二年B組 高校生物語 《出席番号23番 西野木 苺》
高校生二年生の春に私は初恋というものを忘れた。
彼氏がいない訳ではない。私が生まれ記憶が構築されてきた時から、彼氏みたいな人がいた。その相手は家が隣同士で、親同士が仲良く、赤ん坊の頃から会う機会が多かった異性が今の彼氏の荒金 明司(あらがね あかし)だ。
だからか、私は初恋というのは遠い過去のものであり、化石のようなものだ。いつの間にか私とアカシと付き合う関係になっていた。あれは幼稚園の頃だっただろうか。アカシに告白されて、幼い私は恋というもの知らずに中で首を縦に振った。
今では、周りに珍しい化石を自慢するかのように、過去の産物、明司との長期恋愛を語ってた。
今日も学校では仲の良い友達の佐々木 綾と二人で昼ご飯をいつもの日課のごとく食べていると
「苺はいいな。彼氏に愛されていて。もう熟年夫婦だよ」
「いや、そんなことないよ」
私はクラスで一番の友達の綾には隠し事はしたくなかった。
「私だって、彼氏欲しい。苺みたいに長年カップルでラブラブしてるって言いたいぃ。いつも仲良くしてるじゃん。苺と明司くんは学校一の有名なカップルだよ」
「そんなに有名でも、いいことないよ」
「でも、その鞄のクマのぬいぐるみストラップもお揃いで買ったんでしょ」
「まぁ、そうだけど」
そして、私のアイデンティティーを手放したくなかった。高校生という学生生活において、この化石は有名ブランドのようにも見えていた。
「苺の次に有名だった最強カップル、阿部くんと沢木さんが付き合っているって話は嘘だったらしいね」
「また私は嘘だと思ってたよ。クラス一のイケメンとクラスの女王が付き合うなんて恋愛漫画でも嘘だって描かれる鉄板ネタだよ」
クラス中での色恋沙汰の話は止まらない。男子達はどう思っているのかわからないけど、女子がするものはずっと色恋沙汰の話だ。それは女子の生存本能と言ってもいいぐらいだ。
特にイケメンと美女がいるクラスではその二人を中心とした噂話が、嵐のようにやってきて、そして、過ぎてゆく。
さらにクラスの美形二人の追加恋愛話で盛り上がってる流れを堰き止めるように、教室の扉が開き、加住先生がやってきた。
「皆さん、授業が始まります。席に着いてください」
授業が終わって、私と綾は前にいる生徒の誰が寝ていただの、授業が面白くなかっただの前時間の総評をしていると見慣れた男がやってきた。
「苺、ちょっと放課後に寄りたいところがあるんだけど」
「わかったよ。明司。今日もね」
「ありがとう」
そう言って、見慣れた男は背中を見せながら、自分の机に戻っていった。
「いや〜、今日も二人は熱々ですね」
「綾もさっさと柳原くんに告っちゃいなよ」
「それが簡単にできたら苦労しないよ。でも、二人の仲の良さを見てると羨ましく思っちゃうな」
でも、私も綾ちゃんがスポーツマンで、あのイケメンの隣にいつもいる柳原くんと綾ちゃんが付き合ったら、私は綾ちゃんに嫉妬でおかしくなる自信がある。
私達とは違い理想的なカップルになるだろうから。学校の終わりを告げるチャイムが鳴り、放課後が始まった。
「じゃあ、私はお邪魔しちゃいけないから。苺は二人の時間を楽しんでね。また明日ね」
「うん、楽しんでくるね。また明日ね」
楽しいわけがない。これから始まるのは、男から聞くいつもの別れ話。
私は綾と別れた直後、校門先で明司を見つけた。相手はこちらに気づくことはなく、ずっと賑やかなグラウンドを見ていた。
私は重い足取りで彼に近づいていった。
「ねぇ」
「おお、来た」
「とりあえず行こう?」
「ああ」
ただこの二言だけを交わして、いつものように彼の家に向かった。
彼の自室は子供の頃とはまるっきり変わった。子供っぽい色とりどりなものはなくなり、黒をベースとしたレイアウトの部屋になっていた。
目の前の彼と目線が会うことはなかった。気まずいのだろうか。いや、あれはいつも儀式みないなものだ。
「別れたい」
「なんで?」
「わかってるんだろ」
「『もう疲れた』でしょ。でも、家族、親戚、友達。みんなになんて言うの?」
「……別れたって言えばいいだろ」
私はただ彼のこと見た。彼の目線は私を様子見るかのように、チラチラと観察してくる。私は目からは、子供が親に反抗できなくて、怯えているようにも、泣き出しそうにも見えた。
「私はいやよ。周囲の目が変わるのが、あなたもそうでしょ」
「ッ……」
でも、私は知っている。彼の『もう疲れた』は建前だって言うことを。
彼が学校にいる時は常に、私を見ていない。なんなら一度も見ていない。彼が見ているのは最も仲の良い友達。阿部くんのことを見ていた。
彼と阿部くんは高校からの友達で、今では休みの日はライブハウスに行くぐらいには仲が良くなっている。そんなクラス一イケメンのことを、彼は好きなのだ。
私にはわかる。彼が阿部くんを見るときは、初恋をした時の乙女のような顔をしていた。それは友達の綾が阿部くんを見ている時と同じ顔をしているからわかることだ。彼は私にも、隠せていると思っている。
私はそれに対して、嫉妬もしないし、羨ましくも思わない。
それは、私も同じだからだ。
私は沢木 涼子、クラスの美女に恋をしている。これは誰にも言ってないこと。私は心に宝石を秘めて学校生活を送っている。
もしかしたら、私の気持ちは私が自慢している化石の所為で、完全に隠れてしまって彼女にはこの気持ちが一切届いていないのかもしれない。だけど、それでいいのだ。
私の恋は叶わない。
彼だけが叶うのだけは、許せない。
だから、私は彼と離れない。
目の前の彼は日々、耐えている。すぐそばの宝石に揺れることを。
目の前の彼は愛おしくも見える。弱く脆い。今にも崩れそうだ。
私はただ、彼の前で両手を広げた。私は彼が胸に飛び込んでくるのを待つ心優しき聖母だ。
弱った彼は私の胸にゆっくりと顔をうずめた。
私は今にも崩れ壊れそうな彼を両手で抱きしめ抱えた。
その両手は彼を繋ぎ止める鎖のようで、撫でるように抱きしめる羽毛でもあった気がした。
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読んでいただきありがとうございました。
まだまだ未熟者ですが、今回、筆を執らせていただきました。
もし、面白いと思っていただければ反応をいただけると嬉しく、続きを書く意欲に繋がりますので、お願いします。
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