著者と話そう 前田次郎さんのまき
今回は、2024年7月刊の絵本『うみの まもの』の作者、前田次郎さんにお話をうかがいました。前田さんは2013年刊の写真絵本『舟をつくる』で、文章を担当されています。
Q どんなお子さんでしたか?
A 生き物や木登りが好きで、いつも外で遊んでいました。工作も好きだったので、庭のヤダケや板を使って弓矢を作ったり、「ターザン」が首からさげているペンダントをまねて作ったり…。高学年になると、モノのしくみに興味がわき、壊れた家電を、修理すると言って分解したりもしました。原因をつきとめても、直すことはできませんでしたが…。モノがどんなふうにできていて、どんな設計なのかに興味があったんです。
Q その延長で美大に進学されたんですか?
A 実は美大志望じゃなかったんです。小・中学生の頃に、探検家・関野吉晴さんの「グレートジャーニー」というテレビ番組が大好きでした。「グレートジャーニー」は、アフリカ大陸で誕生した人類が南米大陸まで拡散していった旅を逆ルート、人力でたどるもので、探検家であり医師でもある関野さんにあこがれました。また、手塚治虫の『ブラック・ジャック』が大好きなこともあって、医師になりたいと思いました。体の構造に興味があるし、手先が器用なので、外科医になれないかな、と。医学部を目指して猛勉強しましたが、1浪して…。2浪目の夏に本腰が入らなくなり、進路を美術大学に変更、9月からは美術予備校に通いました。予備校では、デッサンの奥行きは○○くん、タッチは○○さん、とそれぞれ一番うまい子たちの技術を盗んでいきました。
Q 武蔵野美術大学に進学されたら、教授のお一人に、あこがれの関野さんがいらした…。
A 入学後、授業計画のシラバスに「文化人類学・関野吉晴」という名前を見つけて、「まさか!」と思いました。関野さんの講義は、学部は関係ない一般教養でしたから、早速1年生から受講しました。4年生の2007年11月、関野さんが学生を集めて「東南アジアから舟で渡ってきた日本人のルーツをたどる旅、〈海のグレートジャーニー〉で使う舟作りを始める。道具はすべて、いちから作る。いっしょにやる人はいませんか」と呼びかけました。ぼくはアンケート用紙に「ものを作るのも得意だけれど、クルーになりたいです」と書いて渡しました。すぐには返事をもらえず、12月に学内ですれちがったときに、「インドネシアに視察に行くから12万円用意しておくように」と言われました。2008年3月から4月、視察に同行し、昔ながらの方法で舟を作る現場を何か所も見て回りました。
でも、「舟作りにはかかわってもらうが、クルーにするかどうかは確約できない」と言われ、ぼくは、役に立てることを増やそうとインドネシア語も勉強しました。また、メンバーの中でひとりカメラを持たず、とにかく体験することに集中しました。視察後、日本各地を巡り、舟作りのための道具作りが始まりました。
Q 木を切る道具を作るために、砂鉄を集めるところから始めた工程は、『舟をつくる』にまとめていただきました。
A 道具ができあがると、インドネシアのスラウェシ島に行って、木を切って舟を作りました。
出来上がる頃に、やっと、クルーとして舟に乗るように言われました。インドネシアから石垣島まで、手作りの舟で、星と島影だけを頼りに旅をしたという体験は貴重なものでした。旅は数年に渡ったので、大学卒業後は、帰国するたびにアウトドアショップでアルバイトをし、旅を終えてからは関野さんの展覧会の仕事をしたりデザイン会社に勤めたりしました。いろいろな人から旅のことを文章で書いておくように勧められましたが、ぼくとしては、これは関野さんの旅で、自分が文章にしても関野さんの焼き直しにしかならないな、と感じていました。「何者か」にならなければと思う一方で、小学生の時のあこがれの人の旅に同行できた、夢がかなったんだ、自分の胸の中にしまっておけばいい、とも思っていたんです。
その後、結婚して子どもが生まれ、生活を送るなかで、旅の記憶が薄れていくのを感じました。なにか形にしておかないとあの体験がなくなるのではないかという焦りを覚えるようになり、絵本の形でまとめようと、いくつもラフを作りました。
Q どうして絵本にしようと思ったのですか?
A どんな方法にしようか思案しているなかで、自分が子どものころに影響を受けた絵本を思い出したんです。『スイミー』『スーホの白い馬』『ちいさいおうち』などが心に残っていました。また、舟の旅でつけていた日記を読み返すと、釣った魚や漂流物のスケッチのほかに、クジラや舟をちぎり絵で表現する絵本のアイディアを見つけたり。
絵本で表現しようと思い立ってから、数か月間は図書館に入りびたってたくさん絵本を読みました。好きな絵本や絵本作家、作品を並べてみると、構成が練り上げられた絵本が好きだということに気がつきました。たとえば、クラッセンの『サムとデイブ、あなをほる』、五味太郎の『うみのむこうは』、ひろかわさえこの『いちにのさんぽ』、どれも全体の設計、場面展開と文章のテンポがすばらしいんです。
『うみの まもの』は、男の子がよくばってえものをとりすぎたせいで、まものが現れる、というお話です。海の旅での、漂海民「バジョ」との出会いや、満月の日に、3メートルもあった海水がすっかり引いて、舟が取り残されてしまった体験を元にして物語を作りました。
絵の展開と全体の設計を練り上げると同時に、どんな表現方法にするか、水彩、版画、ステンシルなどいろいろと試したところ、切り絵にしてみたらぴたっとはまりました。男の子がえものをひとつとると、そこに穴があき、いくつも組み合わさると、まものが生まれます。白い紙をえものの形に切り抜いて、それを白い紙の上にのせると、重なった紙のふちに影ができ、穴の輪郭が見えます。「影」が目に見えないまものの表現にぴったりだ、とこの手法を思いついたときはわくわくしました。切り絵作品を作るのは初めてでしたが、物語と表現方法が掛け算の効果を出せたと思っています。次の絵本は、どんな表現になるか、楽しみにしてください!
ありがとうございました!
前田次郎(まえだじろう)
1983年生まれ。2008年武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業。『うみの まもの』は、創作絵本のデビュー作となる。
(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2024年9月/10月号より)