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自然は森を作ろうとしている:現代美術の大きな物語

MIKI FARM MAGAZINE vol.5
今回は農とアートを絡めて綴ってみます。


全ての自然は森を作ろうとしている

現在、新規就農に向けた準備中で、農業研修を受けている私ですが、農業について学ぶ中で、何度かこんなことを教えてもらいました。

全ての自然は森を作ろうとしています。その働きを利用する、というよりも上手に力を借りて、人が食する作物を育てるのが農業という営みです。」
有機農業、中でも特に自然農的な考え方の農家さんの間で共有されている一つの自然観です。

森が作られる過程で様々な植物が芽吹き、生い茂っては枯れ、次第に生態系が移り変わっていきます。その一連の流れを植生の遷移と言います。

始めは生命の存在しなかった大地に、先駆的にコケや地衣類が広がっていきます。やがて薄い表土が作られるようになると、わずかな養分を利用して一年生の植物が芽吹くようになります。限られた種しか生存できなかった環境に、次第に多様な生物が共生するようになり、土壌が厚くなってくると大地に根を張って広がる多年生植物へと植生が移っていきます。そこからさらに低木、高木へと植生遷移が続きます。かつては丸裸だった大地は最終的には鬱蒼と茂る高木林に覆われ、生態系の安定した極相林を形成します。

この裸地から極相林に移り変わっていく営みは一方通行なものではなく、時に地震や大雨による地すべりだとか山火事などの自然災害による撹拌を受けて逆戻りします。しかし決して途絶えることなく遷移は続き、生態系としての豊かさを求め続けます。

農業とは、人為的に撹拌を繰り返し起こすことで大地の植生を栽培に適した段階に逆戻りさせ、それを修復しようとする自然の流れに上手に乗せることで野菜を育てる営みと言えます。

私はこの考えがとても好きになりました。
「全ての自然は森を作ろうとしている。」エモーショナルな言葉でありつつ、くつがえりようのない事実でもある。

単に農業にまつわる自然の捉え方という意味合いを越えて、個人的に”刺さった”のですが、それは私がかつて絵描きを目指していたことと関係があります。

大きな物語の終焉って?

私は10代20代を画学生として過ごしましたが、絵描きになることは叶いませんでした。絵が売れなかったと言うよりも、それ以前の問題で、自分がどんな絵を描いていったら良いのか決めきれなかったという感じです。

”芸術”について知りたくて絵を描き始めたのですが、学び進める中で「大きな物語の終焉」という言説と出会います。

現代美術においては大きな物語はすでに終わりを迎えていて、全ての作品に当てはまる”芸術”などはなく、無数の小さな物語が渦を巻くようにひしめいている。
新しい物語が生まれた瞬間に消費され、過去のものとなって、次の新しい芸術で更新される。「これが芸術だ」という定義の固定をひたすらに拒んで、常に新しい芸術が生まれ続け、消えていく。

そんな混沌とした芸術の世界で、何を描いたら良いんだろうか?何を作ったとしても「これが芸術」という答えにはなり得ず、必ず次の新しい芸術に更新されていくのを分かった上で、何を描けるんだろうか?

考える程にドツボにはまって、結局何も描けなくなってしまいました。

私個人にとっての切実な問題ではありましたが、芸術を志す人が陥りがちな、言ってしまうとありがちな袋小路だったかも知れません。
多様な表現が無数に生まれ続ける現代は、ある種の飽和状態にあります。その中で戦っていけるだけの”個性”が見出せなくて、悩んでしまう。現代美術に限った話でもなくて、ジャンルは問わず、結構多くの若者がそんな壁にぶつかって悶々としています。

終わらない物語

絵筆を手に取ることもほとんど無くなって、10数年の月日が過ぎました。紆余曲折を経て農業に関わるようになり、冒頭で紹介した「全ては森を作ろうとしている」という自然観と出会います。

初めて聞いた時は全身が粟立つような感動がありました。

「大きな物語は終わってなんかいなかった。」

農業を学ぶ中で教わったことでしたが、私にとっては特別な意味を持つ学びでした。

現代美術の起こりは100年余り前のこと。
森が形成される営みは10億年以上前から、もしかすると最初の生命が生まれた40億年前からずっと続いてきたことで、しかも常に新しい。

「大きな物語は終わってしまった」などという悩みが、なんとも小さなものに思えました。

芸術を夢見ていたのは過去のことで、今は一端の農家になるために農業について学び始めたところですが、この”物語”に依ればもう一度、今度こそ、何か作れるかも知れない。そんな思いが期せずして湧いてきました。

私の体験はちょっと特殊なものかも知れないですが、農業にはこんな風に人の心を動かす力があると思います。単に作物を生産する手段であることを越えて、アートにも通じるような感動を与える媒体、メディアになり得るんじゃないかと。

農✕アートで何ができるか。
色々考えられますが、一先ずは日々勤しむ畑仕事の傍ら、スケッチを描いていくぐらいのところから始めてみようかと思います。

農藝屋という夢

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