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なぜ、たたかっているの?/『みどりのトカゲと あかいながしかく』/文:編集部 上村 令

 大判の絵本の最初の場面を開くと、いきなり「みどりのトカゲと あかいながしかくは たたかっていた。」という文章で、お話が始まります。左側のページには、みどりのトカゲの大群。右側のページには、赤い長四角の大群(!)。トカゲ一匹一匹にそれぞれ表情や個性があるのは、まあ当然として、右側の、顔も手足もない文字通りの「赤い長四角」たちにも、サイズや角度によって、個性が感じられます。

 次の場面では、トカゲたちが大勢で大きな長四角を押し倒そうとしますが、長四角たちも負けてはいません。さらにページをめくると、将棋倒しになった長四角の最後の一つが、今にもトカゲたちを押し潰そうとしている場面が現れて…?

『みどりのトカゲとあかいながしかく』は、イギリスの中堅絵本作家、スティーブ・アントニーが2015年に発表した絵本。(日本版は2016年に刊行。)
 原書の刊行に先立つ2014年には、現在も進行しているウクライナ戦争の発端ともいえる、ロシアのクリミア併合がありました。ほかにも、イラクとシリアや、パレスチナでも、大きな紛争のあった年です。

 この絵本が、実際に起きた戦争や紛争にどの程度影響されて作られたのかはわかりません。でも、お話の中盤で小さなトカゲが、とても大きな声で問いかける、「ねえ、なんのためにたたかっているの?」という言葉(とても大きな文字で印刷されています)は、作家自身の素朴な疑問であり、子どもたちの声を代弁しているようにも思えます。

 ところが、そうやって至極もっともな声を上げた小さなトカゲは、あっというまに、大きな長四角に「ぺしゃんこ」にされてしまい、戦いはいっそう激しくなります。もしこれが、生き物と生き物の戦いなら、かなり陰惨な絵になりそうなところです。でも、片方の当事者が「長四角」であるおかげで、二場面続けて大きな画面いっぱいに描かれる激戦の模様は、ある種ユーモラスでもあります。細長い長四角の側面をぞろぞろのぼっていくトカゲたち。コの字型の複合型(?)の長四角の中に、みっちり詰まったトカゲたち…。「戦場の絵」なのに、細部をじっくり見て味わうという、絵本の楽しみがたっぷりつまったクライマックスにもなっているのです。

 最後に和平交渉が始まるのは、双方が「つかれはて」、「もう、うんざりだ!」と思ってからだ、というあたりには、作者の現実的なものの見方が表れています。そして、トカゲと長四角が共存することになる最終場面。ここで「長四角」がどんな形になるかは、ぜひ実際にページをめくって確かめてみてください。

「長方形を擬人化する」という意表を衝く方法で、これまでにない形で「戦い」を描いた、オリジナリティあふれる絵本。コントラストのはっきりした色彩や、造形や細部のおもしろさを味わって読み終えたあと、小さなとかげの問い…なぜ、戦うのか…が改めて心に響きます。声高に正面から「反戦」を訴える本はたくさんありますが、こうした「変化球」から伝わるものもまた多い、と感じられる一冊です。

『みどりのトカゲとあかいながしかく』
スティーブ・アントニー  作・絵
吉上恭太 訳

文:編集部 上村 令
(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2023年9月/10月号より)

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