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本を見つける運の力/『旅の仲間』/文:野口絵美

 人よりちょっと長めの中二病(当時はそんな言葉はありませんでしたが)を患っていた思春期の私は、自分にはある「異能」があると信じていました。それは、「食指」ならぬ「読指」とでもいったもの。
 
 図書館や本屋さんで、面白い本を探してこの能力を使うと、たいていうまくいきます。薄暗い図書室では『朝びらき丸東の海へ』がぼんやりと発光しているように感じて「ナルニア国ものがたり」を発見したし、「指輪物語」の第一部『旅の仲間』も本屋で見た瞬間、「運命だ!」と思ったし。
 
 まあ、それならなぜナルニアの第一巻『ライオンと魔女』から見つけられなかったのか、ただの偶然じゃないか、とか、そもそも『旅の仲間』は平積みになっていた、つまり本屋さんが力を入れて売ろうとしていたのに乗せられただけではないか、と今ならちゃんと突っこめますが。
 
 ただ、たくさんある本の中でとりわけ魅力的に光って見える本というのは確かにあります。それはつまり、装丁や表紙、タイトルがすてきだったり、その出版社や作者に対する信頼だったりが、本を手に取った瞬間に訴えかけてくるのでしょう。
 
 ともかく私はこうして「指輪物語」を発見しました。が、夢中で読んでいるうち、大変なことに気がつきました。そのとき発売されていたのは、第一部『旅の仲間』の上下巻のみ。そして「指輪物語」を読んだ方はご存じだと思いますが、各巻の最後は、恐ろしく続きが気になる終わり方なのです。下巻を読み終えた私は、ラウロスの滝の轟音が響く中、バラバラになった旅の仲間の運命を案じ、呆然としました。次の巻が出るのはいったい何か月先なのか、一年以上先かもしれない、それまで我慢するなんて、絶対に無理…。

 次の週末、私はお小遣いを握りしめ、今はなき銀座の洋書専門店イエナ書店へ。そして「指輪物語」のペーパーバック全三巻を買い求めました。それまで、正直に言って英語は苦手。特に文法は赤点続き。が、禁断症状には勝てなかったのです。

 そして第一部から読み始めて、とても驚きました。読めるのです。なにしろ日本語訳がまだ頭に残っています。瀬田貞二の古語まで駆使した趣のある翻訳より、英語はシンプルで読みやすいとさえ感じました。

 そのままの勢いで第三部まで読み通した私は、とんでもなく当たり前のことに気づきました。「英語って、言葉なんだ」と。試験のために存在する、ややこしいパズルじゃない。人が考え、すばらしい物語を創り出すことができる言語なのだ、と。 
 この時の体験がなかったら、こうして翻訳家のはしっこに加わることなどできなかったでしょう。
 
 この夏(2023年)、徳間書店から『このすばらしきスナーグの国』という本が出ました。トールキンにホビット族を生み出すインスピレーションを与えたというファンタジーです。この本に係わる機会をいただき、楽しく翻訳しながら改めて、「指輪物語」は私の原点だ、と思ったのでした。

『旅の仲間(上・下)』
J.R.R.トールキン 作
瀬田貞二 訳
初版 1972年
評論社 刊

(徳間書店児童書編集部機関紙「子どもの本だより」2023年11/12月号より)

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