鳥たちとの確執。その中で一羽だけ懐いた鷗(かもめ)が、暴風の翌朝、「すでに身体じゅうが蛆虫(うじむし)に覆われて」死んでいて、「海の藻屑と消え」たこと。食べるのは自分たちで網で捕らえた魚。電話は通じないし、発動機はなかなか始動しない。すぐそばを通り過ぎた竜巻…「ほんの数メートルの差で、いっさいが空のかなたへ吹っ飛んでいたろう。小屋も、(泊まりにきていた)ママも、猫も、なにもかもが。」…は、『ムーミン谷の仲間たち』所収の短編「この世の終わりにおびえるフィリフヨンカ」で描かれる竜巻そのものです。

 ムーミンの物語を読んでいて感じるある種の荒々しさや、他人の思惑を気にせず、わが道を行く、という感じの登場人物たちは、決して想像の産物ではなく、こうした暮らしに確かな根を持っていたことが伝わってきます。ほんの数行の描写にも深い意味や思索が含まれていて、じっくりと楽しめる一冊です。

 尚、トーベ・ヤンソンの生涯についてもっと知りたい方は、『ムーミン谷のすべて』(徳間書店)の中に、写真入りの百ページほどの充実した記事がありますので、そちらをどうぞ。

文:編集部 上村 令
(2023年9月/10月号「子どもの本だより」より) 

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