「固定観念を突き破れ!」/ザ・キャビンカンパニー
ランドセルを背負って走る男の子、横にはブロック塀の上に蒸気機関車!? 物陰には獰猛そうなワニ!? 2023年の日本絵本賞を受賞した『がっこうにまにあわない』は、表紙から不穏な雰囲気が漂ってきます。扉には、汗だくで走る逼迫した表情の男の子が、見開きいっぱいにクローズアップで描かれ、別の場面では、斜め下から、真上から、真横から、視点は大胆に変化し、おかげで読者の心はさらにザワつきます。
7時47分から1分きざみで8時まで、読者を追い立てるように絵本は展開します。学校までの道には障害がいっぱい。大きな水たまりには、ワニがいそうだし、角を曲がると巨大な犬たち。歩道橋は歪んで捻じれ、学校に着く寸前の踏切は延々と開きません。踏切の前で、読者もまだかまだかとじらされます。その目の前を行く蒸気機関車の窓には、何故か「鳥獣戯画」のようなウサギのシルエットが見えたり、鳳凰や女神がいたり、異次元に入っていくようです。
ありえないことの連続、不穏な空気満載の絵本を読む私たちは、気が付くと主人公の男の子の焦りと不安を共有し、それに同化していきます。
ザ・キャビンカンパニーは、阿部健太郎(1989〜)と吉岡紗希(1988〜)の夫婦絵本ユニットです。大学までは絵を本格的に勉強したことがなかったというふたりは、大分大学教育福祉科学部で出会い、美術を専攻。大学2年のときのグループ展がきっかけで、本格的に絵の道を目指すようになったと言います。
卒業後も地元、大分を離れず制作を続け、2013年に第7回日本童画大賞準優秀賞を受賞。それがきっかけで、翌年『だいおういかのいかたろう』(鈴木出版)でデビューし、見事、日本絵本賞読者賞を受賞しました。以後、『ひげらっぱ』(ひさかたチャイルド 2016年)、『しんごうきピコリ』(あかね書房 2017年)等、読者の固定観念を覆すナンセンステールを1冊ずつ異なる画風で発表してきました。
『がっこうにまにあわない』は、今までの自分たちの絵本とは違うものを作ろう! と意気込んだ作品。日本絵本賞の授賞式では、身近な小学生を描きたいと思ったとも語りました。ふたりで創作していてけんかすることは? と訊かれ、「日々、けんかしながら」と笑いながら回答。人工物の描写が得意な阿部と、自然物の描写が得意な吉岡という分担だそうですが、この頃は融合してきたところもあるといいます。ベニヤ板にアクリル絵の具で描いていますが、場面によって彩色の仕方も異なり、黒の線描は1枚の絵のなかでも多彩な表情を見せます。
この絵本のキーワードは、「時間」。1分刻みを積み重ねてのラストシーンは、それまでにない大遠景。そこに待っていたものは…100年単位で繰り広げられる天体ショウです。
現在、大分県由布市の廃校をアトリエに、愛娘と一緒に創作する日々。そこから、さらに斬新な手法の絵本が生まれてくることでしょう。
『がっこうにまにあわない』
ザ・キャビンカンパニー
初版 2022年
あかね書房 刊
文:竹迫祐子(たけさこ ゆうこ)
いわさきちひろ記念事業団理事。同学芸員。これまでに、学芸員として数多くの館内外の展覧会企画を担当。財団では、絵本文化支援事業を担い、欧米のほか、韓国、中国、台湾、ベトナム等、アジアの国々での国際交流を展開。絵本画家いわさきちひろの紹介・普及、絵本文化の育成支援の活動を担う。著書に、『ちひろの昭和』『初山滋:永遠のモダニスト』(ともに河出書房新社)、『ちひろを訪ねる旅』(新日本出版社)などがある。
(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2023年9月/10月号より)